第14回 シスコを巨大企業にした男
脇英世
2009/6/3
少々余談になるが、シスコがクレシェンドを買収する1カ月前の1993年8月に、わたしはインターロップとネットワールドを視察するため、サンフランシスコを訪れていた。マーケット通りを越え、南のモスコーニセンターに歩いて行くのは正直いって不安だったが、当日は安全で、意外にも昔からのネットワーク業界の知人に大勢会えて楽しいときを過ごせた。その足でシスコの視察に行ったのだが、長い長い説明をするタフな人物からの説明を受け、疲弊したことを覚えている。それからスタンフォード大学を訪れ、ネットワークセンターを視察した。そこで日本のメーカーから駐在している人物に、来週シスコがクレシェンドを買収する話を初めて聞かされ、驚いたのだった。
わたしの記憶違いや誤解があると申し訳ないので、その人物の名前は伏せるが、当時シスコがクレシェンドを買収する目的はファイバーケーブルに代えてカッパーケーブルを使える技術を持っているためだと聞かされたように思う。しかし、現在利用できる資料で見る限り、クレシェンドを買収した目的はLANスイッチにおける技術の獲得にあったようだ。ともかくわたしが帰国した1993年9月、シスコはクレシェンド・コミュニケーションズを8900万ドルで買収した。当時クレシェンドの売り上げは年間1000万ドル程度しかなかったので、シスコは激しく批判された。しかし、この買収は始まりにすぎなかった。
翌年の1994年、シスコはニューポート・システムズ・ソリューションズ、カルパナ、ライトストリームの3社を買収した。ライトストリームの買収はATM分野を強化するためである。さらに1995年には、ノベルのネットウェアとインターネット接続を行うためにインターネット・ジャンクションを買収している。この年には、コンビネット、グランド・ジャンクション・ネットワークス、ニューヨーク・トランスレーションといった3社も立て続けに買収した。
勢いに乗ったシスコは、1996年に45億ドルでストラタコムを手に入れた。これは、ATM分野を強化するためとはいえ、高い買い物と批判された。このほかにも、ネットワークソフトウェア分野を強化するためにTGVソフトウェアを、デジタルモデム分野を発展させるべくテレビット、MICAテクノロジーズを買収している。さらに、ナショーバ・ネットワークスやグラナイト・システムズ、ネットシス・テクノロジーズ、メタプレックスも同じ年に買収した。ちなみにグラナイト・システムズは、サン・マイクロシステムズの創立者の1人アンデイ・ベクトルシャイム(Andy Bechtolsheim)の会社である。
1997年には、インターネットセキュリティ分野に注力するためにグローバル・インターネット・ソフトウェア・グループを、ブロードバンドネットワーク分野を補強するためにダガズを買収したほか、テレセンド、スカイストーン・システムズ、アーデント・コミュニケーション、ライトスピード・インターナショナルという合計6社を買収した。
買収のスピードは1998年になっても衰えず、デジタル加入者線製品分野のネットスピード、ビデオ伝送ソフトウェア分野のプリセプト・ソフトウェア、ネットワークセットトップボックスとケーブルモデム分野のアメリカン・インターネットを買収した以外にも、合計9社を取り込んでいる。そのほかの6社は、フィールグループ、クラスデータ・システムズ、スンマ・フォア、クラリティ・ワイヤレス、セルシウス・システムズ、パイプリンクだ。
そして1999年、シスコは既に13社もの企業を買収している。カタカナをこれ以上列挙するのは申し訳ないので割愛するが、ともかく怒涛のような、すさまじい買収劇を演じてきたことがお分かりいただけたかと思う。
7年間の買収戦略を通じて、シスコは極めて巨大な会社に成長し、株価も非常に上昇した。シスコはシリコンバレーの優良企業という神話さえつくり出している。しかし、現在シスコに求められているのは、買収戦略に代わる新しい戦略論である。これまでシスコが採ってきた戦略論はルーセント・テクノロジーズ、ノーザン・テレコム、シーメンスAGのような電話系大企業との競争には通用しない。これらに対して、ジョン・チェンバースがどのように対処していくのだろうか。今後が楽しみである。
本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。 |
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