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パソコン創世記


狼煙上がる

富田倫生
2009/9/15

「ケチケチ体制のスタート」へ

本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 1979(昭和54)年5月9日、4回目を迎えるマイクロコンピュータショウを1週間後に控えて、日本電気は新型パーソナルコンピュータに関する報道発表を行った。資料のタイトルは、「性能・経済性にすぐれたパーソナルコンピュータ」の発売について。

 資料は新型パーソナルコンピュータの特徴を会話型のマイクロソフト系ベーシックが採用されているため、コンピュータの経験がない人でも容易にプログラムが組めること、簡単なプログラミングで8色のカラー表示を駆使でき、高解像度の図形表示が可能なこととまとめている。発売開始は8月を予定。

 販売価格も未定だが、16KバイトのRAMを内蔵した本体価格で17万円程度を予定。月間2000台の販売を見込んでおり、1週間後のマイクロコンピュータショウ'79に出展するという。

 結局のところ、PC-8001の価格は16万8000円に落ちつくことになるが、ここに至るまでには半導体屋のセンスを武器にした渡辺の徹底したねばりがあった。

 当初、定価に関しては、部品の価格や商品の競争力から見て、22〜23万円が妥当とする意見が大勢を占めていた。だが渡辺はねばった。

 個人への売り込みを狙うなら、定価は家電製品並み、どうしても20万円は切りたい。できれば、10万円台でも真ん中に近づけたい。部品にかかるコストを考慮すれば、常識的にはそうした数字はとても出てこない。しかし半導体屋の目から見れば、ありえないはずの数字が十分可能に映ったのである。半導体の世界には、「同じ能力を持つ集積回路の値段は、6年ごとに1ケタ安くなる」という常識がある。さらに、集積回路に対する需要が高まれば、価格の下落にはいっそうの拍車がかかる。

 石油ショック後の一時的落ち込みを脱し、半導体生産が急激に伸びているこの時期、渡辺には、半導体屋には、部品の値段がどんどん下がっていくだろうことは、火を見るより明らかだったのである。

 定価を20万円台とする常識的な案と、10万円台とする渡辺の案は平行線をたどっていたが、最終的には日電のミスター半導体、大内淳義の裁定によって渡辺案に決した。

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 TK-80の販売実績から広報サイドがひねり出した月産2000台という数字にも、反発が強かった。コンピュータといえば数値計算を行うもの、要するに電子計算機であるというセンスがまだまだ強く残っていた時期である。ゲームや音楽、さらには事務処理にさまざまな使いこなしがありうるといわれても、実感としてピンときた人が、日電に果たして何人いただろうか。

 報道発表を受けて、翌日の日本経済新聞に載った記事の見出しも「個人用電算機に参入 日電 プログラムも簡単に」。

 「電子計算機を月に2000台売るなど、見通しがあまりにも甘すぎるのではないか」といった意見が、社内のあちこちから聞こえてくる。

 PC-8001発表の数カ月前にマイコン販売部に移り、TK-80の驚異的な売れ方を実感していない永尾守正は、当時「全部で3000台も売れればいいところではないか」と正直なところ考えていたという。

 1979(昭和54)年5月16日以降4日間のスケジュールでマイクロコンピュータショウ'79開催。

 PC-8001人気は、初日から爆発した。

 平和島の東京流通センターで開かれたショウは、マイコンショウとは名ばかりで、パソコンショウの様相を呈することになった。ショウの主役の座は、前回までの電子デバイスから、パーソナルコンピュータに移ってしまったのである。

 日本電気の展示コーナーに、電子デバイスを並べたスペースの一角を借りて、1週間前に報道発表されたばかりのPC-8001が5台展示された。

 マイコン販売部のスタッフはショウに備え、当時としては驚異的だった8色のカラー表示能力をアピールしたデモンストレーションプログラムを用意していた。テレビ画面上に表示された色あざやかな3次元図形、マンガの人気キャラクター「まことちゃん」の以顔絵も、巧みな色の使用によって観客に大いにアピールした。

 総動員されたマイコン販売部のスタッフは、PC-8001に群がる黒山の人だかりの整理に追われ、つぎつぎに浴びせかけられる質問に答え続けていった。

 永尾守正はいく種類かの質問のうち、「パーソナルコンピュータというのは、これまでのTK-80と結局どこが違うのか」という問いが一番多かったのではないかと記憶している。

 「TK-80はあくまで訓練用キットでこちらはコンピュータ。PC-8001にはさまざまな使いこなしができるよう、いろいろな周辺機器とのインターフェイス回路が組み込まれており、ブラウン管に接続できるのはもちろん、カセットデッキやプリンターとも直接につなげ、オプションのアダプターを使えばフロッピーディスク装置とも接続できます」

 そう答えると、目を輝かせてさらに細かな質問を浴びせてくる人もいれば、さっぱりイメージがつかめないと首をひねる人もいる。

 後藤富雄や加藤明、そして土岐泰之たちもベーシックの性能やスピードなど細かな質問に追われ、電子デバイスはそっちのけでショウの期間中、PC-8001の説明のみに忙殺されることになった。

 マイコンショウの約1カ月後、6月28日から大阪国際見本市会館で開催されたショウでも、PC-8001は大変な人気を集めることになる。

 マイコン雑誌でもつぎつぎとPC-8001の特集が組まれ、高い評価が与えられる。

 発売開始以前から、PC-8001には予約が殺到しはじめる。当初の予定から1カ月遅れ9月に発売されてからも、数カ月間製品が手に入らなかったことを、私も覚えている。

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