プロジェクトメンバーを育てる3つの手法を極めよう

石橋穂隆(スカイライト コンサルティング)
2005/10/22

プロジェクトは、さまざまな立場の複数のメンバーが集まって進めるものである。本稿では、プロジェクトリーダーなどになり、自分の下にメンバーがアサインされた場合に、どのように対処し、どのように育てればいいのか。そのヒントを紹介したい。

 複雑化、流動化するビジネス環境の中で、ITエンジニアは、教えられた業務知識や技術スキルを確実に身に付けるだけでなく、自ら課題を設定し主体的に行動する人材となることが求められている。そのような状況下で若手社員に対して指導的立場にあるリーダークラスの人材が果たすべき役割は、技術や知識を教えることにとどまらない。自ら考え行動する人材となれるよう部下・後輩を支援することである。

 では、どのようにして支援すればよいのか。実はそれこそが一番の悩みどころである。

 本稿では、システム開発プロジェクトにおけるOJT(On the Job Training)を例に、現場でありがちなシチュエーションでの対応方法を解説することで、人材育成にさまざまな手法があることを紹介する。各手法の詳細を説明するものではないが、これまでの自分の取り組みを振り返ると同時に、人材育成に対して興味を持っていただくきっかけになればと考えている。

人材育成に有用な3つの手法を知る

 効果的なOJTを実施する――その解の1つとしてコーチングという手法があるが、単にコーチングの手法を当てはめればよい、というものではない。それはすべての状況においてコーチングが有効とは限らないためである。そこで、コーチングだけでなくティーチング、メンタリングを加えた3つの手法を相手や状況に応じて使い分けながら、効果的なOJTを実施していくことが重要となる。

 以下に各手法の内容を整理する。それぞれの目指している効果が異なることを意識し、それを踏まえたうえで後述のケーススタディを読み進めていただきたい。

手法
内容
目指している効果
コーチング 個人の可能性や潜在能力を引き出すために、対象者自身に考えさせる 高い目標への挑戦と達成
ティーチング

技術や知識などの基礎を身に付けてもらうために、対象者を指導する

必要水準への到達
メンタリング 長期的な視点に立ち、キャリア形成のために必要な知識、スキル、情報、機会を継続的に提供する。メンタルな相談に乗ることも含まれる キャリア全般のサポート(意欲の維持、向上)
表1 人材育成の3つの手法の比較

コーチングで引き出し、ティーチングで伝える

 ケーススタディは、システム開発プロジェクトにおけるOJTの場面を取り上げる。まずはプロジェクトの状況を確認することにしよう。

・某金融機関の合併に伴う基幹システム統合プロジェクト。設計フェイズが終わり、これより開発フェイズに移行する。
・スケジュールがタイトなため、開発メンバーとしてA君、B君の2人が増員されることとなった。
・A君は新人研修を終えたばかりで現場に出るのは初めての経験。B君は3年目の若手社員で、今回が2つ目のプロジェクトである。

 では、ある日の進ちょく確認の場面を見てみよう。

出来杉先輩 「では今週の進ちょくを報告してもらえるかな。そういえば、今日は○○モジュールの完成予定日だったね。これはほかの開発作業にも影響するので気になっているのだが……」

 と、出来杉先輩の切り出しで始まった進ちょく確認において、○○モジュールの開発作業が遅れていることが判明することとなった。スケジュール上は本日完成予定だが、少なくともあと3日は必要な状況だった。その後、出来杉先輩はほかの開発チームとの調整に追われることになってしまったが、今回は何とか調整がつき事なきを得た。とはいえ、また同じことがあっても困る。一段落したところで、あらためて話を聞いてみることにした。

○A君の場合
出来杉先輩 「○○モジュールの件、何とか調整がついたよ。遅れが出ているのなら何でもっと早く報告してくれなかったのかな?」
A君 「え!? 進ちょく確認が今日だったので、そのときに報告したのですけど」
出来杉先輩 「○○モジュールがほかの開発作業にも必要なことは伝えていたよね」
A君 「はい。それは聞いていましたけど……」

 どうやらA君は作業が遅れていた認識はあるものの、きちんと報告はしたと思っている様子。このような場合、どうやって気付いてもらえばよいのだろうか。

出来杉先輩 「今回のプロジェクトでは複数の開発チームが動いていることは知っていると思うけど、君はほかの開発チームが開発したモジュールを利用したことがあるかい?」
A君 「よく使っています。コード変換のモジュールとか」
出来杉先輩 「自分が開発するときにそのモジュールが未完成だと困らないかな?」
A君 「確かに困ります」

