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IT業界の冒険者たち

第18回 バスケットボールのコーチから通信帝国の王へ

脇英世
2009/6/9

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 ベルナルド・エバースの戦略の基本は、徹底して戦闘的な買収である。1985年から1990年代前半にかけて、長距離電話回線の中小の再販会社を40社買収した。まるで「国盗り物語」である。とはいえ、すぐにミシシッピ州から外へ出られたわけではなく、ミシシッピ州を制覇して北のテネシー州に進出できたのは1989年である。さらに西のテキサス州への進出は1990年になる。翌年の1991年には東のフロリダ州に進出し、大平原を西進してカリフォルニアへ向かった。

 ベルナルド・エバースの当時のビジネスのやり方は、バスケットボールコーチのやり方そのものだったという。「大きいことは良いことだ」を信条にして、ひたすら買いまくったのである。資金を提供する銀行も、何となく雰囲気にのまれてしまったらしい。

 1990年代に入ると、ベルナルド・エバースの買収の目標に変化が出始める。次第に大きい会社を狙い始めるのである。1992年にATC(アドバンスド・テレコミュニケーションズ・コーポレーション)を8億5000万ドルで買収したのに端を発し、1993年にはMCC(メトロディア・コミュニケーションズ・コーポレーション)を12億5000万ドルで、1994年にはIDBを9億3600万ドルで買収した。その勢いはとどまるところを知らず、1995年にはWilTel(ウィリアムズ・テレコミュニケーションズ・グループ)を25億ドルで買収し、1996年にはMFSコミュニケーションズとUUNetテクノロジーズを120億ドルで買収した。そして1998年には、MCIコミュニケーションズ、コンピュサーブ、ANS(アドバンスド・ネットワーク・サービス)などを1600億ドルで買収した。MCIの買収額は370億ドルであったという。まさに息もつかせぬ買収劇で、よくもそれだけの額を集めきれるものだと感心する。資金調達のうまさは天才的といえよう。在来型の堅実な企業経営というよりは、企業買収を中心に据えている。MCIの買収によって、ワールドコムはAT&Tに次ぐ全米第2位の電話会社に躍進した。

 この間に出来上がったワールドコム帝国は多面性を持つ。ワールドコムは長距離回線に加えて地方電話会社を持っている。これは「1996年の通信法」のおかげだ。これにより、地方電話会社が長距離回線業務に進出することが可能になったのである。ワールドコムは全米の主要都市の80%に地方電話会社を持っている。

 MFSを買収したことにより、ワールドコムはローカルな光ファイバ専用線ネットワークを手に入れた。さらにUUNetを手に入れたことにより、世界最大のインターネット・サービス・プロバイダにもなった。現在では、米国、カナダ、欧州、アジアに拠点を持っている。コンピュサーブを手に入れたベルナルド・エバースは、さっさと顧客を切り捨てて、AOL(アメリカ・オンライン)に引き渡し、手元にハードウェアだけを残した。この人はあくまでハードウェアを信仰しているのである。

 またワールドコムは欧州において、非欧州系企業で唯一の回線業者になっている。EUは外国の回線業者に市場を開放したものの、本音ではAT&Tのような強大な会社には参入してほしくないと思っていた。ワールドコムは知名度も低く実力も未知数でEUにとっては都合が良かった。そこでワールドコムは国際電話会社にもなれたのである。

 ワールドコムの成長率は異常なほどに高い。3カ月で30%という説もあり、これは早すぎる。できるものならスローダウンして健全な成長率にしなければならない。しかし、それは難しいだろう。成長率が落ちようものなら、たちまち業績不振とたたかれかねない。結局は、大型買収を続けることになる。1999年にワールドコムの買収目標として騒がれているのは、昔ロス・ペローで有名になったコンピュータ・エンジニアの派遣会社であるEDSや、全米第3位の電話会社であるスプリントである。しかし、これらの会社の買収には数兆円かかるのでリスクも大きいだろう。また、司法省やFCC(連邦通信委員会:Federal Communications Commission)にとって、独占禁止法訴訟の標的になりやすい。

 別の手段はワイヤレス分野への進出であるが、これも容易ではない。ワールドコムは技術指向の会社ではないからである。そういう意味ではジョン・マローンのケーブルテレビ帝国のTCIによく似ている。ワールドコムの将来を占うにはTCIの軌跡を見ればいいかもしれない。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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