第14回 私生活を犠牲にしなければ、成功できないの?
アデコ
高野和幸
2008/4/3
■「どちらか」ではなく「何が大切か」
「ひとまず、『仕事と私生活のどちらをあきらめるか』という選択方法はやめましょうね」
これまでのエピソードをひと通り聞いたところで、私は松下さんにそうお願いしました。松下さんが「仕事と私生活は両立できない」という前提で決断をしようとしていることに違和感を覚えたためです。
松下さんが「何を大切にしたい」と考えているのかも、その時点でははっきり見えませんでした。そこで私は松下さんに、仕事や生活という範囲の広いものではなく、大切にしたいものに関する具体的なキーワードをピックアップしてもらうことにしました。
松下さんは、技術を磨いて成長できること、それにより評価を得られ、周囲から認められることにとても大きな喜びを感じていると話してくれました。そして、いまの環境に「長時間働かないと評価を得られないのでは」という不安を持っていたことに気が付きました。そして、残業しなくても成果をきちんと評価してくれる企業であれば、自分が大切にしたいものを守れるのではないかとの結論に至ったのです。
「そんな会社があるのでしょうか?」といぶかしむ松下さんでしたが、残業がまったくない企業を探すのは難しいものの、勤務時間の管理を徹底している企業や、働く時間を自分でコントロールできる企業は存在することを説明したところ、ようやく落ち着きを取り戻してくれました。
「結婚や出産、育児を経験したいという思いは変わらないけれど、仕事をしないとか、キャリアアップが望めない働き方をするという選択では、きっと満足できないと思います」。松下さんはそう話してくれました。まだプロポーズもされていないのに先回りして1人で心配をしていることを笑いながら、「もし2人の間で結婚が話題になったときには、自分が大切にしたいものについてきちんと話したいです」とも。
松下さんのテーマが、「仕事と私生活のどちらを取るか」から、「より良い環境を得るための転職」にシフトしました。
■大切なものを、大切にするために
こうして松下さんの転職活動はスタートし、応募する企業の選択に入りました。初めのうち、私は比較的勤務時間の短い、ユーザー企業のIT部門のポジションを提案していました。しかし松下さんは、「勤務時間を短くすること」よりも「開発スキルを磨けるシステム開発会社にいながら、勤務時間をコントロールすること」を重視した選択をしたのです。
「意外です」と伝えたところ、「大切にしたいものがクリアになって、考え方が変わったのです。やりたい仕事を中心にして、周囲の人にも協力してもらいながら、確保できる時間の中でめいっぱい私生活の質を向上させようと思うようになりました」と話してくれました。
もともとITエンジニアとして豊富な知識と経験を持っていた松下さん。応募企業からの反応も上々で、苦手だと漏らしていた面接でも、すっかり肝がすわったのか落ち着いた対応が評価され、複数の内定を得ることができました。その中から、大企業向けのソフトウェア製品の開発・販売をメイン業務とし、裁量労働制が導入されているため勤務時間をコントロールできる企業を選び、入社を決めたのです。
退職の進め方を電話でアドバイスしていたとき、松下さんは「実は最初に面談に伺ったとき、残業がまったくない業種にキャリアチェンジするか、派遣社員として働くかを相談しようとしていたのです」と教えてくれました。1つの考えに縛られてしまうことが、キャリアプランだけではなくライフプランにも大きな影響を与えるのだと、強く思い知らされた瞬間でした。
■「二者択一」は本当に有効か
今回のケースからも、ITエンジニアとしてキャリアアップを目指しながら充実した私生活を送ることは不可能ではないことが分かると思います。
さらにいえば、こうした二者択一は決して妥当なものではありません。選択肢は、もっと幅広く用意されているのです。
松下さんが「長時間働くことが重要」だと考えたままだったら、私生活とのバランスを取ることは難しかったかもしれません。「成長すること、周囲から認められること」を大切にしたいと気付いたからこそ、工夫によって私生活とのバランスを取ることが十分に可能であると確信できたのだと思います。
自分にとって何が大切なのかをしっかりと整理しておくことで、二者択一の呪縛から逃れ、最もフィットするキャリアプランをデザインすることができるようになるのです。
キャリアの先行きを考えたとき、ちょっとした行き詰まりを感じたときは、自分にとって何が大切なのか、二者択一のわなにはまっていないかを考えてみてください!
今回のインデックス |
26歳女性エンジニアの悩み。仕事か? 私生活か? |
何を大切にしたいのかを考えてみると |
筆者プロフィール |
アデコ 人材紹介サービス部 コンサルタント 高野和幸 1974年埼玉県生まれ。大学卒業後、テレビゲーム雑誌、パソコン雑誌の編集・ライターを経て、2001年アデコに入社。スーパーバイザーとして、通信キャリアや大手航空会社のユーザー系システム開発企業にて派遣スタッフの管理を担当し、厚い信頼を得る。現在はキャリアコンサルタントとして、IT関連職種を中心に転職希望者のサポートを行っている。日本産業カウンセラー協会認定 産業カウンセラーおよびキャリアコンサルタント資格取得。 |
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