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パソコン創世記
第2部 第5章 人ひとりのコンピュータは大型の亜流にあらず
1980 もう1人の電子少年の復活

2人の電子少年

富田倫生
2010/5/13

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本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 西和彦がまぎれもない同志であることは承知していても、松本吉彦は西のように生きたいと思ったことはない。

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 同じ方角の彼方にゴールを据え、同じ時期、同じ早いピッチで泳ぎはじめた西の立てる水しぶきを、松本は常に感じながら泳ぎ続けてきた。だが遠いあの日、泳ぎはじめて間もない時期にその存在に気付いた自らと西の進路を隔てるコースロープは、どこまで行っても途切れることはなかった。

 遠い目標はおそらく、共有し続けてきたのだろう。

 だがコースロープ1本が隔てる西のコースは、松本にとって遠かった。

 もしもアップルコンピュータの創業に立ち会っていれば、西和彦はスティーブ・ジョブズの役割をになうことができたろう。1950年代の前半、のちにシリコンバレーと呼ばれるカリフォルニア州のサンタクララバレーあたりに生まれ、この地域で特異的に大気中の濃度を高めていったエレクトロニクスの気を吸って育っていれば、西は間違いなくパーソナルコンピュータに関連した会社を起こしていただろう。内に向かっては組織を率いるリーダーシップを発揮し、外に向かっては「パーソナルコンピュータとは何なのか」との問いに答える理念を押し立てて、新しいテクノロジのイデオローグとして振る舞ったはずだ。もしも偶然が、西を記念碑的な手作りのアップルI と出合わせていれば、個人のためのコンピュータを囃すジョブズの出番はなかったかもしれない。

 西和彦というパートナーを得て、なおいっそう大きくはばたいたマイクロソフトのビル・ゲイツは、言語の開発に閃きを発揮した天才的なプログラマだった。だがもう一面でゲイツもまた、デジタルの調べを奏でて人々をディスプレイの世界へと導く、新世代のハメルンの笛吹きとなることをいとわなかった。

 だがアップルのもう1人の創業者であるスティーブ・ウォズニアックは、言葉の魔法で人々の心をつかむことには何の関心も持たなかった。自分たちの会社がどれだけの売り上げを残し、どれほどの利益を上げるかに、彼は継続して関心を抱くことができなかった。

 ウォズニアックのメッセージはすべて、彼自身の頭脳が紡ぎ出した技術の中に込められていた。

 経歴をたどりなおせば、驚くほどウォズニアックの歩みと重なり合う松本吉彦にとっても、心から楽しむことができたのは技術をふるい、新しいアイディアを盛り込んでなにかを作り上げることだけだった。

 マイクロコンピュータの登場は絶好の遊び場を用意し、パーソナルコンピュータの目のくらむような台頭は彼らの作品に大きな金銭的見返りを与えてくれた。だが、スティーブ・ウォズニアックと松本吉彦がともに心の底から愛したのは、エレクトロニクスの魔法を演じてみせることだけだった。

 ウォズニアックの創造力は、ジョブズのビジョンという外衣を得て、パーソナルコンピュータのイメージを確立させたアップルII に結実した。

 一方、京都セラミツクの稲盛和夫との出会いをきっかけに、明日のパーソナルコンピュータと信じるアルトの子供の可能性を検討しはじめたその段階から、西和彦は常に彼にとってのウォズニアックとなる人物を念頭に置いていた。

 開発の主体は日本電気の電子デバイス事業グループ。生産は京都セラミツクがにない、マイクロソフトが基本ソフトを提供するという布陣を念頭に置いた西は、もう1人ハードウエア設計の核となるエレクトロニクスの申し子を、プロジェクトを支える重要なこまとして想定していた。

 物を作る喜びは、西にとってのウォズニアックたる松本吉彦を、いったんは彼のもとから立ち去らせていた。だが未来を開くマシンをこの手で作り上げようと持ちかければ、創造の快楽の奴隷である松本がこの試みに全力で没頭するだろうことは、西にとって疑いの余地がなかった。

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