図解言語入門:図解の技術を覚えよう

第4回 ピラミッドには執念が必要

開米瑞浩(アイデアクラフト)
2004/6/30

話すこと、書くこと、そして思考を図に表して理解する。当たり前で簡単なようだが、意外と訓練していないとうまくいかない。では、それを習得した場合のメリットとは。それは、相手とコミュニケーションにおいて誤解が少なくなること、より理解できるようになること、伝えるための道具になること、といったことだ。ITエンジニアに必須のコミュニケーションスキルの土台を、言語を図解化することで理解しやすく構築しよう。

主張と根拠を構造化するピラミッド

 皆さん、こんにちは。ぼくは清水敦史、25歳。客先常駐で仕事をこなすシステムエンジニア(SE)です。現在、図解言語を身に付けようと勉強中です。

 今日も、図解言語を究めた加藤さんが来ています。今日は前回までのマトリックスに続き、ピラミッド構造の話を聞いてみました。

加藤 ピラミッドか。これはね、当たり前で簡単なようでいて、意外と手ごわいんだよ。まずはそうだなぁ。どういうときにピラミッドを使うと思う?

清水 何かを主張するとき、でしたよね。

加藤 そうだね。でも、主張というのは例えばどういうものだろうか。

清水 じゃあ加藤さん、いますぐカナダに行くべきです!

加藤 えっ、どうして?

清水 だって、こういうのが主張ですよね。誰かに何かの行動を起こすことを要求するようなメッセージが、主張だと思います。

加藤 な、ナイス! そのとおりだね。

清水 加藤さんは「どうして?」と理由を聞きましたよね。そこから分かるのは、主張には根拠が必要だっていうことです。「なぜなら、……だからだ」と答えられるような理由、根拠が必要です。

加藤 そのとおりだね。ところで通常、1つの主張には理由がいくつもあるのが普通だ。そのたくさんの理由をうまく整理して構造化するときの1つの定石的パターンが、ピラミッド構造なんだね(図1)。「主張」が頂点になるように、根拠を積み上げていった形。この形がピラミッドに似てるから、ピラミッド構造というんだ。

図1 ピラミッド構造は主張と根拠を構造化する

清水 そこまでは知ってるんですけどね、だから何? て感じ。当たり前な気もするし、なんだかピンとこないというか……。

加藤 そうなんだよ、当たり前な気がするよね。しかし、このピラミッド構造は奥が深いんだ。これを作るにはいくつかルールがあるんだけど、ルールを全部覚えても、分かった気はしないと思う。役立つなぁと実感するには、何回も執念深く練習していると、あるとき急に目の前が開けた気がして感じがつかめる、そんなものなんだよ。

清水 ルールを覚えただけじゃダメなんですね。

加藤 そうはいっても、ルールを覚えないことには最初の一歩が踏み出せないから、まずは基本ルールから説明しようか。

1箱に1メッセージ

加藤 まずは1箱に1メッセージのルール。これは、ピラミッドを構成する1つの箱には、1つのメッセージしか入れてはいけない、というものだ。例えば次の文章を見てほしい。これは1箱1メッセージではなく、その点で問題がある。

高橋選手は強いし、ほかに有力選手は見当たらない

清水 「高橋選手は強い」、というのと、「ほかに有力選手はいない」、という2つが一緒になってる、ということですね。

加藤 そう、そこがよくない。そこで、これを2つに分けたとしよう。そうすると、ピラミッド構造を作るためには、上に何か1つ、まとめる箱が必要になるんだ。「高橋選手は強い」し、「ほかに有力選手は見当たらない」。この2つを合わせて、「だからつまりこういうことだ」と一言でいうとしたら、どんな言葉にする?

清水 うーん……。一言だけですよね。だとしたら「高橋選手は最強である」、かな。

加藤 なかなかいいねえ。その回答はまさしく要約になっていると思うよ。そうすると、次の図2のようになるね。ピラミッド構造の中では親子の間にはこういう「つまり(要約)」と「なぜなら(明細)」の関係があるわけだ。

図2 ピラミッド構造の親子間には、つまり(要約)となぜなら(明細)の関係がある

清水 そうですね。

加藤 当たり前なようだけど、こうして要約を作ることには2つのメリットがある。1つ目は、要約を作ることで、ほかの理由はないのか、と疑問がわくようになること(図3)。

図3 要約は発想を広げる

清水 はぁ。

加藤 疑問がわいて意識的に探せば見つかることもあるけれど、これが図2のように箱1つだけだと、そんな疑問もなかなかわかない。だから発想を広げるためには、1箱1メッセージというのは重要なルールになるんだ。

清水 要約を作ると発想が広がる、というのは気が付きませんでした。いわれて納得です。

ピラミッドは忙しい人の味方

加藤 要約を作る2つ目のメリットは、ピラミッド構造そのもののメリットでもあるけど、時間を短縮できるということだ。これは当たり前かな。ピラミッド構造というのは、結局下から上に向かってどんどん要約をしていく構造だから、時間がないときは上の方だけ考えればそれで済むんだよね(図4)。

図4 ピラミッドは忙しい人の味方

清水 加藤さんはそれで実際助かった、というようなことがありますか。

加藤 助かった、じゃなくて、失敗した、といったことの方が記憶に残っているね。かなり昔の話だけど、あるとき、ビジネスプランコンテストというのがあって、最終選考に残ったことがあったんだ。それで、張り切って説明しようと思ったけど、持ち時間はわずか10分。細かい個所にこだわってしまい、末端の枝葉のような細かい理由ばかりを説明してしまい、気が付いたらもう時間がない。慌ててしまって後はメロメロだった。このころにちゃんとピラミッド構造で主張を整理していたら、時間がたとえ5分でも1分であっても、自由に対応できただろうね。ほんと、惜しいことをしたと思うよ。

MECEはピラミッドの品質向上の鍵

加藤 さて、MECEという言葉は聞いたことがある?

