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第12回 “Webの総本山”で働くマネージャは、3つの視点でものを見る


金武明日香 (@IT自分戦略研究所)
赤司聡(撮影)
2010/12/6

一色正男氏
一色正男 (いっしきまさお) 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科教授、W3C/Keioサイトマネージャー 2009年1月より、慶應義塾大学教授として、国際規格W3C(World Wide Web Consortium)のサイトマネージャーとして就任。東芝で約30年、新規技術開発と新規事業開発を中心に働く。特に、インターネットおよびWeb活用事業について、世界初のホームITシステム「フェミニティシリーズ」の事業責任者として、企画から立ち上げを担当。世界初のBluetooth無線対応のIP家電を商品化し、Web端末からコントロールできる新時代の商品サービスを提供した。情報処理学会、機械学会会員、ECHONETコンソーシアム元運営委員長現フェロー。

■「ビジネス感覚を持った人」として、W3Cのマネージャに就任

 “Webの総本山”W3C(World Wide Web Consortium)はアメリカホスト(マサチューセッツ工科大学、MIT)、欧州ホスト(欧州情報処理数学研究コンソーシアム、ERCIM)、そしてアジアホスト(慶應義塾大学)という、3つのホストで共同運営しています。わたしはW3C/KeioのSite Manager(慶應義塾大学内にある日本ホストの総責任者)として、2009年1月から仕事をしています。

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 ここ最近、W3Cは「ビジネスが分かる人が必要」という認識を持っていました。W3Cは、セマンティックWebやXHTMLの仕様策定など、これまでいろいろなことをやってきましたが、研究機関にホストがあるためにどうしても発想がアカデミック寄りになってしまうところがありました。

 しかし、Webはビジネスで今後ますます重要な役割を果たしていくでしょう。W3Cが掲げる「皆が使えるWebにする」というミッションのためには、ビジネスで使うということ真剣に考えなくてはなりません。

 わたしは、東芝で技術企画部として、技術部全体を見る仕事をしていました。冷蔵庫やエアコンなどの家電とパソコンがネットワークでつながる「ホームネットワークプロジェクト」を1999年に立ち上げ、2002年に事業化、2009年まで事業化推進を担当した経験があります。これは現在W3Cが最も注力しているものの1つであるHTML5、Webアプリケーション・プラットフォームの仕様策定とリンクしています。わたしがW3Cに移ったのは、折しも「XHTML2の開発を中止してHTML5に注力する」とW3Cが発表した時期でした。この発表は注目を集めたため、かなり忙しく働いた記憶があります。

 わたしがW3Cに来ようと思った理由はいくつかあります。これまでやってきたネットワーク事業の経験を国際的に生かしたいという思いが第一ですね。ほかに、「MITと一緒に仕事をしたい」という個人的な思いがありました。父親がMITの研究員だったときにわたしがボストンで生まれたため、「ボストンやMITとつながりを持ちたい」という願いやあこがれのようなものがあったのです。

■発言がとにかく重視される、W3Cのグローバル会議

 わたしの仕事は主に、グローバルにやる仕事と日本国内の仕事、2つに分けられます。グローバルにやる仕事としては、70ほどあるWorking Group(実際に仕様策定をするグループ)のサポート、各ホストにいる専任スタッフと連携して今後の運営方針を決める、といったことが挙げられます。日本国内の仕事では、大学の講義や会員企業の訪問、総務省などへ出向いて会議に出席するなど、多方面の人とかかわる仕事が多いですね。

 各ホストはそれぞれ独立運営で、週に1〜2回ほど各ホストのスタッフがモニタ前に集まって電話会議をします。集まるのは、アメリカが8時、ヨーロッパが16時、日本が22時になったときです。24時間、いつでもどこかで誰かが仕事をしている。これはグローバル機関ならではの特徴だと思います。

 W3Cの会議は、日本企業のそれとはやり方がかなり異なります。日本で「議事録」というと、皆が話し合ったことをうまくまとめて合意した内容を書くものをイメージするかと思います。しかし、W3Cの「議事録」は、会話すべてが記録対象です。誰がいつ何を発言したか、これが基本です。W3Cは仕様策定機関なので、「文書に残すこと」「誰もがアクセス可能であること」を非常に重視します。IRCの発言が自動でドキュメント化されたり、「あのときのログを見て」という会話が当たり前だったり、日本企業の会議や意思決定プロセスとはかなり文化が異なっていると感じますね。

