成果を生み出すコーチング

第3回 アジャイルプロセスにコーチング

小田美奈子
2006/6/6

コーチングやファシリテーションは、IT業界でも積極的に取り上げられ、活用している企業や個人も多い。そこで本連載では、コーチングやファシリテーションなどのヒューマンスキルを活用している人と、その事例を紹介していく。

 今回はWebシステムの構築プロジェクトで、アジャイルプロセス(コミュニケーションを重視する開発プロセス)、コーチングなどを盛り込んだプロジェクトファシリテーション(参加者の協業の場作りに重点を置いた、プロジェクトの中でのファシリテーション)を実践した松本潤二氏の事例を紹介します。

 本事例は、アッズーリが受託した案件で、Javaによる企業間取引のWebシステムです。要件定義からリリースまでの新規開発案件で、2005年4月から7月末までの4カ月間で行いました(その後も契約は継続中)。

 納品までの1回のサイクル(以下、イテレーション)は2週間で、計画・開発・リリースを8回ほど繰り返しました。そして、このプロジェクトのプロジェクトマネジメントとファシリテーションを松本氏が行いました。

松本潤二氏のプロフィール:1969年生まれ。ソフト開発会社社員として約6年間勤務した後、起業。5年ほど経営に携わった後、退社、フリーとなる。2002年からアジャイルプロセス協議会の運営にかかわる。その協議会の中で、現在リーダーを務めるアジャイルマインド勉強会をきっかけに、2004年よりコーチ養成機関にてコーチングを学ぶ。現在はITプロジェクトにアジャイルプロセス、コーチングなどを盛り込んだプロジェクトファシリテーションを実践するとともに、研修やセミナーを行う。また、組織だけでなく個人を対象としたコーチングも行っている。アジャイルプロセス協議会運営委員、日本コーチ協会会員、日本ファシリテーション協会会員

「人」中心のアジャイルプロセスに注目

小田 「アジャイルプロセス」のどこに注目したのでしょうか。

今回お話を伺った松本潤二氏

松本 IT業界で17〜18年やってきた中で、人の関係がうまくいけば、もっと品質のよいものを作れる、生産性も上がる、という場面がたくさんあったんですね。

 フリーで働いていると、人に対して何かを行うことはやりやすい部分とやりにくい部分があります。

 やりやすい部分は、第三者的にプロジェクトに対して正論がいえることです。いいものはいいといえるし、ダメなものはダメと組織のしがらみとは関係なく、いいたいことがいえるんですね。

 やりにくい面は、僕自身が何かを動かすことはほとんどできないことです。直接何かをやるためには、いろいろなところに根回ししたり、交渉したりする必要があります。

 アジャイルプロセスに興味を持ったのは、人間を中心にした理念を持ち、人と人のかかわりにフォーカスを当てている部分がたくさんあったからです。

コーチングとの出合い

松本 アジャイルプロセス協議会のメンタリング&コーチングワーキンググループ(現アジャイルマインド勉強会)にかかわる中で、初めてコーチングの考え方と出合いました。

 勉強会の中で、ITテクノロジの部分ではなく、人とどうやっていくのかとか、モチベーションをどうするのかとか、すごく人間くさい部分をテーマに勉強していました。

 コーチングの相手から引き出す質問のスキルなどに加え、感情にフォーカスを当てた部分や、モチベーションの根っこになるような部分を扱うところに引かれ、本格的にトレーニングを始めました。

 いまのプロジェクトをもっとよくしていきたいという思いがあったので、プロジェクトの中にコーチングをどう適用できるのか、どういうふうにかかわっていけばよいのか、ということを意識して学んでいました。

 多くの人がプロジェクトの中で抱えている問題は、自分が身をもって知っているので、その中でコーチングをどう使えるか、どういうきっかけや場を提供するかを考えました。

 プロジェクトをどうこうするというよりは、プロジェクトにかかわっている人にフォーカスしていくことで、自ずとプロジェクトの成果は後から付いてくると思ったのです。

アジャイルプロセスの導入

小田 コーチングを学んで1年後に、アッズーリのプロジェクトでアジャイルプロセスに併せてコーチングとファシリテーションを取り入れたそうですが、その経緯について教えていただけますか。

松本 アッズーリの社長とプロジェクトについて話をしているときに、すでに導入済みだったアジャイルプロセスに加えて、コーチングとファシリテーションのスキルを活用してみようということになりました。

 プロジェクトの規模がそれほど大きくなかったし(開発メンバーは20代半ば〜20代後半の4人)、技術的に大きな障害もなかったからです。

 ある意味、結果が出せる自信がある中でのチャレンジでした。2週間という短いイテレーションで区切りました。そして2週間で完成したものを検証し、そのフィードバックをもらいながら次のイテレーションに進むというやり方を行いました。

小田 お客さまに対しては、どのように伝えましたか。

松本 何度か話をしたり、実際のやり方を見せたりして安心してもらいました。お客さまがどういうところに不安を抱いているのか、それを解消するというアプローチを取りました。お客さまが思っていることは、できるだけ出してもらって、それに沿うようにしました。

 最初からこちらがいいですよというと、お客さまは引いてしまいます。そういうことには気を使いました。こうしたプロセスによってお客さまには納得してもらえたと思っています。

 コーチングでいうところの相手(クライアント)を中心にしたかかわり方ですね。ただ、お客さまのいったものをそのまま作るのではなくて、「お客さまの望んでいる本当のものは何なのか」「お客さまも気付いていない価値に気付いてもらうためにはどうすればよいか」を意識して、プロジェクトにかかわりました。

振り返りでのTryを行動に落とす

小田 プロジェクトのメンバーに対しては、どのような取り組みをされましたか。

松本 イテレーションが1回終わった後に、KPT(Keep、Problem、Try)と呼ばれる仕組みを利用して、回顧(振り返り)を行います。このプロジェクトでは、アジャイルプロセスの「1日8時間で仕事を終える」というルールを徹底させましたが、最初の2週間はなかなかうまくいきませんでした。残業の代わりに、8時間を集中して使うよういいましたが、最初のイテレーションではシステムは完成せず、納期に遅れるという状況になりました。

 そこで、今回のイテレーションでのKeep(うまくいったこと、良かったこと)やProblem(問題点)を挙げてもらい、次のイテレーションで自分はどんなTry(チャレンジすること)をしていくかを話してもらいます。そうすると、8時間でできなかった理由が出てくるわけです。集中し切れていなかったとか、次はこういうふうにやればよいという意見が出てきました。

 この振り返りがすごく大事です。ここで話し合って出来上がった次のTryをベースにして、メンバーが計画を立ててまた動くということをやりました。それでも、1カ月半くらいの間は、目指す成果は出ませんでした。

 振り返りの中で出てきたTryは、「ここがうまくいかなかったので、次は頑張る」といったあいまいなものではなく、「いつ、何をやるか」と明確な行動まで落とすことが大事です。そのためには、「それをいつやりますか」とか「誰とアポイントを取りますか」と具体的な行動になるよう、ファシリテートします。

 そうすると、行動が伴ってきて、それが次の振り返りでは、Keep(できたこと)として挙がってくるのです。

   

今回のインデックス
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