図解の本質はここにあった ITエンジニアにも必要な国語力

図解の本質はここにあった
ITエンジニアにも必要な国語力

第14回 実世界フローと目的手段を組み合わせる

開米瑞浩(アイデアクラフト)
2006/11/15

コミュニケーションスキルの土台となる図解言語。だが筆者によると、実はその裏に隠れた読解力、国語力こそがITエンジニアにとって重要なのだという。ITエンジニアに必須の国語力とはどのようなものだろうか。それを身に付けるにはどうしたらいいのか。毎回、ITエンジニアに身近な例を挙げて解説する。

 前回「テキストは補助線を引くまで無視してしまえ」に引き続き、前々回「個条書きを過信してはいけない」で出題した「循環型社会形成のための3原則」の例題検討を続けよう。

出題:循環型社会形成のための3原則

 まずは出題を下記に再掲しよう。

<循環型社会形成のための3原則>
環境負荷の低い循環型社会を形成するために、私たちにできる3つの原則があります。
Reduce(削減):廃棄物の発生を抑制し、製品を長期使用すること
Reuse(再使用):使用済み製品などの再使用をすること
Recycle(再資源化):使用済み製品を再資源化すること(再資源化のために分別排出)

 例文をヒントに、Reduce、Reuse、Recycleの3つの原則の意味がより明確に理解できるよう、関連概念を構造化し図解してほしいという問題である。

 前回は、この例文から単語を拾い出し、分類し、さらに動詞と名詞のゆらぎに注意して隠れた概念を引っ張り出し、一般常識を使って補助線を引き……という分析を行った。

 その結果、たどり着いたのが図1である。

図1 原文の情報を加筆(前回の図6を再掲)

 ところがこれが実はかなり筋の悪い図解であり、どこに問題があるか、それをどう改善するか考えようというところで前回は終わっていた。

きれいなマトリックスにならないところに要注意

 この図は、ざっと見た限りでもあまりきれいな「マトリックス」になっているようには思えない。これは要注意、黄信号である。そこで何が問題かを考えたいわけだが、そもそも「きれいなマトリックス」とはどういう状態なのか。要するにこうである(図2)。

図2 きれいなマトリックスになった状態

 A、C、Dの3つの空き箱を加筆し、説明の都合上右端の「不用物廃棄の削減」にBの符号を、残る4つの箱にもそれぞれE・F・G・Hの符号を付けた。

 すると、Aは「環境から資源を取り出す負荷のライン」に対応し、Bは「環境に廃棄物を出す負荷のライン」に対応する、いずれも上位目標ということになる。

 それに対して、残るC〜Hは上位目標たるA・Bを実現するための下位目標とその手段である。このうちE・Fは「製品」に対応し、G・Hが「不用物」に対応するので、残る「資源」に対応するものが何か欲しい。これがC・Dの空箱である。

 もしこんな形で「A・C・D」の3つの空き箱を埋めることができれば、きれいなマトリックスになるはずだ。ではそこに入るものは何だろうか?

 と考えたいところだがその前に、ここまでの「マトリックス化」の作業がこの連載のテーマたる「国語力」に関してどんな意味を持っているのかを見直すことにしよう。

実世界フローモデルと目的手段モデルの組み合わせ

 何といっても、この連載は別に環境問題をテーマにしているわけではない。本題はあくまでも「国語力」である。その観点で図2までの「マトリックスの型を作る」作業を見直すと、実はいままでやっていたのは、

実世界フローモデルと目的手段モデルの組み合わせ

だったということが分かる。特にビジネス上の複雑な情報を整理するときに、この組み合わせでマトリックスの「型枠」を決めることは実に多い。

 実世界フローモデルというのは、図2の下半分の横方向の流れに当たる。「資源→製品→不用物→廃棄物」という、「実世界に存在しているものがどう動くか、どう区分されるか」を表すのが実世界フローモデルである(なお、この名前は私がたったいま作ったもので、一般的に確立した概念ではない)。

 要は「実世界(=リアルワールド)にあるものの構造を示す」のが実世界フローモデルの役割である。単に実世界モデルと呼んでもいいのだが、実世界のものは「フロー」で関係付けられる場合が多いし、そうしておけばマトリックスの軸を作るにも便利であるという理由で「フロー」という言葉も入れておいた。

 一方、その実世界を動かそうとしたときに「何を目的にどの手段を使うのか」という、人間の「意図」や「プラン」の構造を表すのが目的手段モデルの役割である。これは実世界ではなく「アタマ」の中の話になる。

 一方は実世界の話、一方は頭の中の話、両者は直交する概念だ。というわけで縦軸と横軸に組み合わせると、めでたくマトリックスの型枠ができることになる(図3)。

図3 実世界フローと目的手段の組み合わせでマトリックスの型を作る

 図3は便宜上、図2の縦軸を上下逆にした(通常はこの方が考えやすい)。

 「目的」は実世界フローの全体像を踏まえて1つにまとめておいた方がよい。目的を「目標」に分解する段階で、実世界フローの各パートにそれぞれ対応した目標を設定し、その目標を実現する具体的な手段をそれぞれ考え……という形で「実世界フロー」と「目的手段」が対応付けられる。するとそのカタチは当然マトリックス型になるわけだ。

