
第32回 リーナス・トーバルズを招いた男
脇英世
2009/7/3
| 本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、IT業界を切り開いた117人の先駆者たちの姿を紹介します。普段は触れる機会の少ないIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部) |
| 本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。 |
デビッド・ディツェル(David Ditzel)――
トランスメタ創業者・最高技術責任者
いまをときめく夢のOS、Linuxの創造神リーナス・トーバルズは、1996年にフィンランドのヘルシンキ大学で修士論文を仕上げ、1997年3月から米国のトランスメタ社で働くためにカリフォルニア州サンタクララに移った。
トランスメタ社はカリフォルニア州サンタクララのフリーダムサークル3940番地にある。リーナス・トーバルズの住むアパートがある場所は、正確には公開されていないが、トランスメタ社から3マイルのローレンス・エクスプレスウェイ近辺にあることまでは分かっている。フライズという有名なショップの近くである。フライズがリーナス・トーバルズの話によく出てくるのはそのためだろう。
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リーナスの自宅には、トランスメタ社により貸与されたDECの「アルファ600」というワークステーションがあることが知られているが、サンタクララのトランスメタ社で一体何をしているのだろう、と不思議に思ったものだ。けれども、トランスメタ社という会社はどのような事業を展開しているのか、調べても、調べても、まったく分からなかった。まるっきり謎に包まれたこの会社は、一体何をしようとしているのだろうか、と気になっていた。トランスメタ社は、果たして秘密を守っているのだろうか、それとも取るに足らない会社だから、何も伝えられてこないのか。それすら分からず、困惑していた。秘密にしていることが確かなら、それ自体が1つの情報になる。確実に、そこには隠さねばならない重大な何かがあるのだ。存在定理が証明されているので、後は調べればよいだけなのだ。ただ、秘密かどうかも分からないとなると閉口してしまう。調査が徒労に終わる危険性があるからだ。
そして、2000年1月19日、トランスメタ社から、その疑問に対する答えとして以下の声明が発表された。
「トランスメタ社は本日、クルーソーの導入によって4年半の秘密性に終止符を打ちました」
なんだ、やっぱり秘密だったのか。やれやれ、と思ったものである。
トランスメタ社を設立したのはデビッド・ディツェルという男である。1957年生まれなので、現在、43歳だろうか。
デビッド・ディツェルは高校時代から学業優秀で、コンピュータ・サイエンスに興味を持っていたようだ。高校卒業後に入学したアイオワ州立大学を、飛び級の3年で卒業してしまう優秀ぶりで、驚いたことに、アイオワ州立大学ではダブルメジャーで電気工学科とコンピュータ科学科の2学科を同時に専攻、修了してしまった。続いて、カリフォルニア州立大学バークレー校の大学院に入学し、ここでもダブルメジャーで電気工学科とコンピュータ科学科の両方を専攻していたようだ。
デビッド・ディツェルは大学院時代にRISC(縮小命令セットコンピュータ)についての論文を書いたといわれている。1980年、23歳のことである。調べてみたのだが、おそらく「高級言語コンピュータ・アーキテクチャに関する回顧」という論文ではないだろうか。
大学院修了後、デビッド・ディツェルはシンボル・コンピュータ社に入社し、ここで4年間働いた。同社では、OSやコンパイラ、テキストエディタをハードウェアに組み込む研究に携わる。
1984年、シンボル・コンピュータからAT&Tベル研究所に移ったデビッド・ディツェルは、ここでAT&T初のRISCプロセッサCRISPの主任アーキテクトに抜てきされている。AT&Tには3年ほど勤め、この間にCRISPアーキテクチャについての論文を、3本ほど書いている。
その後、1987年にサン・マイクロシステムズに入社した。同社でSPARCプロセッサやSPARCプロセッサ拡張の研究チームを組織したデビッド・ディツェルは、やがて低消費電力コンピューティングの研究チームを率いることになる。最終的にデビッド・ディツェルは、サン・マイクロシステムズのSPARC研究所のディレクターになり、マイクロエレクトロニクス部門のCTO(最高技術責任者)を任された。
デビッド・ディツェルがSPARCの歴史にその名を残しているのは、SPARCバージョン9の開発においてである。開発組織は非常に大きなものであったらしく、デビッド・ディツェルはその組織委員会で議長を務めた。そして、1991年、ソ連のスーパーコンピュータ設計チームのほとんどに当たる、200人もの技術者を雇った。
「大きなチャンスのあるビジネスというのは、しばしば危険と結び付いているものだ」とデビッド・ディツェルは語っている。
為替管理の問題や、ロシア人技術者の誰もが、銀行振込ではなく現金払いを好むこと、米国の輸出規制に残る冷戦時代の影響など、多くの問題があったと推測されるが、別段これといった失敗はなかったようだ。
ところが、1995年、デビッド・ディツェルは大きな失望感を抱くことになる。サン・マイクロシステムズの必死の努力にもかかわらず、SPARCはインテル系のx86プロセッサを追い落とすことができなかったのである。ユーザーも開発者も新しいアーキテクチャにはなかなかなじめなかったのだろう。サン・マイクロシステムズは、SPARCとx86を融合したプロセッサを作ろうともしたのだが、結局これも失敗した。
そこで、デビッド・ディツェルはサン・マイクロシステムズを出て、自分の考えでマイクロプロセッサを作ってみようと考えた。おそらく、それまでの経験から、ハードウェアは極めて斬新なアーキテクチャでありながら、インテルx86のソフトウェアが動き、さらに低消費電力化までをも狙ったのだろう。
そうして、デビッド・ディツェルは、7人の男たちとともに新しい会社を興した。それが、トランスメタ社だ。この会社の目標は、クルーソーというまったく新しいマイクロプロセッサを作ることであった。クルーソーという名前は、ダニエル・デフォーの有名な小説『ロビンソン・クルーソー』から取ったものである。その名は、「冒険と生き残り」あるいは「冒険と自己充足と移動性」を意味するともいわれている。
| 本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。 |
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