エンジニアに変革を迫るITSS 自分のスキルレベルが分かる?
ITスキル標準(ITSS)はエンジニアに変革を迫るか

穴沢悦子(インフォテリア株式会社 教育部)
2004/8/11

ITSSは個々のエンジニアにも関係する

 「ITスキル標準」(IT Skill Standard:ITSS)はヒューマンスキル、技術力すべてを総合したITサービスにおける人材価値の統一指標である。2002年(平成14年)12月に経済産業省から発表され、すでにIT企業の人材育成指針にも影響を及ぼし始めている。

 これまでは、たとえエンジニアであっても年功序列、役職で給与が決まるケースが大半だった。そのため、エンジニアはある程度の役職以上になるとマネジメントに専念し技術的なスキルアップ、レベルアップを目指さなくなる。管理職が専門分野でスキルアップしても昇進や給料にはさほど影響を及ぼさないからだ。

 一方、若手のエンジニアは、ベンダ資格、非ベンダ資格、情報処理技術者試験などで、技術レベルの目標、指標は得られた。また、その人のヒューマンスキル、管理能力などの指標は社内にしかなかったため、実力を世間に示しやすい技術系のIT資格の取得に専念する傾向があったのは事実だろう。

 IT企業が求める人材は技術力だけを持ち合わせている人ではなく、またマネジメント能力だけしか持たない人でもない。たくさんのプロジェクトを抱えるIT企業は複合的、かつ高度な能力を持ち合わせている優秀な人材を多数必要としている。

ITSSが業界の共通基準になる可能性

 では、いったいIT企業ではどのような人材が不足しているのだろうか。今後どのようなスキルを身に付けると、市場での自分の価値を高めることができるのだろうか。

 ITSSはIT業界でどのような経験を積んだ人材が必要なのかを、日本で初めて企業を超えて統一的に定義、公表したものである。これまで日本ではこのような人材スキルの定義は特定企業内にしか存在しなかった。ITSSでは企業を超えて通用する共通の指標が示されているため、「今後どのようなスキルを身に付けると市場での自分の価値を高めることができるのだろうか」ということを調べる辞書としても利用できる。

 ITSSは今後の人材価値の考え方、給与基準に多大な影響を及ぼしていく可能性はかなり高い。共通指標が存在することは採用側にとっても大変便利である。今後ITSSの基準は入札条件、採用基準、人材育成指標などに広く使われていくものと考えられる(図1)。

図1 これまでは、企業ごとに異なった評価基準で自社のエンジニアを評価していた。ITSSはこの評価基準を統一し、企業を超えて通用する共通の指標になる可能性がある

 しかし現在はまだ、企業内の人事、教育担当者などが採用、または検討をし始めた段階のため、現場のSEにまで浸透しているとはいえない。それでも現場のSEがITSSの基準を意識して自己スキルの研鑽(けんさん)を図る時代がもうそこまで迫っている。スキルは短期で身に付くものではない。いち早くITSSの考え方を理解し、自分自身の付加価値アップ(=給与アップ)にうまく利用していただきたい。

ITSSの仕様書で自分のレベルを確認する

 ITSSの最新バージョンのver.1.1(正式名称は、「ITスキル標準−ITサービス・プロフェッショナル育成の基盤構築に向けて−(ver.1.1)」。なお、ITSS ver.1.1は、経済産業省のWebページからダウンロードできる。

(1)「スキル・フレームワーク」の確認

 まずはこの中の「概要」をダウンロード(Microsoft Word文書)して「スキル・フレームワーク」を見てみよう。

 ITSSではITサービスの職種を、

  • マーケティング
  • セールス
  • コンサルタント
  • ITアーキテクト
  • プロジェクトマネジメント
  • ITスペシャリスト
  • アプリケーションスペシャリスト
  • ソフトウェアデベロップメント
  • カスタマサービス
  • オペレーション
  • エデュケーション

の11分野に分類し、さらに38の専門分野を定義している。この専門分野ごとに最大7段階のレベル分けが行われており、レベルが高いほど高度IT人材と見なされる(図2)。

図2 この図では、コンサルタント、ITアーキテクト、ITスペシャリストしか表示していないが、実際には11分野に分類、それをさらに38の専門分野を定義している

(2)「職種」と「専門分野」の確認

 自分の職種が「アプリケーションスペシャリスト」に当たると考えた場合には、「アプリケーションスペシャリスト」の定義をダウンロード(Microsoft Word文書)してみると最初のページに「職種の説明」が記載されているため、自分がこの職種かどうかが確認できる(図3)。

