自分戦略研究所 | 自分戦略研究室 | キャリア実現研究室 | スキル創造研究室 | コミュニティ活動支援室 | エンジニアライフ | ITトレメ | 転職サーチ | 派遣Plus |

ITエンジニアを続けるうえでのヒント〜あるプロジェクトマネージャの“私点”

第3回 失敗を恐れず行動しよう

野村隆(eLeader主催)
2005/5/19


将来に不安を感じないITエンジニアはいない。新しいハードウェアやソフトウェア、開発方法論、さらには管理職になるときなど――。さまざまな場面でエンジニアは悩む。それらに対して誰にも当てはまる絶対的な解はないかもしれない。本連載では、あるプロジェクトマネージャ個人の視点=“私点”からそれらの悩みの背後にあるものに迫り、ITエンジニアを続けるうえでのヒントや参考になればと願っている。

学校で教わったこと

 皆さん、学校といわれる場所で何を教わりましたか。

 小学校の国語・算数・理科・社会に始まり、英語そのほかいろいろなことを学んだと思います。時には、中間試験や期末試験などの定期的な試験を受けて、試験の出来に一喜一憂したのではないでしょうか。また、中学卒業、高校卒業という区切りで、高校入試や大学入試に備えて勉強をして、その結果に一喜一憂したのではないでしょうか。

 社会人になると、中間試験・期末試験という定期的な試験も、高校入試・大学入試のような数年置きの節目に実施される試験もなくなります。会社によっては、新しい職制(課長や部長)になるための試験を実施するところもあるようですが、かつての高校入試・大学入試のような緊張感のある一発勝負の試験を課す会社は少数派でしょう。

 さて、ここで皆さんに質問です。学校で教わったことは社会人になって役に立ちましたか。

 回答は皆さんまちまちでしょうが、「あまり役に立っていない」という回答が多いのではないでしょうか。

 よくある回答例としては、国語と数学はある程度役に立つかもしれないが、社会で習った歴史の年号を答えられないから人生で不幸になったということはないし、理科で習った元素記号を知らないからといって困ったこともない。よって、学校ではたいしたことを教わっていない、というところでしょうか。

 なるほど、学校で教わったことは実社会ではあまり役に立たない、という意見は理解できます。ただ、私がここで一番強調したいのはそういうことではありません。学校での評価は「減点主義」であるが、実社会での評価はそうでない、よって「減点主義」の学校教育は、実社会では役に立たないどころか、かえって悪い影響を及ぼすことがある、ということです。

学校は「減点主義」

 「減点主義」を定義しましょう。ここでいう「減点主義」とは、100点満点を頂点(最高!)と見なして、100点からどれだけ離れているか(減点されるか)で評価する方式のことを指します。

 簡単にいうと、100点が最高、90点は10点分100点から離れ(減点され)ているので10点分だけ残念、60点は40点も100点から離れ(減点され)ているので極めて残念、という考え方です。つまり、90点よりは100点が優れていて、60点よりは90点が優れている、という判断方式です。

 この考え方、「減点主義」は、小学校(場合によっては幼稚園)から大学まで一貫して採用されている方式なので、皆さんにはなじみが深く、理解も許容もしやすい方式でしょう。

 学問を修めるという意味では、「減点主義」は正しい考え方でしょう。モノサシがあって、その基準を満たしていればOK、そうでなければNGというのは、とても分かりやすく客観的です。1つの考え方としてはあってしかるべきです。

「減点主義」の弊害

 ここで「減点主義」の悪い面や副作用を考えましょう。

 「減点主義」の悪い面は、過度に「減点主義」に忠実になると、100点満点が最高でそれ以下はダメ、という意識が強くなりすぎることです。100点を取ればOK、それ以外はNGという意識ができてしまい、以下のような弊害が出てきます。

  • 100点を取ってしまえばすべての問題が解決した、と勘違いし、慢心する

 実際には、ある特定の領域のテストで100点を取ったからといって、それ以上でもそれ以下でもないのです。ほかの領域のテストでは何点取れるか分からないわけですから、ほかの領域で問題を抱えているかもしれません。それなのに、ある領域で1回100点を取ると、意味もなく慢心してしまい、あたかもほかの問題がないかのような錯覚に陥るのです。

 また、次のような弊害もあります。

  • 100点を取れなかったときに過度に失望する

 仮に100点満点で60点を取ったとして、皆さんはどう感じますか。100点取れなかった自分の能力に失望しますか。

 私はちょっと違います。確かに、40点分の能力が自分に欠けているという事実は残念です。しかし見方を変えれば、自分が間違えた個所が40点分あるということは、自分の欠点がクリアになったということにほかならないのです。

 100点満点で60点を取ったときに、「ああ、60点しか取れなかった」と嘆き悲しむか、「やった、40点分の欠点を見つけることができた!」と喜ぶかでは大きな違いがあります。「ああ、60点しか取れなかった」と嘆き悲しむ人は、単に失望するだけで何も得るものはありません。一方、「やった、40点分の欠点を見つけることができた!」と喜ぶ人は、40点分の欠点を直すよう努力します。

 どちらが賢いかは自明と思います。しかし、過度に「減点主義」に忠実な人は、100点満点が最高で、それ以下はダメ、と考えてしまうので、「ああ、60点しか取れなかった」と嘆き悲しみ、失望するだけで何も前進がないのです。

 このような私の考え方では、何らかのテストにおいて100点満点を取るのはむしろ悲しいことですね。なぜかというと、自分の欠点を見つけることができなかったということですから、テストを受けた時間は無駄だったように思えるのです。こう考えると、100点は悲しいことですし、100点以外はうれしいことです。

