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コラム:自分戦略を考えるヒント(49)
キャリアの石垣を積もう

堀内浩二
2008/1/28

「自然石構築法」という文章術

 こんにちは、堀内浩二です。先日『ワインバーグの文章読本』(ジェラルド・M・ワインバーグ、翔泳社 2007年)という本を読みました。ワインバーグは『コンサルタントの秘密――技術アドバイスの人間学』(共立出版、1990年)などの著作で知られる、IT業界にファンの多い文筆家です。この本では、ネタを拾いながら作品を同時並行的に作っていくことを、自然界にある石を拾って城壁や家を造るプロセスになぞらえて「自然石構築法」と呼んでいます。

 この「自然石を積んで作品を作る」という例えは、文章術だけでなくキャリアの比喩(ひゆ)としても優れていると感じました。そこで今回は、石積み職人としてのキャリア術を考えてみたいと思います。

キャリアにも使える「石を積む」という考え方

 職業人生の歩みの比喩としてよく使われるのは、「はしご」です。corporate ladder(会社のはしご)を上るといえば、社内で昇進を重ねることです。career ladder(キャリアのはしご)といういい方もあります。ただ、最近はこの言葉を見掛けなくなったように思います。経済成長期を終えて変革期にある現在の日本では、「これさえやっていれば何とかなる」「この会社にしがみついてさえいれば何とかなる」というモデルがほとんどありません。何十年という職業人生を預けられそうな揺るがないはしごはないと、覚悟しておくべきでしょう。

 社会学者のリチャード・フロリダ(Richard Florida)は、『The Rise of the Creative Class』(Basic Books, 2002)という本で、はしご上りに例えられるような垂直移動ではなく、水平移動を志す人が増えていることを指摘しています。社会的な地位を高めることを第一の目的とせず、労働環境や生活環境にこだわる(そのためには転職や移住も辞さない)人が増えているという意味です。アメリカ社会の話ではありますが、同じトレンドは日本にも感じられます。

 ただ、はしごを上らないキャリアであっても、仕事を続けていくためには何かを「積み重ね」「積み上げ」ていくことが必要です。むしろ、はしごが用意されていない社会にあっては、個人が意識して「積み上げ」ていかなければなりません。以前からはしごの代わりになる比喩を探していたので、「自然石を積んで作品を作っていく」という例えにはピンとくるものがありました。自然石で作る作品は石垣や家や塔ですが、キャリアにおける作品は「仕事で責任を果たすこと」になるでしょうか。

 「積み上げていく」というと、「レンガ」という比喩がよく使われます。しかし自然石の方がしっくりきますね。レンガは形が決まっているので「レンガがないから作品が作れない」(=資格がないから転職できない)といった、外部依存的な発想を許してしまいます。そこへいくと、自然石で作る作品は、自然にある石を拾ってきて作ります。どの石がどの作品に使えるかは分からなくても、手にした石すべてが材料になり得ます。石は誰にでも拾えますが、そこから作品を組み上げられるかどうかは本人次第です。

重要なのは経験の多い少ないではなく、「石」として使えるかどうか

 自分が「仕事」という作品を世に送り続ける石積み職人だとすれば、「石」とは、仕事をするために必要な資源のすべてです。専門知識は、もちろん石ですね。人脈も、石です。しかしとりわけ石になり得るのは、経験でしょう。あらゆる経験は、将来の仕事のどこかに使える石です。一見使えなさそうであっても、裏返しに置いたり、一部を削り出してみると、ある仕事にはぴったりはまるかもしれません。そこで今回は経験に絞って考えてみます。

 経験イコール石、ではありません。豊かな経験をお持ちなのに、自分に自信を持てない人がいます。よくよくお聞きしていくとすごい経験をされているのに、そんなことには価値がない、プロなら当たり前、見る人は見てくれているはず、などと謙そんされる方がいます。

 謙遜は美徳ですが、自分を生かせる石を持っていながら生かさないのは、自分にとっても社会にとっても損失でしょう。経験を積むことも重要ですが、それ以上に経験を積極的に「石」として扱うように意識するべきだと考えます。

 本当の石積み職人であれば、ある作品に使ってしまった石は使い回しができません。しかしわれわれの場合、1つの経験から何回でも石を採掘できますし、削り出し方次第でいろいろな石を取り出せます。例えば、Rubyを使った開発プロジェクトに参加したとします。それは、培った職業スキルからいえば「Ruby」という石(ただの石でなく宝石ですね!)を集めたことになります。プロジェクトのスコープが広がりすぎて苦しんだという観点から見れば、「スコープマネジメント」という石を集めたことになります。

経験+学び=石

 具体的にはどうやって「石」にすればいいのでしょうか。やり方は1つではないでしょうが、わたしは「エピソード」「小話」という形で石をまとめておくのがよいと思います(し、実際そうするように努めています)。こういう経験をして、こういうことを感じ、こういうことを学んだという「経験−感情−学び」のセットを、ちょっとした文章にしておくということです。

 経験は1つでも、テーマを変えればそれだけ多くのエピソードを引き出せます。そのようにして、1つの経験を多面的に咀嚼(そしゃく)して自分の考えをまとめていく作業の蓄積が、職業人として自分なりの見識を育てていくことにつながると、考えています。

 その小話を書きつけていく場所、いわば「石切り場」は、日記でいいかもしれませんし、他人の目に触れるブログもいいと思います。

石も積まなければ作品にならない

 われわれが石を集めるのは、それを積むためです。石を集めてばかりいても世の中の役に立たない(従って自分も報われない)でしょう。自分では石だと思っていても、実はもろすぎて使えないものがあるかもしれません。また、ここは石の比喩が通用しないところですが、キャリアの石には鮮度があるものがあります。知識や人脈の多くは、使わないでおくと劣化してしまいます。

 ワインバーグは、石を集める一方で、数十の文章を並行して書いているそうです。文筆業のワインバーグをそのまままねすることはできませんが、われわれも石を積む場所は複数持っておきたいですね。そのための方法論として、本コラムの22回「仕事のポートフォリオを作ろう」はご参考にしていただけると思います。


 本記事を読み、本コラムのバックナンバー「仕事のポートフォリオを作ろう」以外に、参考になるバックナンバーを、2本ここで紹介しておく。

ブログで育てる自分戦略
出合いの連鎖が新たなキャリアの道をつくる

筆者紹介
株式会社アーキット 堀内浩ニ●アーキット代表取締役。早稲田大学大学院理工学研究科(高分子化学専攻)修了。アクセンチュア(当時アンダーセンコンサルティング)にて、多様な業界の基幹業務改革プロジェクトに参画。1998年より米国カリフォルニア州パロアルトにてITベンチャーの技術評価プロジェクトに携わった後、グローバル企業のサプライチェーン改革プロジェクトにEビジネス担当アーキテクトとして参画。2000年に帰国、ソフトバンクと米国VerticalNet社との合弁事業において技術および事業開発を担当。転職や起業など自分自身のチャレンジを題材にして、「速く」「後悔しない」意志決定を学ぶプログラム「起-動線」を運営。

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