 単純な話と思われることだろうが、単純なものだからこそ応用範囲が広いのだ。実際、このパターンが通用するケースは非常に多いのである。現に前々回から続いている「循環型社会」のテーマも、ちょっと複雑なバリエーションはあっても基本的にはこのパターンだった。

 であれば、これを最初から知っていればそれに合わせて文章を解読できるはずである。こうしたワザを知っているのといないのとでは、元の文章に書かれた情報を解読し整理整頓するスピードと正確さに格段の差が出てくるのは当然だ。

 そしてこのレベルのパターンを知るのに専門知識はいらない。本来は高校の国語の時間にやるべき内容である。従って、私が考える高校国語のカリキュラムでは、文章とこの種のパターンを行ったり来たりする実習をとことんやることになる。

Reduce・Reuse・Recycleの仕切りが悪い?

 さて、国語力観点での振り返りはこのぐらいにして、図2のマトリックスで見つかった空き箱部分の検討を続けよう。

 まずはAの空き箱だが、反対側のBが「不用物廃棄の削減」であることから類推すると、Aは「資源消費の削減」としてよいだろう。Aに対応する「負荷」というのは、要は「環境」から「資源」を取り出す負荷なのでそういうことになる。

 ではCは何か。AとCが紛らわしいのだが、Cの下にある「資源」の箱、これが実世界フローモデルの中で何を表しているかを考えれば分かる。実はここは「製品」が使われる前の段階、つまり製造・流通工程なのである。とすればCは「資源消費効率の向上」である。

 Aはトータルの消費「量」を表し、Cは製品1単位当たりの消費「効率」を表すことに注意しよう。

 そうすると、Cを実現するための手段であるDは、「製造販売プロセス改善」ということになる。例えば省エネ機器を導入する、製造品質を高めて不良品をなくす、過剰包装を廃止するといった手段がDにくるわけだ。

 これですべての空欄が埋まったが、E〜Hは変更しなくてよいのだろうか?

 一応E〜Hについては変更はいらない。しかし、Reduce・Reuse・Recycleの「3R」については問題がある。

 図1の3Rの仕切りは見るからにいびつで、ここもきれいなマトリックスとはいえない部分だった。そこで、A・C・Dに加えて3Rの仕切りまで修正すると図4になる。これが最終形である。

図4 3Rの仕切りまで修正した最終形

 つまり、Reduceが「資源」に、Reuseが「製品」に、Recycleが「不用物」にそれぞれ対応するわけだ。

 これを簡単なキャッチフレーズにすると次のようになる。

使う資源を Reduceして、
できた製品を Reuseして、
いらなくなったら Recycleする

 それが循環型社会形成のための3Rというわけである。

 もう一度図1のいびつな3Rを見てみると、ReduceとReuseに問題があったことが分かる。中でも一番の焦点は「E 製品使用の長期化」の扱いだ。「Reuse=再使用」という語感から、「製品使用の長期化」はReuseではないように当初は見えたのだろう。だがよく考えてみれば、同じ人が1つの製品を捨てずに使い続けようと、中古品として他人に渡して再使用させようと、当の「製品」にとってみれば「製品使用の長期化」をしていることに変わりはない。要は「再使用」するのが最初のオーナー自身か別人かというだけの違いである。

 そこで E・Fを共にReuseとして位置付けると、G・HがRecycleに当たるわけだから後は自然な発想で C・DがReduceだろう、というアイデアが生まれてくる。実際にそう考えてみると、前述のキャッチフレーズのように何の違和感もなく成立する。

 一方A・Bは3Rのいずれにも該当しないことになるが、これはこれで正しい。そもそもA・Bは上位目標であって、間のC〜Hをすべて足し算したものなのだ。そのためA・B自身は3Rのどれにも該当しない。

 以上、「循環型社会形成のための3原則」の検討はこれにて終了である。

単純さを目指す道のりは複雑なもの

 ここまで、当初はただの3項目の個条書きでしかなかったものが、チャートに展開してみると意外に複雑にそしていびつな形になり、矛盾が見えてきて、それを整理することで最終的にシンプルなキャッチフレーズにたどり着くという過程をご覧いただいた。いかがだっただろうか。

 前回も書いたがあらためて書いておこう。

 きちんと考え込まれて整理された図は、意外なほど「整然としたマトリックス」に落ち着くものである。

 ただしその過程では複雑な、分かりにくく見える形を取ることがある。しかしそれは考えを進化させ理解を深めるための必要な過程であって、妥協してはいけない。例えば今回の図2で壁にぶつかり、あきらめて大本の個条書きに戻ってしまっては元のもくあみだ。

 途中経過として複雑な図を書くとあちこちに矛盾が見つかる。しかしそれは失敗ではなく、その矛盾や空白こそが「考えるきっかけ」であって、重要な手掛かりなのである。

 「Simple is best」、単純なものが一番だとよくいわれる。確かにそのとおりで、最終的には単純なものを目指さなければいけない。10秒で語れないようなアイデアは大したものではない。しかし、「単純さを目指す道のりは複雑なもの」という側面も間違いなく存在する。単純さを目指すにしても、そのことは常に覚悟しておきたいものである。

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