ネットワークエンジニアを目指せ!

いまネットワークで求められる技術とは

鈴木淳也
2003/10/8

ネットワークエンジニアに求められるもの

 皆さんは、ネットワークエンジニアという職業から、どのような業務内容を思い浮かべるでしょうか? ある人は、ワークステーションに囲まれたマシンルームで、ひたすらコンソールとにらめっこしている姿を想像するでしょう。またある人は、会社のすべての業務システムが集まるサーバルームで、配線と格闘している姿を思い浮かべるかもしれません。あるいは、社内ネットワークのトラブル解決人として、あちこちを飛び回る姿でしょうか。イメージをつかみにくいかもしれませんが、まさにそれがネットワークエンジニアという職業なのです。

 ネットワークエンジニアに求められるのは、企業ネットワークで起こる事象を把握し、解決、発展させていく技能です。いまやネットワークが絡まないシステムを探す方が難しいですから、社内システム全体を把握していることが前提条件となるでしょう。それはイーサネットなどの基礎部分だけでなく、その上で動作する基幹業務や情報系のアプリケーションなど、上から下のレイヤまで、すべてに精通している必要があります。これらをすべて把握しておくことで、一見して原因の分からないトラブルでも対処できるようになります。

 もっとも、ネットワークエンジニアにおいても、例えばプログラマの世界におけるデータベースプログラマなどのように、特定の分野のプロフェッショナルとなり、ひたすら特定技術を究める道もあります。ただ、ネットワークエンジニアに対する市場の需要は、エンジニア全体から見れば相対的に少ないため、その道で食べていくのは非常に難しいといえます。

 故に、一般にネットワークエンジニアを目指す人に求められるスキルというのは、まず全体を見渡し把握する能力であり、そしてそれをベースとして経験を積み重ねることにあるのです。

実際に求められる知識とは

 では、このネットワークエンジニアを目指す人が実際に押さえておくべき学習事項とは、どのようなものなのでしょうか? ネットワーク業界の現状を踏まえ、解説していきます。

TCP/IPはすべての基本
 ご存じのように、インターネットを含むいまのネットワークは、すべてTCP/IPがベースとなっています。すべての基本ですから、まずこれを学ばないと話になりません。特に最近では、これまで社内電話/社内LANという形で二元化されていたネットワークシステムを、1つのネットワークにまとめてしまい、回線/運用コストを削減しようという動きが盛んです。

 従来であれば、会社の電話回線というのは、専門のエンジニアが設計や保守を行っていました。TCP/IPとは異なる専用のネットワークですから、これ専門のスキルが要求されたわけです。ところが、ネットワーク統合の話が現実になるにつれて、電話回線専門のエンジニアであっても、TCP/IPについて理解する必要が出てきました。彼らにとって試練のようにも思えますが、逆にTCP/IPをマスターすれば、これから広がりを見せる新しい分野を開拓するチャンスでもあります。いずれにせよ、TCP/IPをマスターすることからネットワークエンジニアの第一歩は始まります。

日進月歩のネットワーク業界、その実態は
 ネットワークの分野は、全IT分野の中でもとりわけ進化が早い分野だといえます。ほんの7〜8年前までは、インターネットや社内LANはまださほど普及しておらず、14.4kbpsモデムでパソコン通信(注:ISPではない!)のアクセスポイントに接続したり、企業の本社−支店間ネットワークでさえ9600bps専用線やISDNによる64〜128kbpsでの接続という状態でした。ADSLが一般的になり、家庭でさえ光ファイバ接続ができる現在とは、大きな違いです。

 これは極端な例ですが、ネットワーク業界のトレンドは1〜1年半で大きく変わってしまうことも多く、常に情報をウオッチして、新しい技術を取り込む好奇心がなければ、非常につらいものに感じるかもしれません。ただ、新しい技術を取り込むといっても、現在使っている技術がすぐに廃れ、これまで蓄積してきた知識をすべて詰め替えるというわけではないのです。すべての応用技術は、TCP/IPの延長線上にあるため、ベースとなる技術さえ押さえていれば、後は少しずつ枝葉を伸ばしていくだけでいいのです。

