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パソコン創世記


マイコン基礎講座

富田倫生
2009/10/21

「悪魔の左手」へ

本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 首都圏の若者たちは、休日、盛り場で友人にばったり会う、といった経験をするものなのだろうか。

 新宿があり池袋があり、渋谷がある。放っておくと体の躍り出しそうな若者なら、原宿の歩行者天国にでも出かけるのだろう。ちょっと気どって飲むとなれば、青山、六本木あたりか。本でも探すとなれば、神田の大型書店や古書街を訪ねることになる。

 そしてそのそれぞれが、かなりの規模の町であり、そこで待ち合わせてもいない同士がばったり出会うことなど、まずはあるまい。

 しかし、地方の都市では、ことは別である。盛り場はたいていは1か所だけで、そこに東京でならそれぞれの町に分散しているにおいがすべて集められている。そして休みになると、皆がそこを目がけて出かけてくる。

 広島一の繁華街は、東西に延びる1本の通りである。

 市電の革屋町駅で降り、本通りと名付けられたこの通りを東に向かって歩くと、パチンコ店や高級食料品店が目に入り、その並びにブティックや書店があり、パン屋のアンデルセン本店のはす向かいには、何と小さな古書店がある。

 雰囲気の異なった店が雑然と集まり、それぞれが独自のにおいを発しながら、アナーキーな活気を生み出している。

 本通りを東に歩いて突き当たると、人波は左に折れて、金座街と呼ばれる短い通りに流れる。ここにも、他の店の華やいだ雰囲気とは似つかわしくない小さな古書店が2軒ほどあった。

 本通りから金座街へと折れる通りを1、2度往復していると、学生たちはかなりの確率で同級生や友人と出会うことになる。

 タケシは、この盛り場にある3軒の古書店を覗くのが好きだった。値段はそれほど安くはなっていなくとも、人の手を通った本をもう1度開く感覚が好ましかった。値引きの原因になる汚れや書き込みも、気にならなかった。むしろ書き込みの文字には、興味が湧き、前に読んだ人の肌のぬくもりが文字越しに伝わってくるような気がした。

 新刊の書店が本を消費する場であるとすれば、古書店は本を活用する場に思えた。そのような雰囲気が好ましかったのである。

 1979(昭和54)年2月――。

 タケシはいつものように、古書店をひやかして歩いていた。

 3軒の中でもアカデミーという店は、自然科学系の本が充実していることで、タケシのお気に入りだった。

 何気なく棚を眺めているうちに、1冊の本が目にとまった。

 カバーははがれてしまっており、グリーンの表紙に『マイコン基礎講座』とある。

 手に取って開いてみた。A5判横組みの本で、著者は小黒正樹。

 1、2頁めくってみた。

 「何をするのか」という文字が、目に飛び込んできた。

 「『何をするのか?』をはっきりさせる。また、マイコンを勉強していく上で、何よりも大切なのは、『目標』を持つことです。マイコンを知らない人から、『マイコンで何ができるのか?』とよく聞かれるのですが、こう聞かれると、『何でもできる』と答えるしかありません。しかしこの問いは愚問というべきで、『何ができるのか?』ではなく『何をするのか?』が正しいのです。逆にいうと、私たちがマイコンに取り組む上で、『何をするのか』という『目標』を常に持っていることが大切なのです」

 「買おうかな」と思った。

 2カ月ほど前、1978(昭和53)年12月に初版が発行され、定価は1500円だったこの本をそのときいくらで買ったのか、タケシは今、覚えていない。

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