成果を生み出すコーチング

第3回 アジャイルプロセスにコーチング

小田美奈子
2006/6/6

メンバー個人と向き合う

松本 2カ月ほどたつと、チーム全体として成果が出てくるようになりました。ただ個人個人では、ばらつきが出てきたのです。

 チームとしての方向性は見えてきており、自分がそれにどう対応していくかというプロセスに入っていくので、少しずつ個別のアプローチをしていきます。日常の会話の中でも、個人を意識しながら皆にかかわるようにします。

 例えば、すごくいいものを作りたいと思っていても、自分の興味だけが先行していたり、お客さまの望むものではなかったりする場合もあります。技術に目先が奪われているメンバーは、客観視や俯瞰(ふかん)ができず、お客さまと同じ視点で見ることができなくなることがあるので、「お客さまはどういうことをしてもらったら、喜ぶのか」「自分はお客さまに対してどんなことができるとうれしいのか」という質問をし、視点を変えるアプローチを取りました。

 仕事に対して純粋に向き合えていないメンバーには、「自分がこの仕事を通じて、どんなことを得たいのか」「何のためにやっているのか」「いままでどういうプロジェクトのときにテンションが上がって、成果を出せたのか」など、少し視野を広げて、プロジェクトのことを自分のこととして考えるよう促してみました。

小田 1人1人をよく見るということですね。

松本 様子はよく見ていますね。2人で作業するペアワークを取り入れているので、言葉がどのくらい出ているか、会話が行われているか、声の大きさによっても分かります。1人で黙々とやっていると表に出てくる部分が少ないので分かりにくいのですが、ペアワークだと場が見やくなるのです。

 メンバー間でうまく調整していけるように、「そこ、話が盛り上がっていないみたいだけど、大丈夫?」というように、声を掛けるようなアプローチを多用しました。

うまくいっているときも「止まらない」

小田 今回のプロジェクトで、メンバーにはどんな変化がありましたか?

松本 2〜3カ月経過したころには、メンバーもすごく成長できたと思います。

 これまでの自分と、このプロジェクトに入ってからの自分を比べると、大きなギャップがある(=成長している)と感じていて、すごくモチベーションが高い状態でした。

 お客さまからも評価していただきました。が、慣れてくるとまたたるんでくるので、新しい課題や目標設定をしてよりいいものを目指しました。

 うまくいくというのは、結果もそうですが、一番大きいのは「止まらない」ことだと思います。

小田 「止まらない」とは、常に進化し続けるということでしょうか。

松本 うまくいっている状態を維持するにも、アクションを起こし続けなくてはいけません。うまくいっているときは手を抜きがちなんですね。でも手を抜いてしまうとあっという間に品質が落ちてしまいます。

 できるようになったことは、やり続けるうちに慣れてくるので、集中しなくてもできるようになります。例えば、最初8時間かかっていたものが、6〜7時間でできるようになります。そうすると、だんだんだれてきて集中力が欠けてくるので、品質も落ちてきます。

 そこで品質を維持するためにどうすればよいかという新しい問い掛けをしたり、もっとよくするために、いろいろなアプローチがあるのではないか、といったことを意識しました。

他人ごとではなく、自分ごとに

小田 それは大きな変化ですね。お客さまの反応は、いかがでしょうか?

松本 先ほども話したように、お客さまからの反応はよかったです。2週間という短いイテレーションのため、お客さまとのコミュニケーションの機会が多いという点は大きなメリットになりました。

 そのほかの大きな変化としては、振り返りによって、自分の成長やできたこともできなかったことも明確に意識できたことでしょうか。できなかったことを直視し、他人のせいにしないようになります。つまり、他人ごとではなく、自分ごとになるのです。ファシリテートするときも、自分ごとになるように意識しました。

ツールを使うリーダーの思い

小田 自分ごととして、行動に結び付けるんですね。これまでお話をうかがい、常に成長し続けているチームだと感じました。

 最後に、プロジェクトを成功に導くための参考となるヒントをお願いします。

松本 自分は、アジャイルプロセスやコーチング、ファシリテーションなどの形やプロセス、スキルにはこだわらないでやりました。これらはあくまでもツールであり、この根っこには自分の思いがあるわけなので。メンバーに対する思いとか、プロジェクトに対する思いです。

小田 メンバーに対する思いとは、具体的にはどのようなものでしょうか。

松本 メンバーに対しては、「相手中心」というのが大きいです。僕の中に答えはなく、相手の中に答えがあるので、自分の答えに勝手に置き換えてしまわないようにしました。

 相手の中にある答えに、自分が持っているものをアジャストしていく感じです。自分が変わる必要はなく、妥協するのでもない。自分と相手が違うとき、自分が妥協するのではなく、あくまでWin−Winであることを重視します。相手が持っているもの、望んでいるものに対して、それをよりよくするために、自分として最大限にかかわれることは何かを考えることです。

小田 プロジェクトに対する思いとは?