 私のネットワーク分野に対する認識として、「最も変化の激しい分野ではあるが、最も基礎が揺るぎにくい分野でもある」というのがあります。インターネットがこれだけ普及して、多くの企業システムに取り入れられている現在、TCP/IPが標準技術の座を譲ることは、まずないでしょう。たとえインターネットがIPv6専用になったとしても、それは揺るぎません。IPv6も現在のTCP/IPの延長線上にある技術であるため、既存の知識がそのまま活用できます。つまり、どんな新しい技術であっても、その根底にはTCP/IPがあるのです。

いまネットワーク分野で注目の最新トピック

 プログラマにもさまざまな種類の人がいるように、ネットワークエンジニアも分類すればさまざまな種類の仕事があります。ただ冒頭で述べたように、ネットワークエンジニアは概してマルチプレーヤであることが多いため、特定の分野にフォーカスした技術者というのは存在しにくいのです。これはメリットでもあります。だがもし、本当のプロフェッショナルを目指すのであれば、「この分野なら任せておけ」という得意分野を持つべきでしょう。ここでは、そんな人のために、今後数年にわたって需要が見込まれる最新の注目分野を紹介します。

IP-VPN/広域LANによる社内ネットワーク再構築
 ネットワーク業界では、数年前からIP-VPNが一大ブームとなりました。IP-VPNとは、ISPが保有するVPN専用のネットワークを、複数のユーザーで共有するという専用線サービスのようなものです。これまで専用線やフレーム・リレー、ATMといった技術を使って構築されていた管理の煩雑な社内ネットワークを、シンプルなネットワーク形態で構築規模によっては割安になるIP-VPNを使って、システムを置き換えていこうという動きが近年の大きなトレンドになっています。

 IP-VPNを使う前提として、ルータの管理を行う必要があるのですが、その管理業務の多くはサービスを提供するISP側が行うため、管理者の負担は少なくなります。ただ、いまのIP-VPNで主流になっているMPLS+BGP-4という手法では、企業ユーザーにはあまりなじみのないBGP-4というISP向けのルーティング・プロトコルを使用する必要があります。そのほか、IP-VPNで使用する本社/全支社の各PC端末のIPアドレスをユニーク(重複しないよう)にするなど、一部でネットワークの再構築が必要になります。

 IP-VPNに続く形でデビューした広域LANは、IP-VPNがTCP/IP専用のネットワークなのに対し、イーサネットのインターフェイスを標準とすることで、事実上プロトコルの種類を選びません。メインフレームやNetWareなどの非TCP/IPデータを転送することも可能です。加えて、IP-VPNでは数Mbpsクラスのバックボーン帯域だったのが、広域イーサネットでは最大で100Mbps〜数Gbpsクラスの帯域が提供されます。

 一見メリットばかりですが、IP-VPNとは異なり、ISPから管理サービスが提供されないため、自身で管理を実施するか、システム・インテグレータ(SI)の力を借りて管理業務を代行してもらうことになります。ここがIP-VPNと大きく異なる点です。

 全国展開を行っているような大企業は、各拠点を安価で高速に結ぶ手段を手に入れたことで、さまざまなアプリケーションの可能性を探っています。技術者に求められるのは、システム再構築において必要な技術を押さえておくことと、将来使われるであろうアプリケーションの可能性について(下記の「音声/データ統合」はその最有力候補です)、あらかじめ理解を進めておくことです。

ストレージ/IPネットワーク統合
 一昔前であれば、サーバとディスクアレイのようなストレージ機器を、SCSIコネクタを使って1対1で直結するのがストレージの一般的な使い方でした。最近では、ストレージはストレージで、サーバはサーバでまとめて、専用のネットワークで管理するという手法が広がってきました。これをSAN(Storage Area Network)といいます。