 ここで少し考えてもらいたい。ここまではコーチングを用いてA君に考えてもらい気付きを引き出しているが、このままコーチングだけで進めてよいだろうか。何しろ相手は新人のA君である。未経験故に考えられる範囲も限定されてしまうし、場合によっては質問されることによってプレッシャーを感じてしまうかもしれない。今回の問題は初めての経験でもあるため、出来杉先輩はまずはティーチングにて詳しく説明することにしたようだ。

【注】 コーチングにおいても拡大型質問(意見、考え方を引き出す)だけでなく、限定型質問(Yes/Noで答えられるもの)を併用していくことで、さらに問題点を明確化することは可能である。しかし、今回は各手法の特性を明確にするために上記のような記述としている。

出来杉先輩 「今回A君に頼んでいたモジュールもほかの開発チームが使うものなのは知っていたみたいだね。A君も自分でいっていたように、利用する立場だったら完成予定日になって間に合わないことを伝えられたら困るし、A君の作業遅延がほかのチームの作業にも影響してしまうんだ。遅れが出てしまうのは仕方ない場合もあるけど、今回は連絡が遅くなったために対応も遅れ、影響が大きくなってしまったことが一番の問題なんだ」
A君 「分かりました。これからは遅れが発生しそうになったら早めに報告します」
出来杉先輩 「よろしく頼むね」

 A君の場合、そもそも「なぜ問題があるのか」を正確に認識できていなかった。このケースでは「問題点を正しく認識すること」が最低限必要であり、A君はまだそれができていなかったということになる。

 そこで出来杉先輩はまずコーチングを用いてA君に「なぜ問題があるのか」に気付いてもらい、その後に「問題点を正しく認識」してもらうためにティーチングで詳細な説明を行っている。A君のように初めてのプロジェクトである場合は、すべて自ら気付いてもらうのは難しいため、コーチングとティーチングを組み合わせた指導が有効だ。

立場を置き換え、意識の変革を促す

○B君の場合
出来杉先輩 「○○モジュールの件、何とか調整がついたよ。遅れが出ているのなら何でもっと早く報告してくれなかったのかな?」
B君 「申し訳ありません。自分の作業の遅れなので、何とか自分で取り戻したいと思っていました。ほかのメンバーに協力してもらおうかとも思ったのですが、皆さん忙しいですし迷惑を掛けたくなかったので……」

 B君の場合は責任感の強さ故に、作業遅延の認識がありながら報告が遅れてしまったようだ。

出来杉先輩 「う〜ん、気持ちは分かるよ。だけど、その結果どんな影響が出てしまったと思う?」
B君 「はい。自分のチームだけでなく、他チームの開発スケジュールにも影響を与えてしまいました」
出来杉先輩 「そうだね。作業自体が遅れてしまうのは仕方のない場合もあるけど、今回他チームにまで迷惑をかけてしまったのは反省しないといけないね。また同じ状況になったとき、周囲に与える影響を少なくするにはどうしたらいいと思う?」
B君 「なるべく早いタイミングで報告し、対応する時間が取れるようにすることだと思います。でも、本来は自分で解決すべきことだと思っているので、まずは自分で遅れを取り戻すことが重要だと思いますが……」

 周囲に与える影響を少なくするための対応については理解してもらえたようだが、B君は自分で解決しなければならないという意識が強いようだ。

 さてこの場合、出来杉先輩は「本当にその考え方が正しいのか再度考え直してもらいたい」と思ったのだが、読者の皆さんはどのように問い掛ければよいと考えるだろうか。A君のときと同じようにティーチングを用いるだろうか。出来杉先輩は、すでに開発プロジェクトの経験があるB君が相手であることをかんがみ、あくまでも本人に気付いてほしいと考えた。

出来杉先輩 「B君が自分の仕事に責任感を持って取り組んでくれているのはうれしいよ。私もいまのB君と同じ立場だったときはそのように考えたことがあったからね。では逆にB君が私の立場だったと仮定したらどうしてほしいだろう?」
B君 「それは、事前に報告してもらわないと困ります。でも、自分で考えようとせずにすぐ報告されるのは逆に困りませんか?」
出来杉先輩 「B君がいうように自分で考えないのはもちろん困るし、最大限自分の責任でやってもらうことはもちろん大歓迎だよ。ただし、これもB君がいっていたように報告は早めにもらいたい。そうすれば早めに手を打つことができるし、周りに与える影響を可能な限り少なくすることができるからね」
B君 「分かりました。これからは周りへの影響も考えて、早めに報告するよう気を付けます」