松本 プロジェクトそのものには意思がなく、プロジェクトにかかわる人皆の思いがあります。皆がWin−Winになるように、その人の中のいろいろなものを掘り起こして、皆がプロジェクトにかかわれてよかったという気持ちになれるような、そういうものを見つけるようにかかわり、そしてそんな環境をつくることです。

 その結果として、最高のプロジェクトの成果に近づくと思います。それはなぜかというと、メンバーが最大限に力を出しているからです。

 よく、「松本さんは何をやっているの?」といわれます。人と場を見ることをしています。「何かを教えているの?」と聞かれますが、各人の業務の中身は把握していません。中身を知ってしまうと、自分が答えをいいたくなったり、誘導してしまったりするので、あえて見ないというスタンスをとり続けます。

小田 相手の中にある答えを信じて、かかわり続けるということですね。

 貴重なお話をありがとうございました。

松本さんの事例から学べること

 松本さんが実施したアジャイルプロセス、コーチングを盛り込んだプロジェクトファシリテーションの取り組みの中で、プロジェクト成功のためのヒントを下記にまとめます。

(1)KPTによるふり返りで「行動と学習」のサイクルをつくる

 松本さんは、2週間のイテレーションごとにKPT(Keep、Problem、Try)の仕組みを利用して、振り返りを行いました。このふり返りの中で、Try(チャレンジすること)を具体的な行動に落とし込むことを重視しました。

 「次は頑張る」といったあいまいなものではなく、「いつ、何をやるか」を質問によって引き出し、明確にすることで、実際の行動に結び付きます。そして、次の振り返りのときに、これらはKeep(できたこと)に挙がり、メンバーの自信と成長につながっていくわけです。

 コーチングでは、「行動と学習」を重視します。相手の自発的な行動を促し、学習を深めることを繰り返すことで、変化を起こし、成長に結び付いていくのです。

 松本さんが行動を決めるのではなく、メンバー自身に行動を考えてもらうよう徹底しました。メンバーが答えを見つける力を持っているというスタンスでかかわり、自身の力で行動を考えるプロセスを共にすることで、より相手は動きやすくなります。

 また、「お客さまが○○だからできない」という他人ごとの視点ではなく、「その状況に対して自分は何をするか」という、自分のこととしてとらえて考えてもらうことも意識しました。

(2)1人1人に合わせた対応、相手から引き出す質問で行動を促す

 プロジェクトのスタートから2カ月ほどした後、メンバー個人がどうプロジェクトにかかわっていくかを模索し始める時期に、松本さんはメンバー1人1人をよく見て、相手に合わせて意識的にかかわっていきました。

 相手によって対応を変える個別対応(テーラーメイド)は、コーチングを活用する際のベースとなります。相手の力を引き出すためには、その方法は1人1人に合わせる方が効果的だからです。

 相手をよく見たうえで、引き出すような質問をすることで、自発的な行動を促しています。例として、あるメンバーが技術面で自分の興味を重視するあまり、お客さまの望まない方向にいる場合には、「お客さまに対してどんなことができるとうれしいのか」など、お客さまのことを考えてもらうよう視野を広げる質問をしています。

 また、仕事に純粋に向き合えていなかったメンバーに対しては、これまでのプロジェクトの中でモチベーションが高かったときのことを思い出してもらう質問をすることで、メンバーは自分の内側にある資源(リソース)に気付くことができます。

 このように、質問することは、相手が気付いていないかもしれない可能性を引き出すことにつながります。質問に対する答えを探る過程で起こる気付きが、新たな行動の糸口となります。

(3)ファシリテーターの思いと1人1人の力を最大限に発揮してもらうかかわり

 今回の取り組みは、プロジェクトで人の関係がうまくいけば、品質、生産性が共に上がるという松本さんの考えからスタートしたものでした。その中でアジャイルプロセスやコーチング、ファシリテーションを活用しましたが、あくまでもこれらはツールであり、その元には松本さんのメンバーやプロジェクトに対する思いがありました。

 その思いは、「相手中心」であることで、メンバーの中に答えがあると信じ、相手が持っている力を最大限に発揮してもらうように松本さんはかかわり続けました。

 その思いがベースにあったうえで、数々の取り組み(KPTによる振り返り、相手から引き出す質問をすること、うまくいっている状態でも常に高みを目指し、止まらないでアクションを起こし続けることなど)が功を奏し、メンバーの成長に結び付きました。

 プロジェクトが進む過程で、これまで指示命令型で動いていたメンバーが、自ら考えて動いていくステージに移っていくという変化も見られました。また、プロジェクト内でのコミュニケーションを重視したため、メンバーそれぞれが、お互いに相手の考えを引き出すことができるようになっていきました。メンバー1人1人の力が最大限に発揮されることで、メンバー同士の力の相乗効果が生まれ、プロジェクトの成果に結び付いています。

 今回、松本さんが相手が持っているものをよりよくしていくために自身ができることを考え、実行していく姿勢そのものが、プロジェクト成功の大きな要素になっていると思いました。

 以上、松本さんが、プロジェクトで、アジャイルプロセス、コーチングなどを盛り込んだプロジェクトファシリテーションを実践した事例をお伝えしました。

 コーチングの基本スキル「質問する」については、「コーチングを身に付けよう」の「コーチングの基本スキルを会得しよう」をご覧ください。

参考文献
「The エンジニアコーチング 第4回 あなたの想い、伝わっていますか?」(松本潤二著、『JAVA PRESS Vol.45』技術評論社)
プロジェクトファシリテーション プレゼンテーション」(平鍋健児著、オブジェクト倶楽部)
コーチング・バイブル――人がよりよく生きるための新しいコミュニケーション手法』(ローラ・ウィットワース、フィル・サンダール、ヘンリー・キムジーハウス著、CTIジャパン訳、東洋経済新報社)
コーチングマネジメント――人と組織のハイパフォーマンスをつくる』(伊藤守著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)

 

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執筆:小田 美奈子(http://www.happy-coachingcafe.jp/)

消費財メーカーで商品開発・マーケティング業務に携わるうち、コーチングの考え方に出合う。現在は20〜30代の会社員、経営者を対象としたコーチングやキャリアカウンセリング、キャリアをテーマとしたワークショップを実施している。財団法人生涯学習開発財団認定コーチ/日本コーチ協会東京チャプター会員/特定非営利活動法人日本キャリア開発協会認定CDA(Career Development Adviser)

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