第9回 ITコンサルタントがタイと中国で得た3つの教訓
アビーム コンサルティングマネジャー 小倉久延
2008/12/5
アビームコンサルティングの海外駐在員レポートが続きました。今回は日本からレポートをお送りします。現在、わたしは、クライアント企業から離れた場所(いわゆるオフサイト)でシステム運用のサポートをしています。通常は1つの拠点だけ(例えば、国内や中国、インド)で対応するのですが、本案件では、日本と上海の2拠点にスタッフを配置しています。地理的に離れた2拠点間を一元管理し、運用していくことが、本サポート業務のポイントです。このことについては後述するとして、まずはわたしのこれまでのキャリアをご紹介しましょう。 |
■タイのゆったり、ほんわかした国民性
いまでこそ、どんな人(もちろん、外国の方も含みます)でも物おじせず、フレンドリーにやっていけるわたしですが、入社当初は英語どころか日本語でのコミュニケーションにも不自由するほどの状態でした。海外勤務、ましてや英語の運用は、自分とは縁のない世界の出来事でした。
そんなわたしでも、いままで世界規模の4つのプロジェクトに参加しました。特にタイは比較的長期間滞在した国です。まずは、そのときの話をしましょう。
グローバルプロジェクトで海外に出ると、多くの人は何らかのカルチャーショックを受けると思います。私にとってのそれは、タイの人々のワーク・スタイルでした。
おおむね、職場はアットホームな感じです。机の上には扇風機があり、ドラえもんのグッズが飾ってあって(向こうではドラえもん、クレヨンしんちゃん、一休さんなどのアニメがはやっています)、Tシャツに、ビーチサンダルを履いて仕事をしています。もちろん、全員が全員そうではないのですが、日本のようにシリアスな雰囲気が漂うオフィス空間ではありません。なんとなくほんわかしてゆったりしている、そんな感じでした。
“ほんわかしてゆったり”な国民性は、タイ語の「マイペンライ」という言葉に非常によく表れています。あるとき、現地の人に「『マイペンライ』って何?」って聞くと「マイペンライは、基本的にはNever mindという意味なんだけど、ほかにたくさん意味がある。例えば、あなたが車に乗っていて、ほかの車にぶつけちゃったとする。そんなとき、あなたがぶつけてしまった車に乗っている人にマイペンライっていうの」と教えてくれました。「???? 意味が分からない」というと「だから、ぶつけられた方が『キミの車がオレの車にぶつかったけど気にするな』って思っているだろうことに配慮して『そんなこという必要ないよ。気にしないでいい』という意味なんだよ」と説明してくれました。「言葉にも文化的な違いがあるものだ……」と感心しました。そういうおおらかな国民性であるということです。
万事こういった感じで、時間の進みが日本よりもゆったりしています。「純粋でおおらかで人懐っこい」。タイの人々を表現するとこんな感じになると思います。そのおおらかな国民性からか、仕事への取り組みもゆったりとしているように感じました。そのため、日本のスタッフと衝突することもしばしばありました。
ある業務をクライアントに説明するときのことです。タイのメンバーと共同で作業していましたが、彼に作成してもらった資料はわたしにとって「一般的」過ぎました。「これでは一般的過ぎて要件が分からないよ」といい、議論しながら2人で納得のいく資料を作成しました。後で話してみると、わたしは少々細部にこだわりすぎていたようです。彼に「お前はちょっとシリアスすぎる。もっとおおらかにならなければ」といわれました。
文化的な相違は、日々の仕事でちょっとした摩擦を生むものですが、仕事を続けていくにつれ、摩擦が起こる頻度は少しずつ減少していきます。逆に、お互いの文化に対する理解が深まっていくのを実感しました。
■時間内に最大の効果をあげる上海のスタッフ
現在は、東京と上海の2拠点で顧客企業のシステム運用をサポートするプロジェクトに従事しています。タイと同様、中国とも、文化的な相違点によるいくつもの小さなトラブルに悩まされています。
こんなことがありました。
あるとき、上海のメンバーが来日することになりました。来日の目的は、サポート体制の構築に伴う両拠点間の情報交換です。3人来日する予定だったのですが、彼らのビザはなかなか下りませんでした。結局、来日できたのは1人だけ、しかも、予定からすでに1カ月が過ぎていました……。
与えられた時間内で、最大限の効果を上げるよう努力し、また結果の質を重視する点では日本人も中国人も同様ですが、優先順位の設定の仕方には大きな違いがあるように思います。
上海オフィスに出張したとき、18時30分ごろまでミーティングをしていたのですが、終わって周りを見ると、ほとんどの人が帰宅していました。「上海のスタッフは、時間内に最大の効果をあげるよう常に努力している」とあらかじめ聞いていましたが、まさにそのとおりなのだと納得したわけです。
