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IT業界の開拓者たち

第1回 ハンバーガーとコークで世界を征服した男

脇英世
2009/2/2

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本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、IT業界を切り開いた117人の先駆者たちの姿を紹介します。普段は触れる機会の少ないIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

ビル・ゲイツ(Bill Gates)――
マイクロソフト会長兼最高ソフトウェア・アーキテクト

 パソコンにそれほど詳しくなくても、ビル・ゲイツの名前を知らない人はいないだろう。近ごろは日本に来ると、密かにアメリカ海兵隊の護衛の車がビル・ゲイツの車の後ろについていると、マイクロソフト株式会社の成毛真社長から聞いたことがある。果たして本当か座興の冗談か、それは知らないけれど、そうかもしれないと思わせるほど、ビル・ゲイツはすでにアメリカの国家的重要人物となっている。

 ビル・ゲイツはコンスタントに世界一、二を争う大富豪となっている。もちろん、彼が会長を務めるマイクロソフトの株式を多く所有しているからだ。

 ビル・ゲイツに会うことは容易でない。半年くらい前から予約を入れておいて15分会えたらパソコン業界では一流だといわれるほどだ。普通の人は、まず絶対会えない。

 1994年の1月1日に、ビル・ゲイツはハワイのラナイ島で結婚式を挙げたが、日本で招待されたのはアスキーの西和彦社長(当時)ただ1人だったという話である。マスコミが取材できないように、式を挙げるラナイ島を丸ごと買ってしまったとか、あるいはトーンダウンして、島中のホテルとレンタカーを借り切ってしまったとかいううわさだ(*1)。でも実際のところは何も分からない。それどころか最近のビル・ゲイツについては、秘密のベールに包まれていてまったく情報が取れない。

*1)この話は、『暴走する帝国』(ジェイムズ・ウオレス著、武舎広幸・武舎るみ訳、翔泳社刊)に詳しい。ラナイ島を丸ごと買ったというのはうそだ。

 ビル・ゲイツは、1955年10月28日、ワシントン州シアトルに生まれた。本名はウィリアム・ヘンリー・ゲイツであり、ビルはウィリアムの愛称である。4代前から同じ名前なので、本来はウィリアム・ヘンリー・ゲイツ4世なのだが、諸般の理由から極めて正式なビジネスの契約の場合には3世を名乗っている。

 父親は弁護士、母親は銀行家の娘である。この点は重要であって、マイクロソフトが経験した法律的な問題には父親の力が、対外的信用を必要とする場合には母親の力がものをいっている。IBMとマイクロソフトが出合ったころに、マイクロソフトの信用を支えたのは、ビルの母親の慈善団体での知名度であった。IBMの会長が、ビルの母親であるメアリー・ゲイツを知っていたことが大きかったのだ。

 1974年12月、ビル・ゲイツはハーバード大学の数学科に在籍していた。高校生のころのコンピュータハッカーとしての活躍はどこへやら、なすべきことを知らない学生にドロップアウトしていた。

 そのころ、友人のポール・アレンが『ポピュラー・エレクトロニクス』誌の1975年1月号を持ってきて、表紙に載った世界初のパソコンであるオルテアー8800用にBASICを書くことをビル・ゲイツに勧めた。オルテアー8800を開発したMITSという企業は、ニューメキシコ州のアルバカーキという辺ぴな所にあった(*2)。ビル・ゲイツは、触ったこともないオルテアー8800用にBASICを開発したとMITSに電話して売り込んだ。

*2)MlTSは、マイクロ・インスツルメンテーション・テレメトリ・システムズの略である。科学教材屋さんと考えればよい。

 ここでいかにも傑作なことは、『ポピュラー・エレクトロニクス』誌に載ったオルテアー8800の写真は、箱だけのモックアップで中身がなかったという事実だ。世界にたった1台だけ存在した中身の入ったオルテアー8800は、アルバカーキから輸送している間に消えてしまったのである。そこで急きょ、箱に発光ダイオードとスイッチだけ付けて送り出し、写真を撮ったものが雑誌に掲載されたのだ。

 だから電話を受けたMITSのエド・ロバーツは、多分抑えてはいただろうが、内心吹き出したい気持ちだったろう。「実際に存在しないオルテアー8800上で動くBASICがあるのか?!」

 しかしビル・ゲイツは、オルテアー8800を見たことも触ったこともないのに、BASICを開発するという魔法をやってのけた。開発したBASICをパンチした紙テープを持って、ポール・アレンがアルバカーキへ飛行機で飛んだ。そしてオルテアー8800に通したら、それが1度で動いてしまったという(*3)。驚くべきことである。そのBASICは、オルテアーBASICとしてMITSにライセンス供給される。このときビルとポールを中心に設立されたのが、マイクロソフトだ。

*3)ビル・ゲイツが語るところでは「1度目は何らかの理由で動かなかった。しかし2度目はローダーが動作してBASlCプログラムを読み込み、BASlCが動いた」とある。それでもすごい。

 その後、データターミナルやゼネラルエレクトリック(GE)などMITS以外の企業向けにもBASICを開発するようになり、マイクロソフトBASICはたちまちのうちに世界征服を成し遂げる。

 マイクロソフト設立のきっかけとなったオルテアー8800のエピソードの中に、同社の戦略の特徴が浮かび上がってくる。まとめてみよう。

  1. まだできていないBASICを売り込んだ

  2. 売り込んでからBASICを開発した

  3. 開発にCPUのシミュレーションを使った

  4. そして全世界を制覇した

 マイクロソフトBASICという言葉を違う製品名に変えても同様。いまでも普遍的に成立するマイクロソフトのやり方である。知っているマイクロソフト製品の名前を入れて歴史を調べてみるとよい。恐らく、うなずけるだろう。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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