 SANでは、従来のSCSIケーブルの代わりに、ファイバ・チャネルという専用の光インターフェイスを使用します。ファイバ・チャネルは高速で転送効率が高い半面、到達距離が短かったり(100km以内といわれる)、社内システムですでに広く使用されているTCP/IPネットワークとの互換性がありません。そこで最近のSANでは、ファイバ・チャネルで扱われるデータをTCP/IPネットワーク経由で転送したり(FCIP/iFCP)、ファイバ・チャネルの代わりにイーサネット+TCP/IPを転送用インターフェイスとして使用できるiSCSIが提案されたりと、TCP/IP対応の動きが激しくなっています。

 従来であれば、ストレージ技術者にはTCP/IPとは異なるスキルが要求されました。逆に、TCP/IPを深く意識する必要がなかったともいえます。もしこの分野のプロフェッショナルを目指すなら、TCP/IPに加え、ファイバ・チャネルの仕組みや、データ転送帯域、バックアップに関する問題など、これら技術について深く理解することをお勧めします。

音声/データ統合
 いま最もホットなトピックが、この音声/データ統合です。すでに構築されたTCP/IPの社内LAN上に音声データを載せて、企業内のもう1つのネットワークである社内の内線網を廃し、回線/機器の維持、管理にかかるコストを低減することが究極の目標です。

 一見単純に見えますが、音声通話は品質を維持するために、これまでのTCP/IPではあまり意識されなかったパケットの優先送出による帯域確保や、ネットワークが混雑した状態である輻輳(ふくそう)を特に意識する必要が出てきます。これらに関する技術は、ある意味ネットワーク技術というよりも電話工事技術と呼べるもので、フレーム・リレーなどの専用線網を使っていた当時から長きにわたってノウハウが蓄積されてきており、その点でTCP/IPだけをベースとした技術者には敷居が高い部分もあります。

 もう1つの大きな波は、TCP/IP上で使用されるSIP(Session Initiation Protocol)という技術です。SIPと周辺のプロトコルを組み合わせることで、TCP/IPネットワークを介した音声通話システムが実現できるようになります。SIPは音声データ以外にも、インスタント・メッセージングやビデオ映像など、さまざまな種類のメディアに対応しています。これから分かるように、SIPを使った音声/データ統合には二面性があります。1つは回線統合によるコスト削減と、もう1つはこのインフラをベースとした新しいアプリケーションの展開です。

 今後、音声/データ統合に関しては、各社から次々と新製品やサービスが発表されることになるでしょう。ぜひその動きをウオッチして、最新の波をつかんでください。

どうやってTCP/IP技術を習得するの?

 ネットワークの最新トレンドはご理解いただけたでしょうか? まだまだ話題としてはいろいろありますが、現状で企業システムに携わる、多くのネットワークエンジニアにとって身近な問題を取り上げたつもりです。

 内容をご理解いただけた方には、今後の参考にしていただければ幸いですが、もし話した内容が難しくて理解できなかったという場合でも、安心して以後の話題を読み進めてください。上記で説明したのは最新トレンドであり、木でいうところの枝葉の部分に当たります。もしこれからネットワーク技術の理解を深めていくというのであれば、まず根幹の部分に当たるTCP/IPを理解する必要があるからです。ここでは、そんなTCP/IP学習のための手引きを紹介していきます。

TCP/IPの基礎の基礎
 TCP/IP自体は非常にシンプルなアイデアです。あるネットワーク上にある2点間で互いに通信を行おうと思った場合、それに必要な決まりごとをあらかじめ用意しておくことが前提になるでしょう。手紙の例でいえば、相手を特定するために住所が必要ですし、もし距離が離れていれば、郵便のような手紙を中継する仕組みが必要となります。もし現金や小切手の同封された手紙を送るのであれば、相手に確実に届いたという証明が必要になるでしょう。急ぎの手紙や、生鮮食品を送る場合などには、速達や冷蔵車などの手配も必要になるはずです。TCP/IPが住所や郵便の基本的なシステムだとしたら、内容証明や速達はTCP/IPをサポートするプロトコルや追加仕様に当たり、この郵便を使ったダイレクト・メールや各種ビジネス・サービスはアプリケーションに当たるものになります。