清水 あります。「ダブリなく、かつ、モレなく」ということですよね。

加藤 よく知っていたね。そう、ピラミッド構造を作るときには、ピラミッドの親子関係がMECEになるように、常に気を付けることが必要なんだね(図5)。

図5 ピラミッドはMECEに分解する

清水 でもこれ、ホントにやってるんですかねえ……。いくら考えてもきりがないような。

加藤 厳密なMECEなんてできないけどね(笑)。でも、やることは非常に重要だよ。なぜならMECEを追求することによって、視野が広がるんだ(図6)。ある対象をMECEに分解しようとすると、うまい切り口を探して、ああでもないこうでもないと試行錯誤することになる。そうやってさまざまな視点で対象の分析を重ねれば、そのうちのどれかがヒットする確率は高くなるだろう?

図6 ある対象をMECEに分解しようとすると、適切な切り口を探していろいろな角度から対象を見るようになる。視点が増えるので、その中のどれかがヒットする可能性がある

 そうやって、しらみつぶしに可能性を探るための仕掛けがMECEなんだよ。だからMECEの本質は、実は「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」の弾の数を増やすことに意味があって、結構泥くさい根気勝負のツールなんだよね。そこを見落として、方程式を解けば答えが出る、といったエレガントな法則と思い込むとうまくいかないわけだ。

図解言語としてのピラミッド構造の意味

清水 ところで加藤さん、ピラミッド構造って、もともとはロジカルシンキングのツールですよね。それが図解言語で必要なのはなぜですか。

加藤 いい質問だね。大いにあるんだよ理由が。マトリックスの解説のとき(「第2回 最初の一歩はマトリックスから」)にもこの話が出たけど、図解をすると、微妙な意味の範囲を厳密に表現しやすくなる。

 ところが、厳密に表現しやすいというのは、あいまいに表現しにくいっていうことでもある。文章だとあいまいなままでもそれっぽく見えるけれど、図解ではあいまいに書けない。だから、この四角い箱は何を意味しているのか、その意味の範囲をきっちり明確にしないといけないんだよね(図7)。

図7 BはAに含まれ、CはAとBに一部が重なっている。こうした微妙に異なる範囲を図解で表現することは非常に多い

 そんなときに、ピラミッド構造をきっちり作れていると、範囲をきっちり決めることがやりやすくなる。それが図解言語の一環としてピラミッド構造を学んでおくことの意味だよ。

清水 分かるような、分からないような……。

加藤 難しいかな。まぁこの話は、いま分からなくてもいいよ。とにかくピラミッド構造を理解することは図解言語を理解するうえでも非常に重要だということさえ分かってくれればね。

清水 そうですか。じゃあ、とにかくやってみます。

加藤 ああ、今日もそろそろ時間がきたようだ。

清水 もうですか。まだいろいろあるんですよね。

加藤 そうだなあ、ピラミッド攻略戦の戦い方、なんてのは必要だよね。「主張」をめぐって論戦を繰り広げるときの攻めと守りのポイントの見つけ方のセオリーなんだけど。論理をグラフにしてしまうっていうスゴイ技があるんだよね。それからMECEもまともにやると奥が深いし。主張じゃなくて課題を展開するロジックツリーの話もしたい。でも、通り一遍の話で分かるようなものじゃないね。

 そういって加藤さんは足早に去っていきました。

 加藤さんを見送った後、ぼくが机の上を見ると、そこには紙がまた1枚。今度は何?

読者への挑戦状
さて、読者諸君。

ピラミッド構造は役に立つのだが、これに懐疑的な方も少なくないようだ。そこで、挑戦状である。以下のテキストを基に、ピラミッド構造を作って分析をしてみせてほしい。

では、また会おう!

質問
 下記の文章は、あるIT企業の社長が全社員に向けて送ったメッセージの一節です。この文で社長は何をいいたかったのでしょうか。その「主張」と、それを支える「根拠」を、ピラミッド構造を使って整理してみてください。

 
その際、「主張」の直下、1層目にくる根拠には特に注意して、1層目だけを順番に読んでも意味が分かるように念入りにチェックしてください。また、いい回しは原文そのままを安易に使わずに、端的に分かりやすいようにいい換えられないかを考えてください。
問題文:ある社長のメッセージ
 何年も前から、日本経済は不況の底に沈んでいるといわれてきました。実際、不況であること自体は事実として受け止めざるを得ません。

  IT業界はもともと景気の影響を受けやすい業界です。というのも、近年の情報システムは、売り上げ向上のような直接的なメリットよりも、ホワイトカラーの生産性の向上といった間接的なメリットを提供するためです。それなのに多額の投資に加えて運用コストもかさみます。

 不況の中ではどうしても設備投資は削減される傾向にあります。まして、売り上げに直接メリットのない投資は敬遠されます。だからこそIT産業は景気の影響を受けやすいのです。


 この不況の中で、IT業界の企業として生き残っていくために必要なものは何だろう? 私はずっとそれを考えてきました。

 
そして得た結論は、提案力が必要だというものです。

 不況だからこそ、企業は不況を乗り切るための提案を求めています。そこでいう提案というのは、具体的なメリットが得られるものでなければならず、またそのことを企業が理解し実行できるものでなければなりません。

 そうした案を考え出し、そしてアピールできる提案力を、身に付けていかなければならないのです。それが、私たちがIT業界で生き残っていくために不可欠な課題です。

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