第10回 1つの出会いで世界が変わる
千葉大輔(@IT自分戦略研究所)
2006/12/19
いま、現場で求められているキャリアやスキルは、どんなものだろうか。本連載では、さまざまなITエンジニアに自身の体験談を聞いていく。その体験談の中から、読者のヒントになるようなキャリアやスキルが見つかることを願っている。 |
ITエンジニアとして感じる喜びには、さまざまなものがある。その中の1つに「尊敬できるITエンジニアとの出会い」を挙げる人もいるだろう。@IT自分戦略研究所とJOB@ITが2006年春に行った読者調査でも、「転職先選定時の重視点」として「優れたエンジニアとともに働ける」ことを挙げたITエンジニアは26%と比較的多かった。
図1 転職先選定時の重視点(ITエンジニアの転職意識レポート 2006年度版より[複数回答、N=964])
ライブドア メディア事業部 開発部 システム開発グループ マネージャー 谷口公一氏も優れたエンジニアと出会うことで影響を受けた1人だ。
■初めはデザインから
谷口氏が初めてPCに触れたのは中学生のとき。学校の授業で使ったのが始まりだった。しかし、そのときはそれほどPCに興味を持てなかったという。「最初に軽く触れて楽しもうというだけで、PCを使って何かを作ったりということはありませんでした」
その後、本格的にPCとかかわりだしたのは1999年ごろのことだ。「そのころ、職に就いていない時期があったのですが、『これからはITがくるんじゃないか』という結構安易な考えでPCを使い始めてみました」と谷口氏は話す。そのころはシステムというより、絵を描いたりデザインをしたりする方が楽しかったという。
最初にIT業界の門をたたいたのは、転職サイトを運営する企業に入社したとき。最初、谷口氏はWebサイトのデザインを担当していたが、その後希望して社内システム管理の仕事をすることになる。なぜ、職種の転換を考えるようになったのだろうか。「サイトのデザインをしていたときに、周りに優秀な人がいてあまり大きな仕事を任せてもらうことがなかったことと、デザインに関して自分の限界を感じていたことから、方向を転換しようと思いました」
その方向転換に当たり、CGIなど自由に公開されているものをダウンロードして勉強しているうちにIT技術に興味を持ち始めたという。本格的にプログラミングと向き合うのはPerlが初めて。「LinuxやUNIXの知識もあった方がいいと思って」、簡単な入門書や参考書を読むなど勉強を始めたという。
■制限のないところで仕事がしたかった
ライブドア メディア事業部 開発部 システム開発グループ マネージャー 谷口公一氏 |
デザイナーからシステム管理者に職を移してからは、上司の下で自社で提供しているサービスの機能追加やWebサイトやシステムのリニューアルに携わった。だが、谷口氏はその仕事にだんだんと物足りなさを感じてきた。「その会社では、自分の仕事の範囲に制限がありました。サーバの構築や運用、開発まで全般的に任せてもらえるようなところで仕事がしたいと思うようになりました」
ITエンジニアとしてできることが増えてきたからこそ、もっとやりがいのある仕事を求めるようになったのだ。転職情報を探すと、求人情報に関するシステムを一から開発したいという人材派遣会社が見つかった。谷口氏はその企業への転職を決めた。
転職した人材派遣会社では、初めのうちはデザインを含めてWebサイトの構築やシステムの開発を行っていたが、会社の事業の規模が大きくなるにつれて、業務系などインフラの面の整備も含めて社内全体のシステムを管理するようになった。
「それまでも自宅サーバを構築したりしていましたが、その会社に入ってようやく、実際にサービスとして提供されるものに触れることができました。会社の立ち上げの時期と重なったこともあり、一から全部やらせてもらいました。これはすごくいい経験になっていると思います」
■できるITエンジニアとの出会い
企業で業務を行うとともに、オープンソースコミュニティにもかかわるようになっていた。「1つの業種、しかも自社サイトしか開発していないので、できることが限られてきて、そこにまた限界を感じるようになりました」と谷口氏。技術的に未熟な部分を穴埋めするような形であるメーリングリスト(ML)に参加した。MLでメンバーとやりとりしていくうちにあることが分かったという。「MLの中でもやり手な人はオープンソースに貢献していることが分かり始めてきて、自分もそちら側にいきたいと思うようになりました」
MLの中で最も発言力を持っていたのはライブドア(当時エッジ)のITエンジニアだった。「彼は私が見ていた範囲ではかなり上位の技術者で、その人になるべく近づきたいという気持ちがありました」。Shibuya.pm(Shibuya Perl Mongers)に参加したのもそのころだ。「そこで初めてエッジの人たちと会って『自分は小さい世界に閉じこもっていたんだな』というふうに感じました」
しかし、そのまますぐにエッジに転職しようとは思わなかったという。「自分の身の丈に合わないのではと思っていました。まずはいま勤めている会社で仕事をしながら趣味でプログラムを書いて、自分があこがれているITエンジニアの人たちと同じレベルで似たようなことをやり始めたなと思ったとき、初めて転職しようと考えました」。その後谷口氏は2003年、自身が納得したタイミングでエッジに転職を果たした。
今回のインデックス |
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