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パソコン創世記
第2部 エピローグ 魂の兄弟、再び集う
1983 Windowsの約束が果たされた日

Windowsの長い道のり

富田倫生
2010/9/8

前回「オープンアーキテクチャの夢」へ

本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 「マイクロソフトとインテルは、コンピュータの歴史を一緒に切り開いてきたと思います」

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 かつて渡辺和也とビル・ゲイツとを引き合わせ、マイクロソフトを歴史の主役にもう一段押し上げるきっかけを作った西和彦は、本論をそう切り出した。

 パーソナルコンピュータにおけるWindowsとインテルのX86シリーズの存在は、車のエンジンとシャーシに相当するのではないか。現在のほとんどの車がガソリンを燃やすエンジンを積み、4つの車輪を備えてハンドルで運転する枠組みに沿ったシャーシを採用しているように、パーソナルコンピュータはインテルのエンジンと使い勝手を決めるマイクロソフトのシャーシを使っていくのだろう。

 今、あらためてそう感じると語った西は、そこで小さな溜息をもらして言葉を継いだ。

 「こういうことは本当に一瞬にしてできることではない。今から十何年前に最初の16ビットのパソコンがMS-DOSと一緒に始まったときから数えて、十何年の時間と何百万ラインのプログラムとたくさんの人の努力が必要ではなかったか。そういう意味で、Windows 3.1というのはよくここまでやったなと、そういう感動を覚えます」

 西はそうとしか語らなかった。

 壇上の西を見上げるビル・ゲイツには、その言葉に彼が込めた万感の思いに自らの琴線を共振させることができた。

 視覚的な操作環境にこそパーソナルコンピュータの未来があるとのビジョンを共有してゲイツと西が開発を決意したWindowsには、きわめて困難な気の遠くなるほどの長い道のりが待ち受けていた。

 1983(昭和58)年10月、ビジコープはついにVisiOnの出荷を開始した。さらにクォーターデック社がDesQと名付けた操作環境を発表し、IBMもまたテキストベースながらウインドウを提供するTopViewの開発を自ら進める中で、マイクロソフトはこの年の11月、Windowsの正式な発表に踏み切り、翌年の5月には出荷を開始することを約束した。

 だがマイクロソフトの開発チームは、8088を使った平凡なグラフィックス処理能力しか持たないマシンでWindowsの実行速度を上げる作業に難渋させられた。MS-DOS用のアプリケーションをWindowsでもそのまま使えるようにするという目標も、当初予測していたよりははるかに難しい課題だった。1984年の春が来るとWindowsの出荷時期は11月に変更され、さらに秋には翌1985年の6月まで遅れるとの発表があった。Windowsの導入を決めていたハードウェアメーカーやソフトハウス向けには、この時期にどうにか出荷されたものの、一般ユーザー向けの製品供給はさらに遅れて11月にずれ込んだ。

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