「インフラが花形に」
――インフラエンジニアDayレポート
岑康貴(@IT自分戦略研究所)
2010/5/28
クラウドコンピューティングの普及や大規模Webサービス・ソーシャルアプリの隆盛により、インフラエンジニアが脚光を浴びている。インフラエンジニアがクラウドとどう向き合っていくかを考えるイベントの模様をレポート。 |
5月22日、パソナテックはインフラエンジニア向けのイベント「インフラエンジニアDay」を開催した。「クラウドコンピューティングをどう捉えるか」をテーマに掲げ、複数のセッションが行われた。本記事では、各セッションの発表者4人が勢ぞろいしたパネルディスカッション「クラウド・エンジニアサバイバル〜先が読めない時代に生き残るために〜」の模様をレポートする。
登壇したパネリストは次の4人。
- 藤川真一氏(想創社)
- 大澤貴行氏(GMOホスティング&セキュリティ)
- 濱野賢一朗氏(NTTデータ)
- 山崎徳之氏(ゼロスタートコミュニケーションズ)
左から藤川氏、大澤氏、濱野氏、山崎氏 |
■ 大切なのは「踊らされないこと」
最初に4人がそれぞれ自己紹介を行った。藤川氏はモバツイッターの開発で知られ、「えふしん」の名前でWeb上では有名な人物。クラウドに関しては「使う」側だ。大澤氏はエンジニアというよりも、それをどうやってビジネスにつなげるかを考える、クラウドを「提供する」側。濱野氏は技術的な面でクラウドを「作る」側である。最後の山崎氏は、自身もインフラエンジニア出身でありつつ、インフラエンジニアの育成に力を入れる「人を育てる」役割を担っている。
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パネルディスカッションは「技術視点から見た日本のクラウドの現状」「何が変わる? クラウドのメリット・デメリット」「エンジニアとして持つべきスキル」の3つのテーマで行われた。
まず「日本のクラウドの現状」について、山崎氏は「クラウドは部品の1つになっていく。例えばHDDとSSDのどっちを選ぶか、などのように、特性に応じて使うかどうかを決める、パーツの1つに落ち着いていくと思う」と発言。現在は過渡期で混沌としているが、次第に落ち着いていくのではないか、という。その際、クラウドのメインストリームがどこに落ち着くかについては、常に情報収集をして見極める必要がある。ただし、山崎氏は「大切なのは『踊らされないこと』。クラウドは1つの技術に過ぎない」と補足した。大澤氏も山崎氏の発言に同意。「踊らされちゃダメ」と語り、「クラウドという言葉に注目するのではなく、根幹の技術や考え方をちゃんと捉えた方がいい」と注意を促した。
濱野氏は「ここ1年くらいで、SIerは『クラウドの提案を持ってこい』といわれることが増えたのでは」と語った。ただし、顧客のニーズはさまざまであり、それぞれ放置していたシステム課題を「クラウドをきっかけに手をつけよう」と考えているケースが多いのではないか、と分析した。
藤川氏は現在、モバツイッターの運用にAmazon EC2を利用している。藤川氏はかつて受託開発を行っていたころ、新しい案件があると必ず「何か1つ、新しいチャレンジをする」と決めていたという。その際、大切なのは「もし失敗しても大きな問題にならないこと」だった。その点、EC2やGoogle App Engineは「失敗しても傷は最低限で済む。チャレンジするのに最適」であると藤川氏は評価した。
■ 特性を知り、見極めろ
続いて「クラウドのメリット・デメリット」というテーマでは、大澤氏が「すぐ始められて、すぐ畳める」のが大きなメリットであると語った。一方でデメリットも存在するという。パブリッククラウドは自由度がある程度抑えられているため、細かい対応が難しい。一方、プライベートクラウドは細かいカスタマイズは可能だが、その分立ち上げが大変になる。サービスによってこうした特性の違いがあり、それに応じてメリットとデメリットが存在する。そのため大澤氏は「『IaaS(Infrastructure as a Service)なら取りあえずEC2だよね』などの考え方はまずい。それぞれ特性を知って使うことが重要」だと主張した。
濱野氏は「そもそもクラウドはリアルサーバと比較したとき、インスタンスの概念に違いがある」と指摘。既存のサーバ概念を念頭に置いているとうまくいかないと語り、「特性を知るのが重要」という点に同意した。
EC2利用者である藤川氏は、EC2の特性に言及。「EC2のアーキテクチャはいわゆるWebサービス向けで、止まっても仕方ない、という前提ではないか。ミッションクリティカルな基幹システムにはまだちょっと向かないかも」という。また、サーバが海外に置かれていることによるレイテンシ(通信遅延)の問題が存在することも見逃せない。モバツイッターの利用では問題になっていないが、ソーシャルアプリの場合は無視できないポイントとなるだろう、と藤川氏は付け加えた。
山崎氏は「EC2が出てきたことは、結果としてすごく良かった」と語った。「カード決済のみの対応だったり、サポートが英語だったりと、利用者にとって不満はまだまだある。でもEC2が出てきたからこそ、EC2クローンみたいなものがどんどん出てきて、クラウドが加速してきたという部分がある。藤川さんみたいに起業もしやすくなったと思う。ソーシャルアプリがこれだけ盛り上がっているのも、クラウドという前提が確立したからでは」というのが山崎氏の主張だ。また、「エンジニアにとって、選択肢が増えるのは良いこと」であり、「EC2の登場後、選択肢が増えた。エンジニアにとっては『俺たちの武器が増えた!』という時代」だと語った。
