図解言語入門:図解の技術を覚えよう

第6回 サーキットで論理を体感しよう

開米瑞浩(アイデアクラフト)
2004/8/25

話すこと、書くこと、そして思考を図に表して理解する。当たり前で簡単なようだが、意外と訓練していないとうまくいかない。では、それを習得した場合のメリットとは。それは、相手とコミュニケーションにおいて誤解が少なくなること、より理解できるようになること、伝えるための道具になること、といったことだ。ITエンジニアに必須のコミュニケーションスキルの土台を、言語を図解化することで理解しやすく構築しよう。

サーキットは部品の連携を描く回路図

 皆さんこんにちは、僕は清水敦史、25歳男性で客先常駐のSEをしています。いま、図解言語を身に付けようと勉強中。今日も図解言語を教えてくれる加藤さんが来ているので、図解言語の3本柱の最後の1つ、サーキット構造の話を聞こうと思っています。

清水 加藤さん、サーキットって何ですか。カーレースとは違うんですよね。

加藤 違う違う、図解言語でいうサーキットは、電子回路の「回路」という意味でね。チャートを書いてみると電子回路図みたいに複雑に入り組んだ構造で、しかもぐるりっと回って元に戻るような、そんなパターンを描くのが特徴だ(図1)。どちらもマトリックスやピラミッドでは絶対あり得ないパターンなのは、分かるかな?

図1 サーキット型チャート

清水 ああ。分かります。

加藤 ちょっと電子回路をイメージしてほしいんだけど、電子回路には、乾電池に豆電球を1つつないだような簡単なのもあれば、コンピュータのようにものすごく複雑なのもあるよね。でも、どちらにしても共通してるのは、特定の機能を果たす「部品」が連携して、より高度な機能、働きを実現しているということ。ここまでいいかな。

清水 はい、いいです。

加藤 そこで、どんな部品がどう連携しているのかを素直に表現しようとすると、必然的にこういうサーキット型になるわけだ。まあ当たり前の話だよね。さて、じゃあ、実例を見てみよう。まずは簡単なものからいこうか。図2は、車のエンジンについてのサーキット型のチャートだけど、意味は分かるかな。

図2 エンジンとスロットルバルブ

小さな力が大きな力を動かす関係

清水 エンジンに空気を取り入れる、その経路の途中に何かバルブが付いているわけですね。で、バルブを開け閉めすると、空気の流れを減らしたり増やしたりすることができて、それでエンジンの出力をコントロールできると。そのバルブの開け閉めをするのにはアクセルペダルを使う、ということですよね。

加藤 そういうこと。スロットルバルブにある角の丸い記号をバルブの意味に使っているわけだ。このバルブの役割っていうのが、ある力で別な力をコントロールすることでね。例えばこのエンジンの場合、アクセルペダルっていうのは、人の足で踏むだろう。人の足という小さな力で空気の流れを制御して、それで例えば100馬力のエンジンを回したりするわけだ。そんなふうに、ある作用(力)がどんどん別な作用(力)を生んでいくという関係を表すには、このサーキットという形式はもってこいなんだよ。ただ単に箱を並べて矢印で結ぶだけなんだけどね。

清水 もう1つ(図3)も、サーキットですよね。なんだか同じ形ですけど、これは全然違う話ですか。

図3 日露戦争の外債募集

加藤 そうなんだ。配置は同じパターンだけど、話題は全然違う。日露戦争当時の財務大臣が戦費調達のためにイギリスに行ったときの話だね。イギリスにはお金(資金)はあるわけだから、彼らに日本の外債を売ることができれば、戦争の費用を賄える。でもそれには、買いたくなるような理由が必要だった。それは要するに戦争に勝つことだったんだけどね。

清水 これは、構造的にはエンジンの場合と同じなんですね。

加藤 同じなんだよ。「買う気を起こさせる理由」ってやつが、エンジンでいうところのアクセルペダルの役割を果たすわけだ。それはいいかな?

