第6回 伝統的なマッキントッシュプログラマ
脇英世
2009/5/19
優秀な人材も簡単に集まった。ハイパースクリプトのダン・ウイクラー、クイックタイムのブルース・リーク、Mac OSのフィル・ゴールドマン、マッキントッシュのアイコンのデザインをしたスーザン・ケア、マッキントッシュのマーケティング担当だったジョアンナ・ホフマン、ジョン・スカリーの広報担当のジェーン・アンダーソンらがジェネラル・マジックに集まってきた。
ジェネラル・マジックの基本思想はX.400とポストスクリプトに通じていたジム・ホワイトが出した。X.400ではエージェントという概念が基本になっている。ジム・ホワイトはこの概念を持ち込んだ。さらにプリンタ相手のポストスクリプトをネットワークに拡張してテレスクリプトの概念を作った。これに通信用OSであるマジックキャップが加わればジェネラル・マジックの思想は完成する。キャップ(Cap)というのはCommunicating Applications Platformの略である。
すべてがかなり安直に進行した。しかし情報の公開の度合いが低く、何が行われているか、なかなか分からなかった。情報が公開され始めたのは、最近になってアナリストが、「ジェネラル・マジックに残されているのは破産宣告だけだ」というようになってからである。最近、ジェネラル・マジックは極めてオープンな姿勢に転じ、インターネット経由ですべてを公開している。プリンタのトナーがなくなるのを恐れず、公開されている文書を片っ端から印刷して読んでみると何が悪かったかが分かる。
例えば、テレスクリプトのマニュアルは33章ある。前半の章は比較的厚く、印刷すると1000ページを超すかもしれないと心配になるのだが、13章あたりからはお粗末で、1章1ページになる。その後多少持ち直すが、挽回できない。つまり概論部分は壮大なのだが、細部の詰めが甘い。これがジェネラル・マジックの尻切れトンボスタイルを象徴的に表している。
ジェネラル・マジックにとって不幸だったのは、PDAやPICの普及を狙うあまり、低水準の技術に妥協し過ぎたことだ。例えば当然のことだが、低解像度の液晶ディスプレイでは画期的なGUIの実現はできない。不可能なことでもジェネラル・マジックの優秀な技術なら可能としたところにおごりがあり、無理もあった。
さらにすべてがうまくいき過ぎたことがジェネラル・マジックから緊張感をそいだ。マッキントッシュの開発に際しては週90時間以上の開発作業もいとわなかったアンディ・ハーツフェルドとビル・アトキンソンだったが、アンディ・ハーツフェルドは息子の教育と新邸宅の建築に多くの時間を割くようになった。ビル・アトキンソンも2人の娘との家庭的な生活に多くの時間を割くようになった。マッキントッシュの開発のときと違って、ジェネラル・マジックでの生活はより人間的ではあったが、緊張感と集中力に欠けた部分があった。従って開発は緩慢になり、スケジュールは遅延することになった。これでは本人たちも認めるとおり良い製品はできない。
それでも1995年2月10日ジェネラル・マジックが株式を公開すると、株価は売り出し価格の14ドルから一挙に32ドルまで跳ね上がった。しかし、それもつかの間、2週間で16ドルに下げ2カ月後には12ドルまで下げた。株価はこの後ひたすら下げ続ける。
1994年9月からテレスクリプト・エージェント技術を使ってソニーのマジックリンクやモトローラのエンボイで通信できる、AT&Tのパーソナル・リンクサービスも1996年7月11日に中止になった。
ジェネラル・マジックの業績は急速に悪化し、1996年9月18日、会長でCEOのマーク・ポラックと社長のロバート・ケルシュは辞職に追い込まれた。代わりに前ノベル副社長のスティーブ・マークマンが会長兼CEO兼社長になった。プロプライエタリなアーキテクチャのテレスクリプトを放棄し、インターネットへ路線変更した。1996年10月30日ジェネラル・マジックは30%の人員整理を断行した。
アンディ・ハーツフェルドの持ち株は7%であり、マーク・ポラックの10%は別としても、アップルの10%、ソニーの7%、AT&Tの6%、モトローラの7%に比べてかなり大きい。アンディ・ハーツフェルドはどうなるのだろうか。しかし彼はマッキントッシュがある限り消え去ることはない。
■補足
アンディ・ハーツフェルドは2000年2月、マイク・ポイチとともにイーゼルという会社をつくった。イーゼルの目的はLinuxのGUIのGNOMEを、できればなるべくキーボードを使わずにすむように、もっと使いやすく改良することであった。アンディ・ハーツフェルドの得意なPDA向けを狙ったものと思われる。だが資金はあっというまに尽きてしまい、2001年5月15日、イーゼルは活動を停止した。
本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。 |
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