図3 アプリケーションスペシャリストの専門分野とレベル

 また、「職種の説明」内に専門分野の定義も記載されているので、専門分野の分類も確認する(囲み参照)。

特定業務あるいは業務の課題解決に係わる適用業務の開発、設計、構築、導入、テスト及び保守の実施、または適用業務パッケージを活用した適用業務システム構築のために適用業務パッケージの適合性確認作業に基づくパッケージのカスタマイズ、機能追加、導入及び保守を実施する

IT投資の局面においては、開発(コンポネント設計(業務)、ソリューション構築(開発、実装))及び運用、保守(ソリューション運用(業務)、ソリューション保守(業務))を主な活動領域として以下を実施する

−開発
・アプリケーションコンポネントの分析、設計
・アプリケーションコンポネントの開発
−運用、保守
・アプリケーションコンポネントの運用
・アプリケーションコンポネントの保守

当該職種は、以下の専門分野に区分される

●業務システム
業務に関するユーザの要望を分析し、適用業務の設計、開発及び導入を行う
ITSS ver.1.1に定義された職種の説明。「アプリケーションスペシャリスト」の文書から引用。表記は原文のまま

 例えば「アプリケーションスペシャリスト」の場合には「業務システム」と「業務パッケージ」の2つの専門分野に分かれている。業務アプリケーションの設計・開発を行っている場合には専門分野は「業務システム」となる。

(3)「達成度指標」の確認

 職種、専門分野が分かったら続いて、現在自分がどのレベルにいるのかを調べるために次のページの「達成度指標」を検索する。「達成度指標」には「責任性」「複雑性」「プロジェクトのサイズ」「タスク特性」などといった項目ごとに指標が設けられているが、いずれの指標も能力やスキルではなく経験、実績、「〜の経験を有する」という文章で記載されている。従って自分の過去の経験に基づいてレベル判定を行うことになる。

 例えば、開発チームメンバーとして単一プラットフォーム上の単一システムの開発経験があればレベル1をクリアしていることが分かる。参考までに、次の囲みにアプリケーションスペシャリストの達成度指標のうち業務システムの達成度指標のレベル6に記載された内容を引用した。

●責任性:
−下記複雑性、サイズに相当するプロジェクトにおいて、適用業務開発チーム責任者として、業務開発全局面に責任を持ち、プロジェクトを成功裡に遂行した経験と実績を有する
●複雑性:
−以下の幾つかに相当する複雑度の高い適用業務開発プロジェクト成功の経験と実績を有する
□複雑な業務要件が多岐に亘り存在し、幾つかの特殊な業務要件が含まれる
□先進的で、全く新しいあるいは使用実績の少ないテクノロジを使用
□ミッションクリティカルなシステムであり高品質を要求
□24時間365日の連続稼動が要求され、変更、保守、障害回復に高度な設計が必要
□各業種代表的、業種横断的又は国内有数規模のシステム
●サイズ:
−以下の規模に相当する適用業務開発プロジェクトにおいて、3件以上のプロジェクトを遂行した経験と実績を有する
□ピーク時の要員数50人以上
●タスク特性:
−以下のタスク特性を踏まえた業務遂行及びプロフェッショナル活動の経験と実績を有する
□業務開発領域における全ての技術要素(ツール、標準、メソドロジ等)について高度な専門性を有し、技術リーダとして先導的、中心的な役割を持つ
□上記サイズのプロジェクトの設計、開発、導入、運用に至るプロジェクト全局面において、適用業務部分に関するコスト、スケジュール、リスクのアセスメントをリード
□ユーザの満足感、並びに開発チームメンバへの達成感の提供
□後進育成、学会等外部団体のコミュニティ活動、論文執筆、講演活動、ビジネス特許取得等のプロフェッショナルとしての顕著な貢献と実績

 現在のおおよそのレベルが把握できたら、その上のレベルの定義を参照する。これにより今後どのような経験、実績を積めばよいかという目標を得ることができる。レベル1の人がレベル2をクリアするには、さらに設計から開発、導入に至るまでの一連の流れをすべて経験することが必要となる。

アプリケーションスペシャリストの達成度指標のうち、業務システムにおける達成度指標のレベル6に記載された内容を引用。表記は原文のまま

(4)「スキル熟達度・知識項目」の確認

 「達成度指標」で提示された指標を実現するために必要とされるスキルが次ページ以降にある「スキル熟達度・知識項目」に記載されている。ただし、ここでいう「スキル」とは具体的な「要素スキル」ではない。

 
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