ITエンジニアにも重要な心の健康
第19回 ミスした自分を許す方法
ピースマインド
カウンセラー 田中貴世
2005/10/6
エンジニアにとっても人ごとではないのが心の健康だ。ピースマインドのカウンセラーが、毎回関連した話題を分かりやすくお届けする。危険信号を見逃さず、常に心の健康を維持していこう。 |
■Dさんの失敗
Dさん(30代・男性)は上司のAさんから、プロジェクトの進ちょく状況について報告するようにと指示を受けました。Dさんは予定どおり進んでいるところと、進んでいないところの両方を報告しなければなりません。
Aさんは細かい数字にも厳しくチェックを入れる人なので、Dさんは数字上のミスがないように念を入れて報告書を作成しました。ところがDさんは、進んでいない部分を1つ記入せずに提出してしまったため、Aさんから厳しく指摘されることになりました。
Dさんはもう1つミスをしました。Aさんに報告書を電子メールで送信する際、誤ってBさんに送信してしまったのです。しかもBさんから連絡を受けるまで送信ミスに気付かず、Aさんへの提出が遅れてしまいました。
Dさんの心の中に「できていない部分は少なめに報告したい」という潜在的な思いがあって、それが記入ミスを招いたのではないでしょうか。厳しいAさんに報告すること自体に抵抗があって、送信ミスをしてしまったのではないでしょうか。
■ミステイクとスリップ
精神分析の創始者であるジークムント・フロイトは、いい間違いや書き間違いなどのうっかりミスは本人の潜在意識の表れだといっています。言動はその人の感情や思考パターンが原動力になっているということです。
ミステイクでは、実際の動作の前に、すでに失敗が起きています。頭の中で情報を処理する段階の勘違いや思い込みなどが、ミステイクを引き起こすのです。上記のDさんの記入ミスの場合、Aさんは数字のチェックに注意を払うだろうという思い込みがありました。
スリップは動作のミスです。動作を実行するとき、十分な注意力を発揮して自分の行動をモニタ(監視)していないことが原因で発生します。
慣れている動作なら、始めるところまでは意識して、あとは体が動くに任せていることが多いでしょう。慣れている行為にこそスリップが起きやすいことになります。
もうお分かりですね。Dさんの電子メールの送信ミスはスリップです。Dさんが動作の対象(送り先アドレス)や結果(届いたかどうか)をモニタ(監視)すれば、送信先のBさんから送信ミスの連絡を受けるまで気付かず、Aさんへの提出が遅れるという新たなミスを引き起こさずに済んだのです。
スリップは個人が1人で起こすものであるのに対して、ミステイクは組織や集団の影響が個人のミステイクを引き起こしたり、組織や集団自体がミステイクを起こしたりするという特徴を持っています。ミステイクは、目で見たり耳で聞いたりする知覚の段階と、より高次の精神機能である思考や判断のプロセスで発生するからです。
組織やチームが方向性を決め、何かを遂行するとき、推論、思考、意思決定、さらに記憶の中でも高度な「知識」とも深くかかわります。そこにミステイクが発生する危険が潜んでいるのです。
■ミステイクを防ぐには
Dさんの2つのミスには、「厳しい上司のAさんへの苦手意識」が潜在化して存在していましたね。
どうしたらDさんのミステイクを防ぐことができたか、考えてみましょう。
知覚、認知、判断、推論の各段階に、ミステイクを誘う情報の処理プロセスがなかったでしょうか。個人の経験、知識、人間関係から会社風土まで、さまざまな要因がプロセスに影響を与えることがあるのです。われわれは常に不十分な情報から全体を推測し、過去の経験や知識から次にくる情報を予測しています。それでなければ生存競争に勝つことはできなかったでしょう。
Dさんの過去の経験: | 以前Aさんに数字のミスを厳しく指摘された |
Dさんの知識: | この報告には数字上の整合性が要求される |
Dさんの人間関係への認識: | Aさんのトップダウンな部下指導法に、窮屈感、圧迫感を感じている |
Dさんの会社風土への認識: | 大きな声で主張する人の意見が、よく論議されないまま、まかり通ってしまう社風がある |
これらの情報から、Dさんは数字上の問題に細心の注意を払い、自分のマイナスポイントを報告しないことで、無意識にAさんからの圧迫感を軽くしようとしていました。このことによってミステイクが起こったのです。