 表1を見てください。上記の郵便の例と、実際のTCP/IPで使われている技術を比較してみました。実際にはなくても構わないと思われるような郵便サービスがあると感じるかもしれませんが、より確実に高品質なサービスを実現しようと思えば必要になってくるものです。また、個々のサービスは単体では成り立ちにくいものです。この郵便体系と組み合わされることで、初めて生きてくるのです。企業システムは、この郵便インフラを使ったビジネスですから、まずはTCP/IPの理解ありき、というわけです。

郵便
TCP/IP
アドレス帳 DNS
手紙/小包 IPパケット
郵便局 ルータ
不在時の再配達などの仕組み TCP
ダイレクト・メール転送 UDP
道路網 イーサネット
速達/日時指定 QoS
バイク便 専用線
社内メール便 VLAN
内容証明/そのほか VPN
配達状況の確認 SNMP
表1 郵便システムとTCP/IP技術の例

まずはTCP/IP+イーサネット、次に応用分野
 TCP/IPで必ず押さえておくべきポイントは、次の4点です。

  • TCP/IPの通信の仕組み(IPアドレス、TCP/UDP、データ中継)
  • TCP/IPの下で動作するデータリンク層の仕組み(特にイーサネット)
  • なぜOSIなどの階層が必要になるか? その相互関係
  • TCP/IP関連技術との関連(DNS、RIP、HTTPなど)

 ここまではTCP/IPの基本です。基本的な通信の仕組みをマスターしたら、次にHTTPやSNMPなどのアプリケーション・プロトコルや、インターネットなどの巨大なネットワークを維持するために利用されているDNSやルーティング・プロトコルなどの、いわゆる応用分野の理解を深めていきます。そしてこれら基礎ができたうえで、冒頭の最新トレンドで解説したそれぞれ分野の学習を進めていくことになります(図1)。

図1 学習のためのフローチャート。基礎→応用→各分野という流れを作ろう

マスタリングTCP/IP 入門編 第3版

竹下隆史、村山公保、荒井透、苅田幸雄共著
オーム社 2002年
ISBN4-274-06453-0
2200円(税別)

 個人的な意見ですが、ここでお勧めの書籍を紹介しておきます。@ITの書評コーナーでも何度か取り上げていますが、『マスタリングTCP/IP 入門編 第3版』というのがそれです。この書籍はインターネット普及前の1990年代前半に登場して以後、ネットワーク技術者のバイブル的存在として注目を集めています。ネットワークは変化の激しい分野ですから、一般には数年が経過した書籍は役に立たないものなのですが、本書は第3版という形で最新のアップデートを行うことで、その問題を回避しています。解説が分かりやすいだけでなく、ポイントが非常に的確にまとめられているため、これからTCP/IPを学習しようという人であれば、まず本書を購入されることをお勧めします。

 本書には、ほかにMPLS編などの応用版が用意されていますが、まずは本書で基礎を固めることを重視してください。そのうえで、次のステップとなる最適な本を選ぶことで、よりスムーズに学習が進められるでしょう。

 今回は、ネットワーク技術の現状と、TCP/IP理解のための基本的な指針を紹介しました。別の機会に、TCP/IP技術習得のためのより具体的な手法や、分野別にマスターしておくべき技術を解説したいと考えています。



@自分戦略研究所のネットワーク関連記事一覧
ネットワークエンジニアのプロになる条件とは
重要な役割はすべての基盤を支えること
いまネットワークで求められる技術とは
企業の基盤を支えるのがネットワークエンジニアの役割
シスコの新しいセキュリティ資格、CCSPとは何か?
ネットワークエンジニア、CCNAを目指せ!

@自分戦略研究所のネットワークに関連したサービス
ITトレメで資格試験の腕試しをしてみる
ラーニングカレンダーでネットワーク関連の講習を探す
自分戦略研究所、フォーラム化のお知らせ

@IT自分戦略研究所は2014年2月、@ITのフォーラムになりました。

現在ご覧いただいている記事は、既掲載記事をアーカイブ化したものです。新着記事は、 新しくなったトップページよりご覧ください。

これからも、@IT自分戦略研究所をよろしくお願いいたします。