第5回 コミュニティとつながるフリーペーパー「EM ZERO」
岑康貴
2008/10/23
オンラインとリアル。現代のエンジニア・コミュニティには、2つの活動領域が存在する。その境界線を越えて活動する人たちにフォーカスを当て、これからのコミュニティ像を探る。 |
オブジェクト倶楽部が2008年7月1日開催した「2008夏イベント」や、日本XPユーザグループ(XPJUG)が2008年9月6日に開催した「XP祭り2008」、そして日本Androidの会が2008年9月12日に開催した「日本Androidの会 発足式典」。こうしたコミュニティのイベントの場で、あるフリーペーパーが配布された。
その名は「EM ZERO」。ソフトウェア開発の在り方をゼロから考える、というコンセプトの元に発行された、エンジニア向けのフリーペーパーだ。Vol.1の目次を見ると、「Agile Conference 2008レポート」「ソフトウェア開発には、もっと愛が必要だ」「プロジェクトファシリテーションをはじめよう!」「コミュニティで広がる人の和」などのコンテンツが並んでいる。
コミュニティの現場で、あえて「フリーペーパー」という形式で展開するこのメディアが目指すものとは何か。コミュニティやエンジニアとメディアとの関係性はどうなっていくのか。編集長の野口隆史氏に話を聞いた。
■「コミュニティのにおいがするメディア」を作りたい
「その場で渡せる、という点が重要だったのです」
なぜフリーペーパーという形式を選択したのか、という質問に、野口氏はそう答えた。
EM ZERO 編集長 野口隆史氏 |
EM ZEROはマナスリンクという企業が発行するフリーペーパーである。そもそもマナスリンクは、EM ZEROを発行するために、野口氏とソフトウェアエンジニアの進藤寿雄氏、イラストレーターの山崎直子氏の3人が立ち上げたものだ。
野口氏は技術評論社に所属する編集者である。現在も、技術評論社の社員とマナスリンクの代表を兼務している。
かつて、技術評論社にて「エンジニアマインド」という媒体を担当していた野口氏。現在エンジニアマインドはWebマガジンとして発行されているが、紙の雑誌として2008年3月まで出版していた。現在のWebマガジンにはかかわっていない。
雑誌時代のエンジニアマインドは、「コミュニティのにおい」がしていた。だが、現在のWebマガジン版では「コミュニティのにおい」が少なくなってしまったという。野口氏は、エンジニア・コミュニティのにおいがするメディアを何よりも作りたかった、と語る。
そこで、雑誌存続を望む有志と共に、会社の枠を超えて始めることにした。Web媒体はいまや、いくらでもある。だが、IT系のフリーペーパーはほとんど存在しなかった。まだ誰も取り組んでいない領域だったのだ。
「東京では、多くのコミュニティのイベントや勉強会が日々行われています。エンジニアとじかに交流できる場が多いのです。それならば、『URLをメールで送るので、見てね』とワンクッション置くことになるWeb媒体より、その場で手渡しできるフリーペーパーの方が良いだろう、と考えました」
会社からは、「黙認という感じで、頑張りを試されている状況」だという。会社での職務とEM ZERO発行との両立については、「時間を切り分けること」「そこから得たものを会社にフィードバックすること」を心掛けているという。まるで、エンジニアが社外のコミュニティで活動するときの条件のようだ、と笑う。
同人誌のような形式でも良かったが、あえて会社化したのは「逃げ場をなくすため」だと野口氏は語る。やるからには、本気でやる。「ビジネスとして育てていく方が、ゆくゆくは関係者が皆ハッピーになれるだろう」ということのようだ。
■執筆者へのフィードバック
EM ZEROはいくつかの技術系イベントで配布されるほか、ジュンク堂書店池袋本店や、芝浦にある「参鶏湯のおいしい店 鳥一代」に設置している。まさに草の根での展開だ。
「Webで展開した方が、見られる量は増えるでしょう。しかし、量にはこだわっていません」
野口氏は、対象となる読者に届けばいい、と考えている。同時に、数千部の単位で維持できるようなビジネスモデルを探っているという。とはいえ、配布先が現状限られており、地方や海外の読者には手渡しが難しいため、WebサイトでもScribd(文章共有サイト)を利用して閲覧できるようにしている。
執筆陣は、各種コミュニティを中心とした、「有志の人の輪」が元になっているという。編集部の企画のほかに、豆蔵の萩本順三さん、日本Androidの会の江川崇さん、サン・マイクロシステムズの大渕雅子さん、XPJUGのあまのりょーさんなどが顔を並べる。@IT自分戦略研究所 エンジニアライフのコラムニストでもある西河誠さんも参加している。
彼らには原稿料が支払われていない。その代わり、「執筆者の方々には、何かしらのフィードバックをお返ししていきたい」という。現状では、「商業誌に負けないデザインや体裁で刊行する」「新しい試みを積極的に紹介できる」「コンパクトで機動力のある形態を生かして、多くの人に配布できる」というメリットが提供できているのでは、と野口氏は考えている。
野口氏を中心とした作り手も、執筆陣も、「直接的にはお金にならない」仕事だ。エンジニアにとってのコミュニティに近いのではないか、と野口さんはEM ZEROを分析する。
「会社というのは、お金にならないと『やってみよう』ができないものです。逆に、コミュニティはお金にならなくても、やる気のある人が集まれば進みます。EM ZEROも同じです」
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