ミステイクを分析したら、どこに不十分な情報が存在するかに注意を払ってみましょう。どこに十分な情報があればミステイクを防ぐことができたかということです。
先ほど、「頭の中で情報を処理する段階の勘違いや思い込みなどが、ミステイクを引き起こす」と説明しましたね。Dさんは過去の経験から、「Aさんはプロジェクトの進ちょく報告で、数字を要求しているだろう」と思い込んでいたのです。日ごろのAさんの圧迫感から、確認もしませんでした。
DさんがAさんから指示を受けた段階で質問をしていたらどうだったでしょうか。
Dさん プロジェクトの進ちょく状況の報告で、特別なご要望があれば教えていただけますか。私は数字面と作業上の不備についてご報告しようと考えていますが、Aさんが気になる部分があれば教えてください。
Aさん いや、全体の流れが分かればよい。遅れのある部分の原因と対策を明確にしてくれ。納期に間に合わせるために必要と思うことを知らせてほしい。
Aさんがどこに焦点を絞っているかが分かれば、そこに力を入れることができ、ミステイクは起こりにくくなります。
質問し回答をもらって、「Aさんは部下の質問に的確な返事のできる人だ」と思うことで、Dさんの「Aさんは部下に対して威圧的だ」という認識が多少軽減される可能性もあります。「厳しい上司への苦手意識」を持ちながらも、その小さな成功感が、Dさんの実際の行動を変化させるきっかけになります。
取りあえずミステイクを少なくすればよいのです。DさんがAさんを苦手であっても、仕事上の関係という距離感で付き合えばよいのですから。
■スリップを防ぐには
次に、スリップの予防策を考えてみましょう。
スリップは動作のミスで、自分の行動をモニタ(監視)していないことが原因で起こると説明しました。そこで、スリップを起こす15分前の自分の行動と状況を思い出してみましょう。
Dさんの場合はこうなります。
- Aさんへ報告を送信しようと思いながら、Bさんから電話を受けて話していた
- 「Aさんに送信したらまた何かいわれるのでは」と気が重く、退社ぎりぎりに送信しようと考えていた
- 次の日の仕事のことで頭がいっぱいだった
- デートに遅刻しそうで気持ちが焦っていた
このように、スリップを起こす前に、その行動を取ってしまう必然的な流れが出来上がっているときがあります。そこに着目して、流れを断ち切るポイントを決め、いまできる具体策を実行してみましょう。新しいことをやってみる、それまでやっていたことをやめてみる。効果が期待できるかどうかは、後からリサーチすればよいことです。まずは実行です。
<例> ・焦っているなと感じたら、その場で立ち上がって深呼吸する ・デートに遅刻しそうだったら、早めに彼女に遅れることを知らせ、気持ちの余裕を持つ ・気の重い仕事を後回しにせず、あえて一番先に取り組む ・電子メールの送信先リストを作り、送信したら日時を記入してチェックを入れる |
無意識に繰り返されるスリップには効果が期待できます。
■「ミスは起こる」を前提に
PCを使っているとき、カーソルの位置がずれているのに気付かずクリックしたことで、思いがけない結果になることがあります。保存していたデータが消えてしまって焦ったことはありませんか。大きなミスといっても結果が大きいだけで、ミス自体は小さいものであることが多いのです。「ミスは今後も起こる可能性がある。このようなミスの確率をできるだけ減らすとともに、ミスが起きても事故にならない(問題が大きくならない)ような対策を考える」と思うようにすればよいのです。
ミスをした自分を許しましょう。人間誰しも1度や2度は同じミスをするものです。「ああすればよかった」「何で自分はこうなのだろう」とむやみに自分を責めることなく、水に流しましょう。
もしミスを何度も思い出し、頭に張り付いてしまったように感じたら、信頼できる人やカウンセラーに話してみてはどうでしょう。散歩をする、ストレッチをするなど、体を動かすことにも気持ちを変える効果があります。
自分の行動を振り返り、気持ちの在り方に気付いて今後の対策を立てたら、「失敗から学ぶものがあった。これでよし。自分を許します」といってみてください。
参考文献 『失敗の心理学―ミスをしない人間はいない』日本経済新聞社刊 |
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