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パソコン創世記
第2部 第5章 人ひとりのコンピュータは大型の亜流にあらず
1980 もう1人の電子少年の復活

SF小説、ラッセル、テレビカメラ

富田倫生
2010/6/8

前回「もう1人の電子少年、伊勢崎に生まれる」へ

本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 小説の仕立てでは、月面上の通信手段として地中通信が利用されていた。

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 地球大気の上層には、太陽からの紫外線を受けて分子や電子がイオン化した電離層がある。この電離層は、電波を反射する性質を持っている。そのために、無線通信の電波は宇宙に逃げっぱなしになることがない。電離層が電波を閉じ込め、反射してくれるからこそ、地球の裏側との交信も可能になる。

 ところが大気のない月には、電離層もない。月面では、裏に回った側との無線通信は、衛星でも打ち上げておかない限り不可能である。そこでSF小説では、地中通信を月面での長距離通信技術と仕立てていた。

 この技術に挑戦しようと考えた松本は、科学クラブのメンバーを動員して実験に取り組んだ。まず真鍮(しんちゅう)の棒を2本、100メートルほど離して地面に突き刺し、片側に数ワットの出力の送信機を、もう一方に受信機をつないでみた。周波数を合わせ、マイクから声を送るよう指示を出すと、仲間の声がはっきりと聞き取れた。真鍮の棒のあいだを徐々に離して実験を繰り返すと、簡単な送信機で1キロメートルくらいまでならどうにか通信できることが分かった。

 実験の結果をデータとしてまとめ、月面では地中通信が有効であること、地上でもこの方式なら電波法に触れず、免許なしで通信できることなどの解説を付けて応募した。すると群馬県単位で催された学生科学賞の優秀賞に選ばれた。

 無線通信機やオーディオ機器作りに明け暮れて受験勉強には熱を入れなかったが、群馬県一の受験校とされる前橋高校を受けると合格となった。1月、東京大学安田講堂で機動隊と学生が攻防戦を演じた1969(昭和44)年、松本が門をくぐった前橋高校の空気は、これまで中学校で吸ってきたものとは明らかに異なっていた。

 翌年の日米安全保障条約の延長やアメリカによるベトナムへの軍事介入、成田空港の建設強行とさまざまな政治的問題にどう答えるかを求めるビラが、中学を卒業したばかりの松本にも手渡された。進学校のエスカレータに運ばれていけば、当然門をくぐることになる大学の意味を問おうとする呼びかけも、松本の耳には新鮮だった。

 中学では1人で浮いてしまうことの多かった松本だが、県下から早熟で頭のめぐりのいい生徒を集めた前橋高校では、酒や煙草を回しあいながら夜更けまで話し込んでいられる友達ができた。松本自身は政治集会やデモに直接参加することはなかったが、友人たちとの話題にはベトナムや成田や、何よりだめな日本のあり方が紛れ込んできた。えんえんたる無駄話が深夜に及ぶと、高校生であること、大学に進むこと、果ては生きることの意味への問いかけといった空恐ろしいテーマすら浮上した。

 この時期、早熟な少年たちのあいだでは、仲間たちを、そして自分自身を圧倒するねたを仕込むために哲学書を読むという、古典的な青年期の通過儀礼がなお生きていた。友人たちに後れをとるまいと取り組んだドイツ観念論者の著作にはさっぱりぴんと来なかったが、松本は自分自身のアイドルを哲学者の中に発見することができた。

 イギリス人の数学者で、哲学に関する著作を残し、核兵器廃絶やベトナム戦争反対をかかげる平和運動家でもあったバートランド・ラッセルの明快で実践的な主張は、まっすぐに心に染みてきた。言葉の流れる道筋を理解できただけではなかった。松本はラッセルの啓示によって、自分をエレクトロニクスに強く引き付けて離さない力の本質に目を向けはじめていた。


 ラッセルの『幸福論』にあった「偉大な建設的な事業の成功から得られる満足は、人生が与える最大の満足の1つである」という一節は、松本の心を強く引き付けた。

 ラッセルの言う建設性という言葉を、松本は創造性と置き換えてみた。

 ラッセルは、モニュメントとして残るような創造的な仕事に挑み、これを成し遂げることこそ人生最大の幸福の1つであるという。松本は、小学校3年生で並三ラジオを完成させたときの突き上げるような喜びを思い起こし、この主張に完全に同意した。ラッセルはさらに、「建設の仕事は、完成したあかつきにはつくづく眺めて楽しいし、その上、もうどこにも手を加える余地がない、と言えるくらい完璧に完成されることは決してない」として、創造的な仕事が与える喜びの泉がつきることはないとだめを押していた。

 前橋高校への入学直後から『CQ ham radio』で連載が始まった新しい分野の記事に、松本は再び挑戦への意欲を刺激されていた。無線通信の電波にテレビ映像を乗せるアマチュアTV局作りを目指した西村昭義は、1969(昭和44)年4月号から3回にわたって、テレビカメラを手作りするための解説記事を連載した。

 テレビカメラへの挑戦は、松本にとってもさすがに難題と思われた。

 テレビカメラを作るとなれば、まず光の画像を電気の映像信号に変える撮像管と呼ばれる高価な部品が必要になる。ところが西村によれば、秋葉原にはビジコン管という比較的安い撮像管がジャンクとして出回るようになっており、これならアマチュアでも手に入れることができるという。カメラには高性能のレンズをと思いがちだが、西村はこれも天体望遠鏡のキットのもので充分使い物になると書いていた。

 最大の問題点は、画像を映像信号に変換するにあたって大きな役割を演じる偏向コイルの製作だった。どこの家にもあるテレビ受像器のブラウン管の中では、じょうごの筒にあたる部分から打ち出された電子が、偏向コイルによって曲げられ、蛍光面上の狙ったところを光らせて像を作っている。撮像管では逆に偏向コイルによって曲げられた電子ビームが順に各点の光の有無を判定して、結果を電気信号に変えていく。この偏向コイルは大変に高価であり、自作するとなると手巻きして調子を見ては、もう一度巻きなおす作業を繰り返さざるをえないという。

 ただし筆者の西村は、一方で困難を指摘しながらも読者を励ますことを忘れてはいなかった。

 「アマチュアたる物、テレビカメラは取っつきにくいと言った先入観にとらわれてはいけない。まず試みてみる。自分で考え、自分でやってみる。失敗しても何度でもアタックする。そうした根性こそが、アマチュアの神髄ではないだろうか」(『CQ ham radio』1969年4月号「ジャンクのビジコンを使った『アマチュア局用』テレビカメラの製作」)

 だが松本にとっては、厄介な作業も覚悟しなければならないという警告こそが、最大の誘惑の言葉だった。作り上げることが困難であればあるほど、達成したときの喜びが大きいことを、少年はすでに意識していた。

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