第1回 折り合いの悪い上司の行動ログをとってみる
樋口研究室
飯田佳子
2009/10/16
「自分は正しく行動している」と考えていても、評価者がそう感じていなければ、あなたの評価はあなたが納得する形でなされない可能性が高い。評価者に考え方を変えてもらう? もちろん、それは不可能ではないが、はっきりいって非常に難しい。むしろ、自分のビュー(視点)を相手のビューにチェンジ(変化)させた方が楽だ。 |
■自分の気に入った部下だけ評価する上司
PL(プロジェクトリーダー)経験10年目のA氏の話である。
ある時、A氏の会社が別の会社に吸収合併された。それに伴い、本社にいる自分の上司が合併先の上司に変わった。吸収合併を境にA氏の仕事は増え始めた。
新しい上司はA氏に対して、作業報告書を毎週出してほしいといってきた。社内のタスクチームへの参加も要請された。事例をレポートとして提出してほしいという業務命令もあった。A氏は「これらの作業は、自分の顧客とは関係ないので、無駄な作業」だと感じていた。
A氏は上司に「事務的な作業を指示するのはやめてほしい」と直言した。上司は一応理解したような返事をするが、その後も作業指示は減らなかった。
そうこうしているうちに、査定時期を迎えた。A氏はその結果を聞いて驚いた。査定の結果が自分の感じていたものよりも、かなり悪かったのだ。その理由を聞くと、上司はこういった。「きみはチームに協力的じゃない」。A氏はショックを受けた。
A氏は自分の所属部門のスタッフたちを低く見ていた。「仕事をしてないメンバーがたくさんいる」と感じていた。その一方、自分は顧客のプロジェクトでしっかり仕事をしていると思っていた。実際、顧客の評判は悪くなかった。それなのにどうして社内評価が悪いのか。
「上司は自分の気に入った部下にしか、良い評価を出さない」。A氏はそう考えた。
腹を立てたA氏は、その後、上司の指示をことごとく聞き流すことにした。週報を提出しない。本社に顔を出さない。事例レポートも書かない。上司から着信したメールも見なかった。そしてプロジェクトに専念した。
2年目の査定時期がやってきた。A氏の受け取った査定は「C(悪い)」評価だった。低い評価が続いたまま3年目に入ると、さすがにまずい。そう思ったA氏は、わたしのところに相談に来た。
■自分と相手のズレは何か
A氏の鬼門は明らかに上司だった。その上司がいなくなれば、状況は改善するだろう。しかし、ひょっとしたら、上司はずっと変わらないかもしれない。その場合は今年も悪い評価が付く。少なくとも今いえることは、“A氏には上司を異動させる人事のコントロール権はない”ということだった。
この状況を打開にはどうすればいいのか。解決策はある。上司をコントロールすることは無理でも、自分をコントロールすることはできる。A氏の思考と上司の思考に、何らかのズレがあることは確かだ。このズレをなくせば、A氏の評価を改善するきっかけになるのではないか。わたしはそう考えた。
■A氏のフィルターを変化させる
人間には、事実を歪(ゆが)める3つのフィルターがある。それは「目」「耳」「脳」だ。
「目」には自分に興味のないものは映らないといわれる。同様に、「耳」には自分に都合の悪いことは入らず、「脳」は自分が感動しないことには反応しない。
上司の発想は、A氏にとって「興味のないもの」「都合の悪いもの」「感動できないもの」だった。
そこでわたしはA氏にある依頼をした。上司の「趣味」や「クセ」「好き嫌い」を調べてくれ、と。人の考え方は「趣味」「クセ」「好き嫌い」を調べればだいたい分かる。まず相手の考え方をつかみ、それに自分の考え方を近づけることはできないか。
A氏は上司に対して、「趣味」や「クセ」「好き嫌い」を聞いたことはないし、聞きたいとも思っていなかった。だからA氏はわたしの依頼を聞いたとき「それが何の役に立つのだ?」と感じた。
その気持ちは分からないでもないが、今回は相手を自分に合わせるのではなく、自分を相手に合わせて乗り切らないと、また悪い評価を食らうかもしれない。これを説得してようやくA氏に理解してもらった。
しかし、やったことがないことを実行するのは難しい。そこでわたしは「まず最初に上司の行動ログを記録してはどうか」とアドバイスした。例えば、「趣味」はオフタイムの会話でつかめる。「クセ」はデスクワークの動きを見れば把握できる。「好き嫌い」はディスカッションの内容で分かる。つまり、上司と会う時間を増やし、そこで得た情報を逐次ロギングしろ、と助言したのだ。
A氏は、わたしのいうとおり、多忙な顧客プロジェクトの合間を縫って上司と会う機会を多くし、上司の行動ログを付け始めた。
■上司が重視するのは「質」ではなくて「量」だった
しばらくして、A氏が記録したログから、ある事実が判明した。その上司は常に「進捗の100%把握」と「コストの3割カット」「無駄な作業の削除」を要求していた。つまり、上司が求めていたのは、「難易度(質)よりも達成度(量)」だということが分かってきたのだった。
A氏の行動は「質」重視だ。一方、上司の行動は「量」重視。A氏の考え方に「量」を加える発想が出てこないと、いつまでたってもA氏の評価アップは望めない。そういうことになる。
ここまで分析できると、A氏の行動は早かった。「今後は上司の指示をすべて実行しよう」「できてもできなくても、常に上司に結果を報告しよう」。そう決断した。A氏が大切にしないといけない“顧客”に上司が加わった瞬間だった。そしていま、A氏は自分の評価アップ作業に真剣に取り組んでいる。
■ビューチェンジの第一歩を踏み出す
人は前述した3つのフィルター(目、耳、脳)から入ってきた情報を基に行動を決めている。フィルターに飛び込む事実は1つだが、考え方は人によってさまざまだ。だから皆違った行動をする。
もし入ってきた情報に良い論理的なパワーをかけることができたら、自分の行動はもっと良くなる。このパワーを生み出すのがビューチェンジという手法だ。今回使ったビューチェンジは、以下のような3つの方法だ。
図 フィルターから入る情報に論理的なパワーをかけて行動を正す |
1.「視界」のチェンジ
目から入る人の視界(視野)は思っている以上に狭い。それを広げるにはパワーがいる。例えば、自分の嫌いなものに積極的に飛び込んでいくような行動をしないと、そのパワーは生まれない。
2.「うわさ」のチェンジ
耳から入るウソのうわさと本当のうわさを見分けるにはどうすれいいのか。うわさを正しく判断するにはパワーがいる。例えば、すべての事実のウラを取りにいくような行動をしないと、そのパワーは生まれない。
3.「前提」のチェンジ
脳に残る成功体験を基に人は行動しやすい。しかし、昔の成功体験が失敗の原因にもなることもある。相手の体験に積極的に耳を傾けるような行動をしないと、昔の成功体験に基づいた「前提」はなかなか崩れない。
◆◇◆
仕事の「質」ではなく、「量」でしか評価をしない上司には出会いたくないものだ。しかし現実には、そういう発想しか持たない人もいるだろう。そんな人に遭遇した時は、ビューチェンジをうまく使ってピンチを乗り越えてほしい。
筆者プロフィール |
飯田佳子●樋口研究室の認定IT コーチ。会社では、プロジェクトの品質管理の仕事をしている。システム構築には技術やプロセスも重要だが、もっと重要なのは人間の品質アップ。そう信じて、日々、社員のパフォーマンス向上を目指している。 |
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