 日本人は英語ができないことを気にする傾向があるため、発言重視の進め方に戸惑う人も多いようです。ですが、発言しない内容は絶対に仕様には盛り込まれません。仕事をこなすためには、何よりもまず「発言」しなくてはならないのです。

 アジアホストを担う身としては、日本やアジアの意見を世界に発信することを支援したい。仕様策定の議論は基本的にすべて英語なので、それとは別に日本語で意見交換するInterest Groupなどを作り、Webを使って仕事をするエンジニアやデザイナから意見を吸い上げてW3Cにフィードバックするようにしています(参考)。

■「多様な視点でものを見る」「場を提供する」のがマネージャの仕事

 W3Cのマネジメント・チームの一員として仕事をする際、いつも気を付けているのは「それぞれの視点ごとに物事を考える」ことです。

 まず、日本からの意見がうまく反映されるよう、「日本の視点」で考えます。同時に、「アジアから見て、この仕様は有益かどうか」という視点も必要です。例えば、「Webの縦書き」は、欧州からすれば重要ではありませんが、日本や中国など縦書き文化を持つアジア圏にとっては重要事項です。そして、これはわれわれW3Cが一番重視する事項なのですが、国際標準――Webの世界全体にとって有益かどうか、“One Web”を目指して考えます。

 日本国内ばかりを見ていてはいけないし、かといって世界ばかりを見て日本に不利益なことになってはならない。日本、アジア、世界、3つの視点で仕様を見て今後のビジョンを決めるのが、われわれマネジメント・チームの役割だと思っています。

 マネジメント・チームのもう1つの役割は、「場を提供する」ことです。具体的な仕様策定の内容についてはWorking Groupメンバーの仕事であり、マネジメント・チームが議論の指導をすることはありません。その代わり、規格策定に関する交通整理やプロセス管理として、関係する仕様策定をしているグループ同士をつなげたり、仕様策定の仕事がスムーズにいくように技術スタッフを配置したりして、メンバーがうまく仕事できるようサポートしています。

■「仕様が決まってから対応」では遅い

 日本におけるWebの現状について、いくつか危惧していることがあります。W3Cに入って驚いたのは、わたしが立ち上げた「ホームネットワーク」で使う技術について、すでにW3C勧告があったことです。東芝にいたころ、W3Cがこのような仕様策定をしていることはほとんど知りませんでした。いまでも日本のIT企業の多くは、W3Cでどのような仕様策定が進められているか、ほとんど知らないのではないでしょうか。Working Groupは現在70ほどありますが、残念なことに日本企業はほとんど名を連ねていません。

 せっかく、アジアホストとして日本から情報を発信する権利があるのに、それをほとんど使っていないのは非常にもったいないことだと感じています。例えば、日本の企業はiPhoneのようなサービスができてからそこで使われる国際標準仕様に合わせるといった対応を取りがちですが、「仕様が決まってから対応」では出遅れるのです。国際標準仕様に合わせるのではなく、サービスプラットフォームになるような国際標準を作り、日本から世界へサービスを発信していく、というぐらいの発想が必要です。そうでなければ、日本はどんどん世界に遅れを取るでしょう。

 国際標準仕様は、シンプルにいってしまえば「提案して主導権を確保した方が優位」です。日本のためだけに開発するのではなく、最初から世界標準を目指して日本市場で先行実施するという考え方が、日本の企業には不足しているのではないでしょうか。

■HTML5にWeb and TV――5年先、10年先のWebに向けて行動する

 現在、W3Cでは「Web and TV」の話が非常に活発です。すでに市場にはGoogle TVやApple TVなどが出てきていますが、Web技術とテレビをつなぐ構想の実装に向けて、2015年をめどに本格的に動き出しています。日本では世界に先駆けてワークショップを開催しました。

 このような活発な動きがもう少し日本から出せないだろうかと考えています。テレビに限らず、これからは電子ブック、家電、車やエネルギーなど、すべてのものがWebを介してつながっていくと確信しています。「5年先、10年先のことを考えると、いまから国際標準仕様策定に意見を出さなければ後塵を拝す」と、いろいろな企業に説明して回っています。

 HTML5も、2012年の勧告を目指して仕様策定が進んでいます。日本の意見や仕様を世界標準に盛り込むために、これからも皆が話し合える場を提供し続けていこうと思っています。

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