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パソコン創世記
第2部 第4章 PC-9801に誰が魂を吹き込むか
1982 悪夢の迷宮、互換ベーシックの開発

「N88-BASICをそのまま載せているのではないか」

富田倫生
2010/4/30

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本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

「PC-9801に
 著作権侵害はないのか?」

 ソフトハウスへの量産型プロトタイプの提供は、9月1日から開始された。

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 だが増設ボード化とEPROMという二重の保険をかけて古山が取り組んだ賽の河原の石積みのゴールは、この時点でもまだ先が見えなかった。

 10月19日から開催されるデータショウの前に発表し、ここで一般ユーザーにお披露目したあと、10月下旬からは出荷を開始する。

 このスケジュールに合わせてサードパーティーに可能な限り早く、たくさんのアプリケーションを用意してもらうという役割を負っている早水にとって、9月1日は、けっして早くはなかった。短期間の開発作業と機密保持、そしてサードパーティーによる開発促進という三すくみの要求のバランスをとって落ちついたのが、この日からの提供だった。

 サードパーティーには箝口令(かんこうれい)を敷くとしても、この時点から新16ビット機に関する情報が漏れはじめることは覚悟せざるをえなかった。古山から「最低限ファイルのフォーマットと中間コードは互換性をとるために同じにしなければならない。その点は、アスキーとマイクロソフト側に了解を取っておいてほしい」と求められていた浜田は、間接的に西和彦が互換ベーシックの開発を知る事態は避けようと考えた。

 浜田から「見てもらいたいマシンがある。今後このマシンをどう売っていくかに関しても相談に乗ってほしい」との連絡を受けた西和彦は、1982(昭和57)年の8月の終わり、古川享をはじめとするアスキーの主だったスタッフとともに、田町の日本電気本社に出向いた。

 アスキーのスタッフは、このミーティングを新機種に関する一般向け発表前の説明会と受け取っていた。

 だが「従来の8ビット機のものと互換性のあるベーシックを積んだ、低価格、高性能の16ビット機」との説明を受け、「今後『ASCII』で積極的な紹介をお願いするとともに、販売促進に関してさまざまな角度から提案と協力をお願いしたい。このマシンへのアプリケーション開発にも、是非とも力をふるっていただきたい」と締めくくって浜田が席に着いたとき、アスキー側の出席者は緊張に背筋を粟立たせ、湧き上がってくる苦い唾液に舌を焼かれはじめていた。

 彼らは、自分たちの最強の商品であるベーシックと同じ機能を持ったものが、他人の手によって開発されるといった事態をまったく予想していなかった。

 「ちょっと触らせてもらいますよ」

 西が了解を求め、古川がベーシックの短いプログラムを叩き込みはじめた。彼らはN88-BASICの現行バージョンのどこにどんなバグが潜んでいるのかを、誰よりも知りつくしていた。古川はバグを狙ってつぎつぎにコードを送り込んだ。16ビット機が搭載しているという互換ベーシックの素性を知るには、この手がもっとも手っ取り早く確実だろうと古川は一瞬のうちにそう判断した。

 筺体だけを入れ替えたPC-8801でも叩いているかのように、マシンはN88-BASICと同じところに同じバグを抱え込んでおり、同じ反応を返してきた。マニュアルには記載されていない機能を確認してみても、マシンはPC-8801そのままに振る舞った。

 古川と西は、視線で「おかしい」と確認しあった。

 その時点で彼らの脳裏をよぎったのは、「このマシンはN88-BASICをそのまま載せており、Z80の機械語の命令を8086のものに書き換えるコンバーターを使って動かしているのではないか」との疑問だった。

 西はその場で、互換ベーシックの開発の経緯に関して浜田に説明を求めた。

 浜田によれば、「今回のベーシックは情報処理事業グループで一からあらたに書き起こしたもので、開発にあたっては電子デバイス事業グループの渡辺たちからはいっさい情報は得ていない」という。「確かに互換性を取るために仕様は合わせているが、内部の構造はN88-BASICとは異なっており、100パーセント日本電気オリジナルの製品である」と浜田は主張した。

 「そうですか。それじゃあそこのところを、確かめさせてもらいますよ」

 西は新16ビット機の貸与を申し入れ、浜田はこの要求を受け入れた。

 サードパーティーへの貸し出しに向けて、開発チームは約50台のプロトタイプを用意していた。そのうちの何台かは、いずれにしろアスキーに渡る予定だった。

 マシンを引き上げた西は、すぐさま互換ベーシックの処理プログラムとN88-BASICのそれとに類似点がないか確かめるよう指示した。マイクロソフトの分析によって、コンバーターを利用してそのままN88-BASICを走らせているのではないかとの疑いは、すぐに晴れた。だが解析にあたったエンジニアからは、「中間コードの形式が一致している」との報告があった。さらにその先の、1つ1つの命令を機能させる手順の組み合わせに関しては、類似点は発見されなかった。彼らは確かに、マイクロソフトのものとはまったく別個のアルゴリズムを使っていた。

 だが中間コードが一致している以上、互換ベーシックの開発にあたって日本電気側がリバースエンジニアリングを用いたことだけは間違いのない事実だった。そもそも彼らの互換ベーシックが従来のものとファイルの互換性を備えていること自体、彼らがこの手法を用いたことの証だった。

 ではどうするのか。

 エンジニアの分析結果を前にして、西は考えていた。

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