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パソコン創世記
第2部 第5章 人ひとりのコンピュータは大型の亜流にあらず
1980 もう1人の電子少年の復活

トム・ピットマン

富田倫生
2010/6/22

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本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

ソフトウエアの空白を
誰が埋めるのか

 カリフォルニア大学のバークレー校でコンピュータを学び、国防省の研究所で核爆発の影響に関するシミュレーションプログラムの開発に携わったトム・ピットマンは、誕生したばかりのマイクロコンピュータにもっとも素早く反応した1人だった。

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 国防予算削減のあおりで職を失ったピットマンは、4004の発表を聞いてインテルを訪ね、このCPUのためにアセンブラーを書かせてもらえないかと持ちかけた。4004の用途を切り開いていくうえでは、プログラミングの開発環境の整備は不可欠だった。インテルはピットマンにアセンブラーを書かせ、続いてプログラムのバグ取り作業を効率化するデバッガーの開発を任せた。

 4004の顧客は、この部品を組み込んだ機器を動かすために、プログラムを用意する必要があった。顧客からプログラマの手配に関して相談を受けたインテルは、ピットマンに仕事をまわしてくれた。ピットマンは、マイクロコンピュータのコンサルタントとしてやっていけるのではないかと考えるようになった。人見知りがちの敬虔(けいけん)なクリスチャンで、組織内の世渡りは考えただけでも憂うつになるピットマンにとって、フリーの技術者は理想的な生き方だった。

 『PCC』の呼びかけたタイニーベーシックの手作り運動には、ピットマンは共感と戸惑いの入りまじった気持ちを抱いた。

 マイクロコンピュータをより幅広く活用するうえでは、言語の開発が大変に有効であることは間違いなかった。対話型のインタープリターであるベーシックの基本的な機能だけを取り出して、ごく小さなメモリーで動くものを書くという狙いも的を射ていると思った。だが1人ひとりのユーザーに手作りを呼びかけても、そのうちの何人がどれほどのものを書けるかという点は疑問だった。

 ピットマンはすでに、マイクロコンピュータ用のプログラム開発を職業としていた。これまで一貫してプログラマとして働いてきた中で、本当に役に立つすぐれたプログラムを書くには、高度な技能と集中した作業の積み重ねが必要であることを、ピットマンは繰り返し確認してきていた。

 カリフォルニア大学バークレー校がフリー・スピーチ・ムーブメントで揺れている時期、数値解析実験に嬉々として取り組んでいたピットマンは、政治的な人間ではなかった。だが誠実を愛し、野心から遠かったピットマンにとって、共棲を基調としたホームブルー・コンピュータ・クラブの空気は肌に合っていた。サンノゼの自宅からメンローパークで開かれた初めての集会に出かけていって以来、ピットマンは欠かさずクラブの集まりに顔を出した。きわめてめずらしい存在のマイクロコンピュータのプロであり、ソフトウェアはもちろんハードウェアにも詳しかったピットマンは、物静かだが頼りがいのある大人のハッカーとして、クラブでもすぐに一目置かれるようになった。

 ともにコンピュータを愛する仲間たちとの刺激的な情報交換を、ピットマンも大いに楽しんだ。

 一方でマイクロコンピュータのコンサルタントとして生活を支えながら、もう一方でクラブのアマチュアリズムに肌を寄せていたピットマンにとって、ビル・ゲイツの「ホビイストへの公開状」は胃袋に重かった。

 MITSから法外な値段で売り出されているベーシックの書き手であるゲイツの抗議に対し、クラブの仲間たちの大半はむかっ腹を立てていた。彼らには『DDJ』が推し進めている「ソフトウェアの共有」という理念があった。だがピットマンは、ゲイツの告発には核心を突いている点があると考えた。本当にすぐれたソフトウェアを生み出すためには、高い能力を持った人間が、集中した作業をえんえんと積み重ねていかざるをえなかった。その代償を誰かが支払わない限り、マイクロコンピュータ上にはすぐれたソフトウェアが生まれてこないだろうとピットマンには思えてならなかった。

 ただしピットマンには、MITSが数百ドルのべらぼうな値札をつけてベーシックを売りつけようとしているという事実を批判的にとらえようとはせず、自らの権利ばかりを言い募り、ホビイストを泥棒呼ばわりするゲイツにも、そのまま心を寄せる気にはならなかった。

 ピットマンは、生まれたばかりのマイクロコンピュータ上にはソフトウェアの空白が残されていることを強く意識していた。MITSは、この空白につけ込んであこぎな商売を仕掛けているように思えたが、この空白を埋めていくうえでは、『DDJ』の称揚する手作りと共有の試みも有効に機能し続けるとは思わなかった。すぐれたソフトウェアを書いた者に作業の見返りをもたらし、新しい作品への創作意欲を書き手に抱かせる――。役に立つプログラムで空白を埋めていくこうしたプラスの循環を生み出せないかと、ピットマンは考えるようになった。

 だがもしもホビイストたちの本性が、ゲイツの指摘するとおり泥棒であるのなら、プラスの循環など生まれようもなかった。ピットマンはまず、この点を確かめたいと考えた。ごく安い値段をつけて売り出したとして、それでもホビイストはソフトウェアをコピーして代価を支払おうとしないものか、実証してみようと腹を決めた。

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