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パソコン創世記
作表機の覇者IBM、電子計算機を押さえる

新世代機 システム360

富田倫生
2010/2/17

「IBMの誕生」へ

本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 システム360は、従来のトランジスターに代えてICを使うことで高速化、小型化、低消費電力化、信頼性の向上など、ハードウエアの革新を果たすと発表された。さらに従来は、科学技術計算用、事務処理用と用途別に複数のシリーズを置いていたものを1本化し、シリーズの全機種で同一のOSを動かし、同じプログラムを使えるようにするとした点でも、システム360は従来のものとは世代を画していた。周辺機器に関しても、シリーズの機種では同じものを利用できると発表された。360という名称には、すべての用途とすべての規模の要求に、360度の全方位の対応力を持った互換性のあるシリーズで応えうるとの意味が込められていた。

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 現実に製品の出荷を開始するまでに、IBMは結局、発表から1年半以上を要することになり、約束のいくつかは達成されなかった。だが、時代を画する新世代機が間もなく最大手のメーカーから出荷されるとの情報は、他社の追撃を抑えるうえで大きな威力を発揮した。出荷開始となったシステム360は、IBMの市場独占を再び強化する大ヒット商品となった。

 大組織、大企業のデータ処理の要求に、自動機械によって独占的に応えるという基本的な姿勢を、IBMは1900年代の初頭にはすでに確立していた。コンピュータの誕生はこうした同社のあり方を流動化させる可能性を持っていたが、IBMは市場の独占を通じて培ってきた体力に物を言わせて、作表機をコンピュータに置き換える作業を見事に成し遂げた。

 システム360の大成功は、作表機からコンピュータへの変化の波を、同社が完全に乗り切った象徴となった。

 その後、大半のコンピュータメーカーは、IBM機の存在を前提とした互換機路線で生き残りを図ることになった。

 唯一、IBMに脅威を与えたのは、大組織、大企業のデータ処理要求という枠組みの外で新たな需要を掘り起こしえた者のみだった★。

 ★IBMに関する著作は大変に豊富であり、いわゆるウォッチャーなどという興味深い人種も(かつては?)存在していたわけであるから、筆者には参考文献に関して何事か申し上げるような資格はない。ただあえて一言申し述べれば、司法省の主任エコノミストとして対IBMの独占禁止法訴訟に携わったR・T・デラマーターの『ビッグブルー IBMはいかに市場を制したか』(青木榮一訳、日本経済新聞社、1987年)は、裁判によって公開された同社の内部文書を精査して、徹底的に批判的な角度から市場独占の達成される経緯を跡付けており、きわめて興味深い。

 マサチューセッツ工科大学(MIT)のリンカーン研究所に籍を置いていたケン・オールセンは、のちに彼自身振り返って、「今日のパーソナルコンピュータに相当する★」と評価したマシンの開発に、1955年から取り組んでいた。

 ★『DIGITAL AT WORK』(ジャミー・パーカー・ピアソン編、Digital Press 、1992年)所収のケン・オールセンへのインタビュー。スミソニアン協会によって1988年に行われたこのインタビューにおいて、オールセンは「今日のマウスに相当する電子ペン」が組み込まれたマシン(TX-0、筆者注、以下同)を使えば、「ブラウン管に絵を描くことも、画面上でプログラムを読むことも、ゲームをすることも、今(パーソナルコンピュータで)できることは何でもできた」と答えている。

 テスト実験機(Test-eXperimental computer)を略してTX-0と名づけられたこのマシンが動き始める1957年、オールセンは開発過程で生み出した技術をビジネスに生かそうと、ボストン近郊のメイナードにディジタルイクイップメント社(DEC)を設立した。メンバーは、研究所時代の同僚であるハーラン・アンダーソンとオールセンの弟の3人。7万ドルの資本は、ベンチャー投資会社の先駆けとなったアメリカン・リサーチ&ディベロップメント社から引き出した。

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