清水 つまり、戦争に勝てば、イギリスのお金がドドッと入ってくるし、負ければピタッと止まるということですね。

加藤 そう、それで大事なのは、このパターンがエンジンと同じということは、このチャートを使うと、エンジンの動きを理解するのと同じ感覚で、外債募集の事情を肌で感じることができる、ってことなんだ。

サーキットは論理を感覚に変える

清水 えーと、つまり……。

加藤 エンジンの話だったら、僕らは割とイメージしやすい。アクセルを踏み込めばエンジンが吹き上がる、その感じは想像がつくよね。

清水 そりゃあもう。

加藤 そこでその感覚を知ってれば、外債募集のことも同じように類推で感じることができるんだよ。つまり、戦争に勝つと資金を調達できる、このダイナミックな動きを、エンジンの動きになぞらえて、体で理解できるわけだ。

清水 さっきから感じると強調するのは何か意味があるんですか。

加藤 大いにある。つまりこのサーキット型とは、理屈を感覚に翻訳できるチャートなんだ。

清水 理屈を感覚に?

加藤 そう。AだからBで、だからCで、なんてことを表面上の字面で覚えるのではなく、感じ取ることができるようになる。ちょうどエンジンが回ったり止まったりするのが振動で分かるように、論理の動きを肌で感じられるようになるんだ。

清水 では、加藤さんにとって論理は感覚で考えるものなんですか。

加藤 考えるもの、というよりも感じるものだね。分かりにくいかもしれないけど、僕がものを考えるときは実は論理的に考えるというより、まず感じるのが先なんだよ。僕が何か問題に気が付くときというのは、何か変だな、という感じが先にあるんだ。そう感じた個所を論理的に追及していくと問題が見つかる、ということが多い。だから論理はあくまでも後追いの検証道具でしかないんだよね。

 論理からは気付きは生まれない。気付いた後の論証には論理を使えるけどね。最初の気付きは、非論理的なもので、それが実は一番大事なんだ。

 こうしたことは、想像していなかったので、僕はしばし考え込んでしまいました。加藤さんはロジカル・シンキングの講座の講師をしていると聞いていました。ロジカル・シンキングというと、真と真の論理和を取ったら真になる、というようなITエンジニアにはおなじみの論理を積み重ねる思考術かと思ったら、どうもそうではないようです。

 僕にはまだピンとこないようです。なんとなく、分かるような気も、納得できる気もするものの、確かにそうだな、と共感できるほどの確信はありません。

図解言語は皮膚感覚

加藤 慌てなくてもいいさ。最初は理屈で覚えても、1000回繰り返せば第2の皮膚感覚になる、そういうものだから。

清水 そうですかねぇ。

加藤 そうだよ。大体僕らはいま、言葉を話しているでしょう。でも、いちいち文法を考えて話しているわけじゃない。体に染みついた母語だから、何も考えなくても言葉が出てくるわけだ。それは、それだけ繰り返してなじんでいるからだよね。

 図解言語もそういうものだよ。特にこのサーキット型チャートはそうで、マトリックスやピラミッドが一定のパターンしかないのに比べると、とてもバリエーションが豊富なんだ。だから最初のうち、どうやっていいのか、とっかかりがつかめなくて迷うかもしれないけど、それは覚えたばかりの外国語がなかなか出てこないようなもので、誰もが通る道だから心配することはないよ。何回も続けていれば、だんだん流ちょうに表現できるようになる。そういう意味で図解言語は日本語や英語みたいな自然言語によく似てるんだよ。だから僕は図解「言語」と呼んでるんだ。

清水 分かりました。とにかくやってみます。

加藤 このサーキット型チャートも応用範囲はすごく広いからね、やりがいあると思うよ。ビジネスの検討や経営戦略を考えるのには不可欠なんだ。

 次にこういう問題を考えてみようか。「携帯電話が普及したため、携帯端末も多様化した」。この文が表している構造を、サーキット型で書くとどうなるだろうか。

清水 こんな感じでしょうか(図4)。

図4 携帯電話と携帯端末

加藤 そうだね、そうそう、じゃあそこにもう1つ、「逆に、固定電話の契約は頭打ちから減少に転じた」という一文を追加するとどうなるだろう。

清水 ええと、あれ? 減少? 減少ですか、あれ?