彼らは、必ずしも品質に対する意識が低いわけではありません。文化の違いといってしまえば、それまでなのですが、日本の企業が求める最終製品(あるいはサービス)の品質水準の高さというものは、他国と比較になりません。そのため「この部分に関してはここまで実施しないといけない」というような品質追求リスト(のようなもの)をあらかじめ作成し、作業工程をかなり厳密に管理しました。上海のメンバーからは「文化的相違の部分がうまくつかめず、難しい」という声が何度も上がりました。「どこまで品質を追求すればいいのか?」。これは文化的相違に関する重要問題なのです。大づかみで論じることは到底不可能な難問ゆえに、1つ1つの作業を検証し、両国のスタッフ間で「どこまでやるか」の合意を取りながら、プロジェクトを進めていく必要がありました。
■海外プロジェクトに参加して得た教訓
グローバルプロジェクトを経験して、得た教訓は以下の3点です。
- 受け入れることの重要性、多様性の尊重
- 視野の広がりの大切さ
- 共通目標の共有化の重要さ
1に関して。それぞれの国には、その国特有の文化的特徴があります。中国のスタッフが来日する際、なかなかビザが下りませんでした。そのことで「もう中国のスタッフとは仕事をしない」と態度を硬化させてしまうのはあまりにも早計なのです。異文化の積極的な摂取は、新しい文化を創造する貴重な機会です。グローバルプロジェクトに参加することで、自分の価値観しか認めないという視野狭窄(しやきょうさく)の状態から抜け出せたのではないかと考えています。
実際、海外の方々と一緒に仕事をすると、文化的違いから最初のうちは慣れず、日本人と仕事をするよりも大きなストレスを抱えることが多くなります。しかし、そこで負けて、感情的になるのはNGです。私はよく感情的な態度を取りました。怒るという態度は、状況に抵抗し、状況を排除しようとする行為です。「受け入れる」という態度とは正反対なのです。状況や人を受け入れ、感情的にならず、適切な対応を取る。それが重要です。
2の「視野の広がり」について。
海外で生活し、海外の仲間と苦労を分かち合うことで、人生の幅が広がりました。わたしのコンサルティング業務にもこの“視野の広がり”が良い影響を及ぼしているのではないかと考えています。実際に海外で生活しなければ、分からない点が多々あります。
タイは冷戦時代、政治的な中立国でした。アラブ諸国やアジア圏からの移民を積極的に受け入れた歴史があります。世界中の移民を抱えるアメリカ合衆国との類似性を感じます。国民の性質がオープンなのは、このような背景が関係することはいうまでもありません。一方、日本は江戸時代まで鎖国政策を厳格に推し進めてきました。島国という要素もあるでしょう。日本人が「閉鎖的でシリアス」であるという認識は乱暴過ぎますが、それでもタイとの比較でいえば、「閉鎖的でシリアス」といってもいい過ぎではないと思います。以上のことから、例えば「タイの人は開放的でおおらかだが、日本人は閉鎖的でシリアスである」という情報がタイに滞在する前のわたしの頭の中に入っていました。しかし、現地の生活を経験した後は、この情報が身体的な感覚として、私の体に刷り込まれることになったわけです。このようなことは、最低でも1カ月間、タイ人とともに生活し、仕事をしなければ分からないものでした。
「視野の広がり」という視点でもう1点。
グローバルな視点で物事を考えることができるようになります。例えば、海外拠点と日本で同時にサービスを提供する場合、時差が問題になります。まず考えるのは、スタッフの交代体制をどのように構築するか、です。このような視点は、国内だけで仕事をしていてはなかなか養えません。「法的な制約があるから中国とはこう」で、「税制の問題があるからマレーシアとはこう」で、といった国際会計的な視点も自然と涵養(かんよう)されます。
3の「共通目標の共有化」は、マネジメントの視点として非常に重要です。
さまざまな国や地域の人で構成されていると、議論はなかなかまとまりません。ゆえに、「これだけは守ってもらいたい」「これだけはこのプロジェクトの共通目的だからやってほしい」といったチームの基本理念を共有することがどうしても必要となってきます。理念だけでは、漠然としており、手の出しようがない場合がありますので、理念を具体的なアクションとして5つ程度に「分解」し、アクションルールとして、事あるごとに繰り返し、チーム内に浸透させていくことが重要です。理念の共有は、チームを構成するスタッフの文化的背景が異なるからこそ、全体をまとめる指針になると思います。そして、実はこのことが最も重要なのですが、基本理念は、クライアントを最優先に考えたものであるべきです。
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