自分戦略研究所 | 自分戦略研究室 | キャリア実現研究室 | スキル創造研究室 | コミュニティ活動支援室 | エンジニアライフ | ITトレメ | 転職サーチ | 派遣Plus |

IT業界の冒険者たち

第6回 伝統的なマッキントッシュプログラマ

脇英世
2009/5/19

第5回1 2次のページ

本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、IT業界を切り開いた117人の先駆者たちの姿を紹介します。普段は触れる機会の少ないIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

アンディ・ハーツフェルド(Andy Hertzfeld)――
元アップル社員、ジェネラル・マジック創業者

 アンディ・ハーツフェルドは、1975年6月ブラウン大学のコンピュータ科学科を卒業し、カリフォルニア州立大学バークレー校の大学院に進んだ。ハーツフェルドはWCC(ウェスト・コースト・コンピュータ・フェア)で展示されたアップルII に出合い天啓を受けた。ハーツフェルドは1978年1月(時期については諸説がある)、アップルII を購入する。これが彼の人生を変えた。ハーツフェルドはアップルII の周辺機器用ソフトウェアを書いていたが、それがこうじて、ついに1979年8月、従業員番号8番としてアップルで働くことになる。その初期には、サイレント型のプリンタやカードリーダなどアップルII 用の周辺機器を開発した。

 ジョン・スカリーは、アンディ・ハーツフェルドに最初に会ったときの印象を次のように語っている。

 「(スカリーのためのデモ・プログラムが成功すると)アンディは興奮の極みで空中で手を振りまわした。彼は(『不思議の国のアリス』に出てくる)チェシャ猫のようにニコリと笑った。これまでこれほど機械に有頂天になる人間には誰にも会ったことはなかった」(ジョン・スカリー著『オデッセイ―ペプシからアップルへ』(邦題『スカリー』)より)

 外見は、エンジニアによくある眼鏡をかけて背が低くてずんぐりした人である。

 アンディ・ハーツフェルドは、スティーブ・ジョブズに強引に引き抜かれてマッキントッシュ開発チームの主要メンバーになる。このときの話が面白い。ハーツフェルドは進行中の仕事を完成させるために、せめて数日くださいと懇願したらしいが、スティーブ・ジョブズはハーツフェルドのアップルII の電源コードを引き抜き、そのまま持っていってしまった。慌てたハーツフェルドはジョブズを追ったが、駐車場に着いたジョブズはハーツフェルドのアップルII を自動車のトランクに放り込み、当惑するハーツフェルドをそのままマッキントッシュ開発チームの建物に連れていってしまった。

 ハーツフェルドはこうしてマッキントッシュの開発チームに参加し、ビッグマックとフルーツジュースを主食とし、マッキントッシュのユーザー・インターフェイス・ツールボックスやコントロール・パネルやスクラップボックスなどを設計した。

 マッキントッシュには相当ほれ込み、打ち込んだ。こう語ったと伝えられる。

 「マッキントッシュは僕自身が欲しい製品です」(前出『オデッセイ―ペプシからアップルへ』より)

 ハーツフェルドは新しいことは好きだが、地道な詰めは苦手なタイプらしい。マッキントッシュが完成すると、1984年3月にはアップルを去って1人になる。低価格スキャナのサンダースキャンを開発し、スイッチャやクイックドローを開発した。

 1985年9月、スティーブ・ジョブズがジョン・スカリーによってアップルを追放される。ハーツフェルドはこういっている。

 「アップルはスティーブを失ったことから決して立ち直れなかった。スティーブはアップルのハートでソウルだったんだ。(スティーブを追放した)あの後のアップルはまるで違う。アップルはアップルのソウルを失ったんだ」

 1986年アンディ・ハーツフェルドはラディウスの創立者の1人となり、ラディウスのフルページディスプレイ、アクセラレータなどの製品を開発した。ハーツフェルドはスティーブ・ジョブズにNeXTに誘われたらしいが断っている。しかし、1990年ポケット・クリスタルを実行しようというマーク・ポラックの誘いには乗った。5月に、ポケット・クリスタル計画はジェネラル・マジック社の設立として結実した。マーク・ポラックが会長かつCEOに就任した。アンディ・ハーツフェルドは、ジェネラル・マジックの創立者の1人に名を連ねた。マーク・ポラックは「銀の舌を持つ男」といわれる。際立って話がうまい。しかし、スティーブン・レビーが伝えるハーツフェルドのポラック評は厳しい。

 「正直にいえば、もともと(ポケット・クリスタル)計画の最も興奮する点は、ビル(・アトキンソン)と一緒に働けるチャンスがあったってことだ。マーク(・ポラック)は大変聡明で創造的で明せきだと思うけれど、でも彼は……、分かるだろう、天才じゃないんだ。彼は大げさだし、商売上手だよね」

 ジェネラル・マジックという会社名は、SF作家のアーサー・C・クラークの言葉「最高の新技術はマジックと異なるところがない」から出ている。ジェネラル・マジックの滑り出しは快調だった。黒いタートルネックのセーターに身を包んだ弁舌の天才マーク・ポラック、ハイパーカードの発明者ビル・アトキンソン、伝説的なマッキントッシュプログラマであるアンディ・ハーツフェルドがそろえば話は簡単だった。自己資金でなく他人のお金でリスク分散できるということで、アップルは10%の出資をして権利を確保した。バブル経済最後のときでありソニーはいとも簡単に金を出した。モトローラもこれに続いた。あとは時間の問題で、芋づる式にAT&T、フィリップス、松下電器産業(現パナソニック)、フランス・テレコム、NTTが続いた。提携戦略が大流行の時期だったのである。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

第5回1 2次のページ


» @IT自分戦略研究所 トップページへ

IT業界の冒険者たち バックナンバー

自分戦略研究所、フォーラム化のお知らせ

@IT自分戦略研究所は2014年2月、@ITのフォーラムになりました。

現在ご覧いただいている記事は、既掲載記事をアーカイブ化したものです。新着記事は、 新しくなったトップページよりご覧ください。

これからも、@IT自分戦略研究所をよろしくお願いいたします。