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パソコン創世記
第2部 第6章 魂の兄弟、日電版アルト開発計画に集う
1983 PC-100の早すぎた誕生と死

ジャストシステムの長男、jX-WORD太郎

富田倫生
2010/8/25

前回「JXの大惨敗と、捨て身のDOS/Vという選択」へ

本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 東京の夜を彩る街の灯の数だけ使われる日本語ワードプロセッサを、PC-100越しに夢見たジャストシステムは、このPC-9801によって願いを成就させた。

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 PC-100用にJS-WORDの開発を依頼したアスキーの古川享は、ジャストシステムのこの製品を単独の商品としてもヒットさせたいと考えた。東芝がパソピア16の上位機種として発表したパソピア1600用としてアスキーブランドから発売されたのに続き、JS-WORDはPC-9801にも移植された。1984(昭和59)年秋、開発中のJX用アプリケーションの準備に関して打診を受けた古川は、JS-WORDをこの新しいマシンにも移植したいと考え、ジャストシステムを日本IBM側に引き合わせた。

 だがジャストシステムは、8088という1世代遅れのマイクロコンピュータを使ったJXにGUIを組み込んだJS-WORDを移植することに魅力を感じなかった。むしろ浮川は、当初社内でプロトタイプの開発を進めていた〈光〉の延長線上にくる、テキストベースのワードプロセッサを開発したいと考えた。

 文字をグラフィックスとして処理するJS-WORDを開発した経験は、さまざまな表現の可能性やGUIへの関心をジャストシステムに植え付けた。そのもう一方で、文字を表示したりスクロールさせたりといったワードプロセッサの基本的な機能に、この方式ではあまりにも大きな負荷がかかることを浮川たちは痛感させられていた。

 さらにアスキーの陰に回っていることに、浮川はしだいにいらだちを募らせるようになっていた。製品に関する批判や疑問を投げかけられても、ジャストシステムには正面切って答えることができなかった。ユーザーからの使用感に関する報告や不満の声を直接聞けないでいることも、製品改良の方向を見極めるうえでは問題だった。ジャストシステムのワードプロセッサとの意味を込めてJS-WORDと名付けたものをアスキーが商標登録してしまったことや、ロイヤリティーの支払条件に関しても不満があった。

 自社ブランドへの切り替えと、テキストベースの新しい製品の開発という2つの目標を据えていた浮川は、JS-WORDの移植を打診された日本IBMのJXを、突破口を開くための機会として利用しようと考えた。

 JS-WORDに組み込んだ仮名漢字変換モジュールのKTISでは、文節ごとに変換を行う単文節変換方式をとっていた。だが、JX用に開発する新しいテキストベースの製品では、文章単位でカタカナも含めて一気に変換してしまう連文節変換まで機能を拡張し、これをATOK3と改名することとした。ユーザーインターフェイスに関してはマイクロソフトのマルチプランにならい、画面下にメニューを並べる方式を採用した。

 MS-DOSをベースにして書くことは、当然の流れとして引き継いだ。

 JXと同時に、1984(昭和59)年11月に発表されたジャストシステムの日本語ワードプロセッサは、jX-WORDと名付けられた。

 JS-WORDの移植を断ったはずのジャストシステムが独自の製品を発表することを承知していなかったアスキーは、彼らの独り立ちに向けた試みを快く思わなかった。

 浮川自身は一挙に自社ブランドに切り替えるよりは、アスキーブランドで製品を流し続ける一方で独自のマーケティングを徐々に進めていきたいと考えていた。だがアスキーから100パーセント流し続けるか、完全に切れるかの二者択一を迫られて、独立の道を選んだ。

 既存の製品の移植版がほとんどだったJX用のソフトウェアの中で、完全な新作だったにもかかわらずいち早く12月には出荷にこぎ着けたjX-WORDは話題を呼んだ。

 池袋のサンシャイン60で開かれたJXの発表会で、早水潔は、自らjX-WORDの商品説明に声を張り上げている浮川和宣の姿を目にした。新聞や雑誌、各種の展示会などでPC-9801に載っていないアプリケーションを見つけた際は、すぐに開発元に飛んで、早水は移植を働きかけてきた。

 「たとえ相手が他社の系列に染まっていても、ひるむことなく飛んでいって口説き落とせ」

 浜田のこの指示を忠実に守った早水は、開発に必要な技術情報を積極的に開示し、発売後は日本電気の展示会でブースを提供する、宣伝にも積極的に協力すると働きかけて、攻略にかかっていた。

 その早水の目の前に、ビジネスソフトの大本命であるワードプロセッサの新製品が現われた。しかもPC-9801に対応していないこの製品は、喉から手が出るほど欲しいMS-DOS対応のアプリケーションだった。

 早水は説明の切れ目をうかがって浮川に声をかけた。

 「PC-9801用なら、1枚のディスクにMS-DOSをバンドルしてもらうことができるんですよ」

 早水がそう切り出したとき、切れ長の浮川の目が重く光った。

 当初からjX-WORDをPC-9801に移植することを念頭に置いていたジャストシステムは、翌1985(昭和60)年2月、jX-WORD太郎の名称でPC-9801版の発売を開始した。JX用では本体に付属したシステムディスクでMS-DOSを立ち上げ、そこからアプリケーションを起動せざるをえなかった。ところがPC-9801用では、1枚のディスクから一気に立ち上げることが可能になった。

 あらたに製品名に添えられた「太郎」には、惜別と希望の念を込めた。

 学生時代に家庭教師を務めた太郎少年が、大学生になって急逝したとの知らせを受けた浮川は、この年の元旦、健やかに育てとの願いを込めてジャストシステムの長男を太郎と名付けようと決めていた。

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