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IT業界の冒険者たち

第28回 Linuxの創成期に活躍した男

脇英世
2009/6/25

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 さて、アダム・リヒターが設立したイグドラシル・コンピューティング・インコーポレイテッドに話を戻そう。同社の代表的な製品は、次の4つである。緑色の表紙に天地創造の絵が印刷されていることで有名だ。

  • Linuxバイブル

  • Linuxインターネット・アーカイブ

  • プラグ&プレイLinux

  • Linuxインストレーション&ビヨンド

 4つの製品のうち、最初の2つが重要である。まず、『Linuxバイブル』は非常に便利な本で、Linuxの初期のドキュメントを網羅した1596ページの英文の大冊である。古典的なハウ・ツーはほとんどすべて収録されているほか、CD-ROMも1枚付属している。いまでは当然のことのようだが、インストール可能なLinuxを初めてCD-ROMに収めたのである。この意義は大きい。この内容は全部インターネットで手に入るのだが、1596ページもダウンロードして印刷するのには大変な手間がかかる。まして製本するのは大変な作業である。ちなみにわたしは全部ダウンロードした後に、初めて『Linuxバイブル』にすべてが収録されているのを知り、ギャフンとした経験がある。「Linuxインターネット・アーカイブ」は、『Linuxバイブル』が紙で実現した内容を、CD-ROM8枚組で実現したものだ。こちらも便利である。

 イグドラシル・コンピューティング・インコーポレイテッドは、1997年2月にWWWコンソーシアムからアレナWebブラウザの開発を承認されたが、1998年に入ってからは、少し息切れしてきたらしく、ピッチが落ちている。残念なことである。

 案外、知られていないと思うが、イグドラシルはLinuxの世界では古参であり、Linuxを防衛するために大きく貢献してきたのである。例えば次のような事件がある。

 1995年9月、デラ・クロースという人物が勝手にLinuxの商標登録を行い、1996年の夏に、Linuxの商標を使用している個人と企業に10%のロイヤルティーを要求した。これに対してLinux陣営は、1996年11月に訴訟を起こし、商標登録の無効を訴えた。Linux陣営が米国商務省の特許および商標局へ提出した書類の、原告側と被告は次のようになっている。

 「原告団:リーナス・トーバルズ(個人)、ワークグループ・ソリューションズ(コロラド州企業)、イグドラシル・コンピューティング(カリフォルニア州企業)、スペシャライズド・システム・コンサルタント(ワシントン州企業)、Linuxインターナショナル(ニューハンプシャー州非法人格協会)。被告:ウィリアム・R・デラ・クロース」

 これを見れば分かるように、1995年当時にLinux陣営として結束して戦ったのは、Linuxの父リーナス・トーバルズを除けば、3つの企業と1つの法人だけである。スペシャライズド・システム・コンサルタントは、SCCで『Linuxジャーナル』を出している。Linuxインターナショナルは、Linuxユーザーであればご存じかと思う。すると残るは2つで、1つはマーク・ボルゼルン率いるワークグループ・ソリューションズだ。これはLinuxモールやLinuxプロ・プラスで有名であるが、どのくらいの知名度があるのか疑問に思う。最後の1つがイグドラシル・コンピューティングである。意外に感じるかもしれないと思うのは、当時Linuxの商標を守った陣営に、現在Linuxで有名な企業が1つも入っていないことだ。残酷な話だが、最初の世代は皆、礎石になってしまうのである。

 商標登録の問題は、1998年8月20日、デラ・クロースがLinuxの商標をリーナス・トーバルズをはじめとするLinux陣営に引き渡したことで結末を迎えている。なお、和解条件に関しては非公開とされている。

 アダム・リヒターのイグドラシルはまったく滅んだわけでもなく、2000年9月、「イグドラシルLinuxDVDアーカイブス」を発売している。CD-ROMでのLinuxの提供を最初に手掛けたプライドからか、DVDでも先頭を切りたいのだろう。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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