 B君の場合は作業の遅れを認識していながら、周囲に与える影響よりも自分の責任感を優先してしまい、結果として報告が遅れてしまっている。このようなケースではまず「報告が遅れたことによる影響」を考えてもらう必要があるだろう。

 出来杉先輩はコーチングを用いてB君に気付きを与え、影響を認識してもらっているが、その中でB君の中に「遅れは自分で取り戻すべきという意識」が強過ぎることを感じている。そこでB君の考えにある程度の同意を示しつつも、自分とB君の立場を置き換えて考えさせることにより、意識の変革を促している。

コーチングとメンタリングでキャリア形成を支援する

 その後、統合システムは無事稼働し、開発メンバーとして参画したB君はプロジェクトを離れることになった。B君の会社では、年1回の人事評価とは別にプロジェクト終了時点での評価も実施しており、B君もチームリーダーから評価結果のフィードバックを受けることになった。

 ここではタイプの異なる2人の先輩が登場する。それぞれのやり方を見てみよう。

○矢見雲先輩の場合
矢見雲先輩 「B君お疲れ。早速だが評価フィードバックを始めるぞ。プロジェクトに途中からの参加で大変だったと思うが、もっと存在感を出してほしかったな。もう3年目なんだし。ああ、○○モジュールの開発が遅れたこともあったな。あの後大変だったんだぞ……」

<要改善ポイントの指摘が延々と続く>

矢見雲先輩 「B君もそろそろ後輩をリードしてもらわないと困るんだから、しっかりしてくれよ」
B君 「はい……」
(指摘はそのとおりなんだけどなぁ……。それに存在感を出せっていわれても、結局どうしたらいいんだろう)

 矢見雲先輩は改善ポイントを次々に指摘していくが、内容が抽象的なものもありB君は今後何をやればいいのかということが分からずに終わってしまっている。また、矢見雲先輩からの一方的な伝達に終始しB君からの発言はほとんどない。

 「評価結果のフィードバックとはそういうもの」とお考えの方もいるかもしれない。それが間違っているわけではないが、対象者のキャリア形成をサポートするという観点から、より良いフィードバック方法は考えられないものだろうか。

○出来杉先輩の場合
出来杉先輩 「B君お疲れさま。忙しかったプロジェクトもようやく一段落したよ。これもB君をはじめとした開発メンバーが頑張ってくれたおかげだよ」
B君 「ありがとうございます」
出来杉先輩 「まず、今回のプロジェクトを経験した感想を聞かせてもらえるかな」
B君 「はい。前のプロジェクトに比べてスケジュールがタイトだったので最初は驚きましたが、自分の担当個所を最後までやり通すことができてホッとしています。それで少しは自信が付きました」

 出来杉先輩はいきなり本題に入らずプロジェクトの感想を聞くことで、B君に話をさせるようにしている。また、相手をねぎらうことでなるべく話やすい雰囲気を作ろうとしていることも重要なポイントである。

出来杉先輩 「それは良かった。私もB君の責任感の強さは評価しているよ。いつも遅くまで頑張ってくれていたのはよく知っているしね。でも、○○モジュールのときはそれが裏目に出て、ほかのチームにまで迷惑を掛けてしまったね。B君はあの件で何を学んだかな?」
B君 「報告が遅れることにより、周囲に与える影響が大きくなってしまうことを学びました。あのときは自分の考えに固執していたんだなぁといまでは思っています。なので、同じことを繰り返さないよう気を付けました」
出来杉先輩 「うん、そうだね。気付いてもらえてよかったよ。ただ、B君自身がいったように、その後同じことを繰り返さなかったのは良かったね。△△モジュールのときは早めに報告してくれたので、チーム内で対応できたし」

 ここで出来杉先輩はコーチングを用いて話を進めながら、要改善ポイントをプロジェクト内での行動を挙げて具体的に指摘している。また良かった点についても具体例を挙げて振り返っている。そうすることでB君に「自分に足りないこと」を考えてほしいと思っているようだ。

出来杉先輩 「それとB君にはこれから後輩をリードしてほしいと期待しているんだ」
B君 「はい。頑張りたいと思います。ただ、リードするといってもどのようにしたらいいのか……。何か良い勉強方法はないのでしょうか」
出来杉先輩 「研修があるので、それに参加してみたらどうだろう。私も参加したことがあるけど、基本を知るにはとても良い研修だったよ。B君が希望するなら担当に話をしておくけど、どうかな?」
B君 「ぜひ参加したいです。よろしくお願いします」
出来杉先輩 「分かった。では担当に連絡しておくよ。最後に1つだけアドバイスをしておくと、良い研修であってもやはり研修には違いない。内容をうのみにするだけではなく、B君がこれまでの実務で得た経験と合わせて考えるようにね」