加藤 そういう場合はここにこう……。マイナスを付ければいいよ(図5)。

図5 携帯電話と固定電話

清水 マイナスですか、なるほど、それで影響がマイナスであることを表すわけですね。

加藤 これなら直感的に分かるでしょう。

清水 分かりますね、ええ。でも加藤さん、頭打ちっていうのはどうすればいいんですか。単純に減少というよりももう少し微妙なニュアンスが含まれていますよね。

加藤 それは無視だよ。

清水 えっ、無視しちゃっていいんですか。

加藤 気になるなら横にテキストでコメントを書いておけばいいよ。大事なことは、重要な特徴を浮かび上がらせることで、微妙なニュアンスを表すことじゃないんだよね。重要なのは携帯電話が固定電話の邪魔をした、ということ。それが頭打ちで止まろうが、減少までいこうが、五十歩百歩なんだよ。

 それは驚きです。物事を大づかみに考える、というのはこういうことなんでしょうか。エンジニアの習性からか、細部をないがしろにしない文化・習慣で動いていた僕には、あっさり、「無視だ」といい切ってしまう加藤さんの姿にちょっとしたカルチャーショックを受けました。

清水 ところで加藤さん。そろそろまた、時間ですよね?

加藤 そうか、もうおしまいかあ。サーキットにもまだまだいろいろな話があるんだけどね。今日やった単純なバルブ構造だけじゃなく、要素をもっと細かく分類して記号の意味を決めたIDEF0とかもあるし、そもそも連携を表すチャートに時間軸がないのはなぜかという話もあるなあ。やっているときりがないね。

清水 まずは始めることが大事なんでしょ。一番単純なのだけで、いいじゃないですか。また、セミナーもやるんですよね。

加藤 おう、やるよ。じゃあね。

 そういって加藤さんは大きな体をゆらしてドタドタと去っていきました。もちろん、加藤さんが去った後に1枚の挑戦状が残っていました。今度は何でしょうか。

読者への挑戦状

 さて、読者諸君。サーキット構造というのはマトリックスやピラミッドに比べるとなじみがないことと思うが、これもまた単純な割に応用範囲は非常に広いものだ。そもそも組織体にしても機械にしてもその本来の構造はピラミッドでもマトリックスでもあり得ない。複雑なシステムとしての社会や組織、機械の働きを的確に、ありのままに把握するには、サーキットが一番だ。ぜひ日常的に試して使って身に付けてほしい。


指示文

下の文はある友達同士の会話です。Bさんの説明をサーキット型のチャートで表してみてください。部分的にマイナス記号(−)も使います。また、バルブ記号の数も1つとは限りません

問題文:友達同士の会話
Aさん 「この前テレビのラーメン特集で近所の坂本軒をやっていたんだ。それで行ってみたらすごい行列でさ。最近まではそんなに行列なかったのに、やっぱり成功するにはああいう宣伝が必要なのかな」

Bさん 「待て待て、テレビの威力がすごいのは分かるけどそれがその店にとっていいことかどうかは分からんぞ」

A
さん 「だって客が増えるのはいいことじゃないの?」

Bさん 「必ずしもそうでもないんだ。順を追って考えていくとこういうことだ。ラーメン好きの人が店に来る。来て、食べて、満足すると、『あの店はいいよ』と口コミで宣伝してくれるだろう? そうするとラーメン好きの人の来店率が上がる。これ、つまり口コミ宣伝が飲食店にとっての一番の基本でね。これが一番大事な成功のループなんだ。

 
そこにマスコミ宣伝が絡むとどうなるかというと、例えばテレビに出れば確かにその瞬間来店客は増える。でも、そうやって一時的にお客が過剰に増えると、品質が下がりやすいんだな。肝心のラーメンそのものがまずくなったり、接客が荒っぽくなったりしやすい。そうすると満足率が下がって、口コミ宣伝に悪影響を及ぼしてしまう。まあ、その店の品質管理の精神と技術がしっかりしてれば、品質悪化はある程度避けられるけどね。それでもマスコミ宣伝には避けようがない悪影響もある。だから店によっては『マスコミ取材お断り』っていう店もあるんだよ。一時的にはよくても長い目で見れば損になることもあるってことだね」

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