ストレスと上手に付き合うために
ITエンジニアにも重要な心の健康
第20回 目指すゴールは自分の中に
ピースマインド
カウンセラー 田中貴世
2005/11/3
エンジニアにとっても人ごとではないのが心の健康だ。ピースマインドのカウンセラーが、毎回関連した話題を分かりやすくお届けする。危険信号を見逃さず、常に心の健康を維持していこう。 |
■目標設定の第1歩は
「僕には将来ゼネラルマネージャになりたい夢があって」。日本を代表するサッカーのゴールキーパー川口能活さんは、FCノアシェランに在籍当時、月刊誌『VS.』(光文社刊)のコペンハーゲンでの取材でそう語っています。
取材の中で川口さんは、ゼネラルマネージャという視点でサッカーをとらえるようになったことで、サッカーに対するスタンスが変わったと話しています。それまでのゴールキーパーとしての見方ではなく、ファンとチームの関係、行政の取り組み、監督の采配(さいはい)に関してなどトータルな見方をし、幅広くサッカーを体験することで多くを吸収するようになったと、ご自分の変化を語っていました。
あなたの視点はどうでしょう。目の前に、いまやるべき仕事が大きく立ちはだかってはいませんか。その壁の1点だけを見ながら走るような仕事の仕方をしていないでしょうか。
「仕方がないですよ。仕事は次々やってくるし、作業は思うように進まないし、納期は待ってくれませんから」。あちこちからそんな声が聞こえてきそうです。確かにそのとおりですね。しかし、そんなときだからこそ、自分の現状を見直す時間を持ってみませんか。
■現状を明らかにする3つの要素
精神分析の世界にはこんな言葉があります。「自分がどこにいるのか分からなければ、どこにも行かれない」。逆にいえば、現状を明らかにすることで、自分にとってより正確なゴールの設定が可能になります。
状況を明らかにするための要素を見ていきましょう。
要素には3つあります。自分の現状を十分理解し明確にするためには、具体的な経験、行動、感情に基づいて状況を探ることが必要です。
1.経験:あなたに起こること
目に見えるもの:あなたに起こることのうち、ほかの人にも見えるもの 例:私は誰から見ても、大量の仕事を抱え込みすぎている 目に見えないもの:あなたの内部に起こり、ほかの人には見えないもの 例:私は朝はつらくて、気力が出ない |
2.行動:あなたが行動していること、または行動しないでいること
目に見えるもの:あなたの行動のうち、ほかの人にも見えるもの 例:私はいらいらすると、ひとり言が多くなる 目に見えないもの:あなたの内部で行われ、ほかの人には見えないもの 例:私は上司に報告するとき、失敗しないようにと思い緊張する |
3.感情:経験や行動の意味付けをする感情や情動
目に見えるもの:あなたが外に向かって表現する感情や情動 例:私は思いどおりに事が進まないと、腹が立って相手を怒鳴りつけてしまう 目に見えないもの:あなたの内部にあり、抑止しようとしている感情や情動 例:私はいらいらしているが、相手にどう思われるか気になって気持ちを抑えている |
自分が何を体験し(経験)、それに対してどのような行動を取るか(行動)、そのときどんな感情が起こるか(感情)を振り返り、そのことをどう思っているのかに気付くことで、自分の素の姿が見えてくると思います。
■現状を明確にして目標設定を
インタビュー記事から読み取れる川口さんの姿は、次のようなものです。
ゴールキーパーとして第一線で活動していたときは、怖い顔をしてサッカーをストイックに追求し、選手として最前線にいる体験をしていた(経験)。 そのために自制し、練習に励んでいた(行動)。 それに比べてほかの選手はずいぶん甘く見え、「甘ったれている」と思っていた(感情)。 いまヨーロッパに来て、簡単に試合でプレーさせてもらえない状況になり(経験)、 エネルギーをうまく使うコツを覚え、「試合と練習では集中、あとはリラックス」を実践している(行動)。 ヨーロッパのサッカーに触れる過程で気付いたのは、「調和こそゴールキーパーに求められる最大の資質」ということ。それを知ったいま、問題解決の過程を楽しんでいる(感情)。 |
自分の現状を十分に理解し、「ゼネラルマネージャになりたい」という夢を持つ川口さんは、ゴールへ向かう過程を楽しむことができるようになっているのです。
あなたも現状を明確にして、目標設定をしてみましょう。
あなたの社会人としてのゴールはどのようなものでしょう。人間としてのゴール、家庭人としてのゴール、男としての、女としてのゴールはどのようなものでしょうか。
カメラを引くように、自分を少し高い視点から俯瞰(ふかん)する。見方を変えることで、自分が進む先にあるゴールを見つめてみませんか。
■自分の姿勢を見直す
もう1つ大切なのは、ゴールに向かうあなたの姿勢、構えに気付くことです。楽天の監督に就任が決まった、社会人野球チーム「シダックス」の野村克也監督は、選手を指導する際、以下のように選手を分類しているということです。
1.プロらしく生きている選手
理想の姿に近づくために精進を怠らない。プレースタイルはあくまで華麗で洗練され、日ごろの努力をみじんも感じさせない。
2.意気込みだけで生きている選手
そこそこうまく生きている。ひと通りのことは器用にこなせるので、他人からの評価も高い。そのため、自分で出せる速さは130キロが限界ということに気付かず、150キロ出ているつもりで走っているような、力んだ生き方をしている。
3.親からもらった才能だけで勝負している選手
親譲りの優れた資質を持ち合わせているのに、それを磨こうとしない。自分では頑張っているつもりなので、周りが認めてくれないことに不満を持ち、「認めてくれないならいい」とひねくれたり、すねたりしている。
4.自分の才能の限界を勝手に決めている選手
自分の能力の限界を決めつけてしまっている。失敗して落ち込むことを恐れ、あらかじめ目標を低めにセットしているので、ある段階で成長が止まってしまう。
以上の分類説明は、『言葉の嵐』(筑摩書房刊)の中で、春風亭小朝さんが野村監督の言葉を受けて行っているものです。あなたは、あなたの同僚や部下は、どれに分類されると思いますか。
自分の現状の明確化と姿勢の見直しができれば、おのずとゴールを心の中に描くことができるのではないでしょうか。
ただ、いつもいつもこんなふうに考えていては疲れてしまいます。人生には、順調に流れに乗っていればよい時期があるものです。でも人生の節目には、立ち止まって自分の生き方を考える時期が巡ってくるものなのだと私は思います。そのとき、今回の方法が役に立つと判断されたら、試してみてください。
もし、1人で考えるのは大変と思われるならば、いつでも私たちカウンセラーがお手伝いします。ご活用ください。
参考文献 『VS.』2004年11月号 光文社刊 『言葉の嵐』筑摩書房刊 |
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