さらに、山崎氏は「クラウドは部品に過ぎない」と改めて主張。「都合のいいところだけクラウドを使えばいい。例えばTumblrはAmazon S3だけを使っている」と語り、「リアルサーバのニーズがなくなるわけじゃない。クラウドを使って得をする部分だけ使えばいい。そこを見極められるのが良いエンジニア」と発言した。
藤川氏はそれを受けて、「EC2がなかったらモバツイッターは今のような形になっていなかった」と語った。藤川氏によれば、「モバツイッターは最初は自宅で運用していたが、Webサーバよりも先に、ルータが過負荷で動かなくなってしまい、EC2に移行せざるを得なくなった」という。こうした事態が起こった際、数日で移行可能なのがクラウドのメリットだと藤川氏は主張。「エンジニアが何かを始めようと思ったとき、スモールスタートじゃないと厳しい。最初は自宅サーバで、トラフィックが増えて収入が見えてきたらEC2に移行するなど、適材適所が重要」と「クラウドか否かの見極め方」について事例を説明した。
ここで濱野氏が突然「少し違う話をしていい?」と切り出し、「問題解決の選択肢としてクラウドを使うのもいいけど、せっかく目の前に大量の計算リソースがあって、それをすぐに使えるんだから、『その環境を使って何をするか』も考えてほしい」と会場に投げかけた。濱野氏は「問題解決ができるエンジニアはそこそこいるけど、新しいものを作れるエンジニアはほとんどいない。せっかくなら、クラウド環境を利用して、今までできなかったようなものを作ろう、というチャレンジをしてほしい。その方が、にやにやできて楽しい」と技術者らしい表情を見せた。
■ インフラエンジニアももっと交流の場を
最後の「エンジニアとして持つべきスキル」というテーマについては、山崎氏が持論を展開。「エンジニアが何かやりたいことがあっても、ほとんどの場合、それだけでは食っていけない。いかに周りに理解してもらい、そこにお金をつけてもらうかを考えなければならない」と強調し、自分の発言力を高めたり、上司に受け入れてもらったりすることで初めてやりたいことができると語った。このとき、「エンジニアは嘘をついてはいけない。ベンチマークで相手を説得しよう。ベンチマークを上司や顧客に提供できることが重要」だと山崎氏は説明した。
こうした「相手を説得する」ためのコミュニケーションスキルについて、インフラエンジニアはまだまだ全体的に弱いのではないか、と山崎氏は指摘した。インフラエンジニアと対比する形で、山崎氏はWeb系の開発者に言及。「Webプログラマはここ数年、だいぶ明るくなった。たくさん飲み会をやって、交流して、情報交換をしている」と、近年の勉強会の盛り上がりを例に挙げた。もちろん、インフラエンジニア側でもそうした動きがないわけではない。山崎氏は「インフラエンジニア勉強会hbstudy」を取り上げ、「徐々にではあるが、インフラエンジニアも外に出て交流する環境が生まれてきた。みんな、もっと明るく楽しく交流して、プレゼンテーションスキルや交渉力を身につけよう」と発言した。
この点について、「例えばPerlなら、CPANという『共有しやすいもの』があったから、交流が盛んになったのでは」と藤川氏は山崎氏の発言に補足した。インフラは「ケースバイケース」が多く、ノウハウ共有がしづらかった。だが、「EC2など共通基盤が出てきたことで、ノウハウ共有がしやすくなった。すでにEC2ユーザー会などで情報交換が始まっている」と藤川氏は語った。
大澤氏も「インフラエンジニアにとって必要なスキルはクラウドの影響で変わってきている」と発言。「キャパシティプランニングは以前ほど厳密に考えなくてもよくなってくるかもしれない。その反面、別のスキルが必要になる。それは例えば、目利きの技術であったり、プレゼンテーションスキルであったりするのだと思う」というのが大澤氏の見解だ。
濱野氏は「スケーラビリティの概念など、クラウドの普及を通じてどんどん変わってきている。インフラが今後どうなっていくのか、自分でよく考えることが重要」だと語った。「EC2がどうとか、仮想マシンがどうとかいうレベルを超える何かが起きてきているのではないか」と濱野氏は指摘し、「例えばマルチテナント化。最終的にシステムをクラウドに乗せていく場合、みんな同じものに乗せて、データ共有基盤になっていくという未来があり得るかもしれない。それをやろうとしているのがGoogleでは」と説明した。
このほか、藤川氏は「インフラエンジニアもアプリケーション側やビジネス的な側面の話ができないといけなくなるだろう」と主張した。例えばサービスの運用をしていると、サーバ側の問題ではなく、アプリケーション側の問題でパフォーマンスに影響が出ることが多々ある。その場合、インフラエンジニアがアプリケーション側の問題点をきちんと理解できなければならない。山崎氏も「クラウドの影響で、インフラエンジニアとプログラマの融合が進む」と主張し、「今まではプログラマが花形だったけれど、これからはインフラエンジニアが花形、という時代になりつつある」と補足した。
「インフラとアプリケーション、どちらも分からないといけない」という流れは、特にWebの世界では以前からあったのでは、と大澤氏は指摘。ユーザーインターフェイスやデザイン、SEOなども含めて、全体を見通せる「Webプロデューサー」が、各レイヤーのスペシャリストと同じくらい重要と大澤氏は主張し、「企業システムの世界でもクラウドの影響で同じことが起きるのでは。全体を見通せる『システムプロデューサー』のような役割が重要性を増すと思う」と予想した。
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