 繰り返しですが、確かに「減点主義」は、学問を究めるという意味では正しい考え方であり得ます。ただ、学校教育を通じて「減点主義」の精神を過度にたたき込まれ、それ以外の考え方を受け入れる心のゆとりがなくなると、弊害の方が強くなってしまいます。

現実社会は「減点主義」ではない

 さて、そろそろ教育の話題は終わりにして、このコラムの本来の話題に戻りましょう。現実社会、ビジネスの世界に頭を切り替えましょう。

 現実社会においては、100点を取ることが美徳かというと、そうではないのです。大学教授とか常に論文を書く研究者などの例外を除くと、100点を取ることで評価されるという局面は少なくなります。

 新入社員や若手では、社内で何らかのテストを受けさせられてその点数で評価・給与・昇進が決まることもあります。しかし、年次を重ね、職制が上がるに従って、点数での単純評価ができなくなります。採点をしてくれる人もいなければ、採点方法も思い浮かばないでしょう。

 就職・転職にしてもそうです。新卒採用では、一部に「知恵比べ」というか、学力テストのような部分が残ります。それはそうでしょう、社会人経験がない人の社会人としての能力を探るわけですから、ある程度の計算式をもって、数値化したものを基準に採点しないと判断がつきません。しかし、社会人としての経験を積むにつれ、転職において、テストで何点という要素はそれほど重要ではなくなります。

 例えば、英語ではTOEICという客観的な基準がありますが、私は個人的にあまり重要視しません。なぜかというと、TOEICで730点という一定の基準を超えていても、その人が、恥ずかしくて外国人と話ができない、そもそも日本語だろうが英語だろうが論理的に会話ができず、調整・交渉能力がない、ということであれば、私の基準では、英語を「使えない」と同じことだからです。しかし、たとえTOEICの点数が低くても、前向きに粘り強く外国人と(下手かもしれないが)英語で会話する人がいたら、私の基準では、英語が「使える」ことになります。

 こう考えると、現実社会は少なくとも「減点主義」ではないということが理解いただけたかと思います。

 では、現実社会の評価基準は何でしょうか。

 私の理解は、失敗を恐れず実行すること、失敗から学びひたすら前向きに行動を取ること、です。

失敗を恐れない:何もしなければ失敗はしないが、何も進まない

 前回(第2回 なぜ「決めただけではダメ」なのか?)、以下のような質問をしました。「最後に、どうしても行動力を、勇気を持って発揮できないあなたへ。あなたへの質問は、『あなたは失敗を恐れていませんか』です。」

 ようやくここで、前回の内容と、今回の内容とが合流しました。

 日本のIT業界のエンジニアの多くは、ごく少数の例外を除いて日本の学校教育を受けているでしょう。つまり日本の学校の「減点主義」教育です。「減点主義」の影響をあまり受けていない人はラッキーですね。でも、大抵の人は「減点主義」の影響を受けてしまっています。そうなると、100点を取ること、つまり完璧を求め、失敗(減点)しないようにするという行動を取ってしまいます。結果として、「行動力」を発揮して失敗を恐れず前に進むということができなくなります。

 ここでいいたいのは、次のようなことです。

 行動力を発揮して、失敗を恐れず自分の仕事を力強く推進することがどうしてもできない人は、学校教育で過度に「減点主義」をたたき込まれて、失敗することを恐れているのです。

 自分の中にある失敗することへの恐怖に打ち勝って、勇気を持って「行動力」を発揮する人が、大規模プロジェクトを前向きに進めることができ、精神的に強いプロジェクトマネージャとなり、最終的には、ITビジネスを成功に導く人になります。連載第1回(WhyとHow、どちらで悩みますか?)でいうところの「Whyの縦軸」でポジティブになる、ということです。

行動あるのみ

 別のいい方をすれば、何も行動を起こさなければ失敗はないが、それでは何も起こらないのです。失敗を恐れず、行動あるのみ、です。

 日本の優れた企業経営者も、こういう考え方に言及しています。

 例えば、サントリーの社風であるところの「やってみなはれ」。とにかく前向きに仕事を進め、失敗をしてもしょうがないじゃないか、失敗から学んで成功するまでやり抜こう、ということと理解しています。

 もう1つの例としては、本田宗一郎氏のいう「チャレンジして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ」。これは解説するまでもないでしょう。

 今日、いま、自分がよく「考え」て、正しいと信じた道を突き進む「行動力」を発揮する勇気を持ってください。そうすることで、連載第1回でお話しした「Whyの縦軸」における前向きな考え方が向上し、ITビジネス成功のために必要な、精神的なスキルアップが実現されます。

筆者プロフィール

野村隆●大手総合コンサルティング会社のシニアマネージャ。無料メールマガジン「ITのスキルアップにリーダーシップ!」主催。早稲田大学卒業。金融・通信業界の基幹業務改革・大規模システム導入プロジェクトに多数参画。ITバブルのころには、少数精鋭からなるITベンチャー立ち上げに参加。大規模(重厚長大)から小規模(軽薄短小)まで、さまざまなプロジェクト管理を経験。SIプロジェクトのリーダーシップについてのサイト、ITエンジニア向け英語教材サイトも運営。

自分戦略研究所、フォーラム化のお知らせ

@IT自分戦略研究所は2014年2月、@ITのフォーラムになりました。

現在ご覧いただいている記事は、既掲載記事をアーカイブ化したものです。新着記事は、 新しくなったトップページよりご覧ください。

これからも、@IT自分戦略研究所をよろしくお願いいたします。