 評価フィードバックは過去を振り返って評価するものだが、今後の成長と気付きの場になることがより重要である。出来杉先輩はコーチングでB君への気付きを与えるだけでなく、今後の期待を示し、メンタリングの視点からB君のキャリア形成を考えて研修参加という機会を提供している。そして、最後には自分の経験を踏まえたアドバイスを送っている。

 さて、読者の皆さんはどちらの先輩からフィードバックを受けたいと感じただろうか。

OJT担当はコミュニケーションスキルを伸ばすチャンス

 本稿では人材育成のケースとしてOJTを取り上げているが、実際に担当になることに対しては消極的な意見が聞かれることもある。OJTで後進を育てることにより自分の作業時間が削られるのは事実であるし、他人を育てるよりも自分の能力を伸ばすことの方が重要と考える方もいるだろう。

 しかし、自立し主体的に動ける社員は、会社、プロジェクトチームにとっての貴重な戦力となり、将来的には次代を担う優秀なリーダー候補になり得る。それによってもたらされる恩恵は決して小さいものではない。

 もちろん、OJT担当者にとっても得られるものは多い。部下を育てることを通じて自分自身を振り返り、自らの目標を再認識することにも役立つだけでなく、プロジェクトマネジメントスキル、コミュニケーションスキルを高めるため実践の場となるからである。少々古いが、2003年10月の@IT読者調査においても、技術以外に必要なスキルとしてコミュニケーションスキルが第1位となっている。学習することで身に付けられるテクニカルスキルと異なり、場数を踏むことが重要だという意見が寄せられている。OJTを担当することは、場数を踏むことで自分自身のコミュニケーションスキルを高めていくための絶好の機会だと思うがいかがだろうか。

目的を見失わずに手法を使いこなす

 話を元に戻そう。本稿ではケーススタディを通じてコーチング、ティーチング、メンタリングの手法があることとその利用場面を紹介した。各手法の考え方は人材育成を考えるうえで参考となるものであるが、そのテクニックを学び当てはめればよいというものではない。

 重要なのは相手のサインを読み取り、臨機応変な対応を取ることである。しかしそれこそが最も難しいものであり、筆者自身もこれまでの経験を通して「うまく伝わらない」と感じたことは多々ある。そうなったときにまず考えることは、「相手の立場に立って考えたらいまはどのような状況なのだろうか」と自問することである。それによって必ず有効な方法が見つかるわけではないが、対応方法を再考する際の一助となっている。

 人材育成においてコーチング、ティーチング、メンタリングの各手法を用いて臨機応変な対応を取ることが重要だと述べたが、それは目的でなくあくまでも手段である。最終的に目指すべきことは、部下の抱えている漠然とした悩みを明確な課題に落とし込み、その課題を解消するための具体的なアクションプランを考えさせることなのである。それこそが自ら考え行動する人材となれるよう部下・後輩を支援することであるといえるだろう。

 今回紹介した3つの手法は、どれ1つをとっても完全にマスターするのは非常に難しいものである。本記事にて興味を持っていただけた方は、各手法をさらに勉強してみてはいかがだろうか。今後のキャリアに役立つことは間違いないはずである。

まとめ
・指導的立場にある人材が果たすべき役割は、自ら考え行動する人材になれるよう部下・後輩を支援すること。
・コーチング、ティーチング、メンタリングの3つの手法があり、状況に応じて使い分けていくことが重要。
・コーチングは対象者の可能性を引き出すために、対象者自身に考えさせる。
・ティーチングは必要とされる水準に達してもらうために、対象者を指導する。
・メンタリングは意欲の維持・向上を目的として、長期的な視点からキャリア形成をサポートする。
・最終的な目標はテクニックを駆使することではなく、部下の抱えている漠然とした悩みを明確な課題に落とし込み、その課題を解消するための具体的なアクションプランを考えさせること。

参考記事
新人はスケジューリングをしない
新人は納期の重みが分かってない
リーダーシップは生まれつきの才能ではない
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筆者プロフィール
石橋穂隆(いしばしほだか)
スカイライトコンサルティング シニアアソシエート。 大手システムインテグレータ、外資系コンサルティング会社を経て、2004年6月より現職。小規模から大規模までさまざまなシステム開発プロジェクトでの開発・リーダー経験に加え、社内研修講師も担当。現在は、主に金融業・官公庁のIT戦略立案・ITマネジメントのコンサルティングに従事。

 

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