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最終回 オープンイノベーション時代における勉強会の価値

よしおかひろたか
2009/7/7

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勉強会とオープンイノベーションの親和性

 かつて、垂直統合時代は大手ハードウェアベンダによって技術革新が行われていた。ハードウェアベンダは「自社(うち)の技術」に固執した。それがやがて水平分散時代になり、自社のコアコンピテンシ以外のイノベーションを積極的に外に求めるという戦略になった。これを「オープンイノベーション戦略」という。ちなみに前者をクローズイノベーションあるいはNIH症候群(Not Invented Here Syndrome)と呼ぶ。

 オープンソースソフトウェアの開発はオープンイノベーションの事例と考えることができる。

 IT系勉強会の場合、こうした図式と関連して顕著な特徴が存在する。すなわち、プロプライエタリな技術の勉強会は成立しづらく、オープンソース系の技術は勉強会と非常に相性がいい、ということだ。

 プロプライエタリな技術の場合、その心臓部は各企業が持っているわけだから、その技術を勉強したかったら、その技術を持っている会社のセミナーや教育コースに頼らざるを得ない。自主的な勉強会はなくはないが、プロプライエタリな技術を持つ当該企業以外は正確な情報を持たないので、突っ込んだ議論をするような勉強会には向かない。

 例えばOracleを勉強したければ、Oracle社が発行するマニュアルを読み、Oracle社のサポートに問い合わせるしかない。自社内にOracleに詳しい人がいたとしても、最後はOracle社に聞くしかない。どうしても情報の非対称性が存在する(ベンダがすべての情報を持つという意味で)。

 オープンソースの時代になって、すべての情報が公開された。Linuxのソースコードは開放されている。PostgreSQLもMySQLもGCCもGDBも、ユーザーが好むと好まざるとにかかわらず、そこに情報がある。ソースコードを読もうが読むまいが、そこに情報がある。

 YLUGの「カーネル読書会」が1999年から活動をしているのは、そのような時代的背景による偶然であり、同時に必然であるような気がする。

 高度に専門的なコミュニティが自主的な勉強会を開催できるのは、オープンソースの隆盛と無関係ではあり得ない。単なるユーザー会で利用のTipsやノウハウを交換するだけではなく、どんどん専門性を高めていくというパスがオープンソースのコミュニティには存在している。

新しい価値創造エンジンとしての勉強会という方法論

 クローズイノベーションの時代は情報の非対称性があったため、ベンダが提供する教育プログラムを受講者が聞く、という形式が情報入手に最良の方法だった。

 ところが、オープンイノベーションの時代の知識獲得方法は、公開されている情報を基に、自らが自発的、能動的に行うのが原則だ。勉強会は、そのような時代に自学自習するシステムとして極めて有効である。

 情報の発信者には情報が集まる。オープンソースソフトウェアの開発者は、ソースコードをインターネットに公開し、積極的に情報を発信し、利用者がある一定数を超えると多くのフィードバックが得られることを経験上理解している。情報が欲しければ自ら情報を発信する、という方法論である。

 勉強会主催者も、勉強会を開催すると、多くの情報が集まることを経験上知っている。自分が勉強したいことがあって、それに特化した勉強会がないのなら、自ら手を挙げて勉強会を作ってしまう。それは一見すると大変なコストを払っているように見えるが、実はそれ以上に大きな収穫を得られる、ということを経験上知っている。

 オープンソースソフトウェアは、ソースコードを公開し、誰でも変更、修正、再配布可能にすることによって、持続可能なイノベーションが成立することを示した。価値創造エンジンとして、オープンソースソフトウェアは、クローズイノベーションとは対極にある、極めて効率的な方法論だ。

 オープンソースソフトウェアの場合、そのコミュニティにどれだけ貢献したかということで影響力を持つ。たくさんパッチを提供した人は、そうでない人よりも影響力や発言力が大きい。影響力を持ちたければ重要な貢献をするしかない。通常は、プロジェクトの創設者が最も多大な貢献をしているので、最も大きな影響力を持つ。これを「優しい独裁者モデル」と呼ぶ。

 勉強会の場合も、勉強会主催者(事務局)が最も多くの貢献をしているので、主催者が「優しい独裁者」といえる。発表者はパッチを書く人、参加者はユーザーという位置付けだ。

 今回、勉強会カンファレンスを主催してあらためて気が付いたことがある。明確なロードマップや仕様書がなくても、モチベーションの高い自律的な人が集まると、自然とうまく回るということだ。オープンソースプロジェクトと同様のことが勉強会でも発生するのである。

 運営において、自分ができることを自己申告し、どんどん手を挙げ、手を動かす。情報はメーリングリストで共有しているので、何か足りないことがあれば、それをできる誰かが手を挙げる。「司会やります」「前説やります」「受付やります」と、どんどん手を挙げる人たちがメーリングリスト上に現れた。このようなオープンな方法論を自分の力にしている人たちは、勉強会を運営することによって経験を積み、その力を磨いてきた。

 勉強会をコミュニティマネジメントの観点から考えれば、勉強会主催者(事務局)は優しい独裁者になるための実地訓練を行っている人だといえる。そのようなことを意識しているわけではないが、結果として、ボランティア活動におけるリーダーシップの在り方を実践している。

 オープンイノベーションを価値創造エンジンとしてとらえると、勉強会主催者のような人たちを必要としていて、そのようなタイプのリーダーシップが最も貴重な資源であることは間違いない。

 わたしは、勉強会がオープンイノベーション時代の方法論と極めて相性がいいことに気が付いた。勉強会カンファレンスを勉強会の達人たちと一緒に開催してみて、この人たちが時代を切り開いていくのだろう、という予感を持った。

キャズムを越えるために

 勉強会という方法論をわれわれが発見した以上、勉強会という方法論は続く。誰かの勉強会は誰かのモチベーションがなくなったら終わるかもしれないが、勉強会という方法論そのものがなくなることは考えにくい。誰かにとって必要な勉強会は、誰かが開催するだろう。その誰かが誰であるかは分からないが、勉強会を開催するメリットがある以上、誰かが開催するだろう。

 勉強会が生み出す価値をより多くの人たちに知ってもらうために、地道なマーケティング活動はますます必要となっている。勉強会勉強会によってマーケティング活動の方法論を共有していきたいと思っている。

筆者プロフィール
吉岡弘隆(よしおかひろたか)

2000年6月、ミラクル・リナックスの創業に参加。1995年から1998年にかけて、米国OracleにてOracle RDBMSの開発を行う。1998年にNetscapeのソースコード公開(Mozilla)に衝撃を受け、オープンソースの世界に飛び込み、ついには会社も立ち上げてしまう。2008年6月、取締役CTOを退任し、一プログラマとなった。2009年3月より独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)研究員(ミラクル・リナックスより出向)。

所属
独立行政法人 情報処理推進機構
U-20プログラミング・コンテスト委員
セキュリティ&プログラミングキャンプ、プログラミングコース主査
カーネル読書会主宰

Webサイト
ブログ:ユメのチカラ
日記:未来のいつか/hyoshiokの日記

著書
Debug Hacks デバッグを極めるテクニック&ツール
(共著、2009年4月、オライリージャパン)

 

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