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IT業界の冒険者たち

第7回 墜ちた予言者

脇英世
2009/5/20

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 当時、家庭用ゲームハードウェア業界ではコモドールとアタリが低価格化戦争を繰り広げていた。また日本勢が橋頭保を築いて上陸を果たし、着々と地盤を固めつつあった。1993年夏、アタリが64ビットゲームマシンであるアタリ・ジャガーを出した。これは699ドルと高価であった。そんな中で3DOと松下電器のゲームマシンは、このアタリ・ジャガーに挑戦する形で世に出、アタリの進撃を阻止することができた。しかし、700ドルという高価格では、3DOと松下電器のゲームマシンも売れなかった。1994年初頭、3DOは5000万ドルの赤字を出した。

 アタリのアタリ・ジャガーはひたすら値下げ戦術で対抗する。699ドルから次第に下げて、最後は150ドルまで下げた。3DOと松下電器のゲーム機は700ドルから400ドルまで下げたが、猛烈な出血となった。任天堂とセガは手持ちの32ビット、64ビットマシンがなく将来の開発を約束するベーパーマシン戦術で3DOと松下電器の進撃に抵抗した。こうした中で1994年4月、コモドールが破産した。アタリと並ぶゲームの名門が1つ消えたのである。

 1995年、セガサターンが399ドルで登場し、ソニーのプレイステーションが299ドルで登場すると、3DOはもう抗し切れなくなった。AT&Tはさっさと手持ちの3DO株式を全部売却して3DOとの提携から手を引いた。AT&Tは1994年ごろから自社のマルチメディア戦略の誤りに気が付いていたようだ。

 3DOと松下電器のゲームマシンは、低速すぎたし、開発ツールもなく、通信機能もなかった。しかし何といっても価格設定に失敗した。700ドルは高すぎた。150ドルがよいところだ。

 例えば1996年、ソニーのプレイステーションは199ドル、ニンテンドウ64が250ドル、アタリは149ドルと低価格化を推し進めた。アタリはこの年日本勢の猛攻をかわしきれず消滅した。1997年にはさらにソニープレイステーションが149ドル、セガサターンは199ドルとなり、ゲームマシンの適切な価格帯は150ドル程度であることを立証した。

 3DOはゲーム用ハードウェアからの撤退を決め、1995年12月、次世代64ビットのM2技術を松下電器に1億ドルで売り、ハードウェアビジネスを三星に2000万ドルで売って撤退を順調に進めた。いまでも3DOは存在し、株価も付いている。しかし歴史の脚注にしか残らないだろうといわれている。

 トリップ・ホーキンスは予言者だといわれていた。機智に富んだ威勢のよい発言がたくさん残っているが、いまとなっては風化してしまい、どうしてもてはやされたのか分かりにくい。その程度のものだったかとも思ったりする。また1992年の3DOの提携戦略も熱病のようなもので、どうして事業計画もあやふやな3DOに大メーカーが乗ったのか分からない。同時期のジェネラル・マジック、カライダ、タリジェント、ゴーコーポレーションなどの提携戦略も常識的には考えられないことだ。極めて思い付き的な事業が多い。しかし、それはすべて後知恵である。

 ビル・ゲイツがいったことがあるが、コンピュータ業界で2つの分野で成功を収めることは難しい。トリップ・ホーキンスは30代にゲームソフトウェアの分野で成功し、40代にゲームハードウェアの分野で失敗した。やはり2つの分野で成功を収めることは難しいのである。あまり若いうちに成功しすぎるのも考えものだ。

 1998年5月、3DOはすべてのコンソール技術ライセンシー、つまりゲームマシンのライセンシー業務から手を引き、ゲームソフトの出版にだけ注力することを発表した。これで3DOは、一応息をつけるだろうが、エレクトロニック・アーツ社との位置付けの問題が浮上してくる。

補足

 3DOの株価は一時持ち直したが、やはり右肩下がりに下降している。1ドルを切って危険ラインに入ってきている。しかしトリップ・ホーキンスは会長と最高経営責任者の地位を守り続けている。トリップ・ホーキンスはスポーツ好きである。特に野球が好きなようだ。また山登りも好きなようで、これまでにマッターホルン、キリマンジャロなど数々の名峰を制覇した。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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