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IT業界の冒険者たち

第44回 ダース・ベイダーと呼ばれた男

脇英世
2009/7/22

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 1993年、TCIはバイアコムにより独占禁止法違反で告発される。それほどTCIは強大になってきたのである。1993年4月、TCIは4年間に19億ドルを投入し、全米に光ファイバネットワークを構築する計画を発表した。このことは、潜在的にCATV会社側の地域電話会社の電話業務への進出を意味する。

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 こうしたTCIをはじめとするCATV会社の成長に伴い、次第にCATV会社への保護政策は撤廃の方向へ向かうことになる。これは従来禁止されていた、地域電話会社の放送業務への参入へとつながっていく。

 TCIは確かに強大だが、地域電話会社と比べればはるかに小さい。ジョン・マローンはTCIの地域電話会社への身売りを考えるようになる。1993年10月13日、ベル・アトランティックはTCIの合併計画を発表する。吸収合併費用は330億ドル、つまり1ドル100円としても3兆3000億円という天文学的な金額であった。

 順調にいけば史上最大の吸収合併となるはずだったが、1994年2月23日に両社の吸収合併計画はご破算になった。これは前日に出された、FCC(連邦通信委員会)によるCATV契約料金の7%値下げ命令が要因だといわれている。

 ジョン・マローンは当初、巨大な資本力を持つ地域電話会社にはとてもかなわないと考えていたらしいが、資本力を持っていることと、それを仕事に利用できるかどうかは別のことと気が付いたようである。

 そして、1995年7月にバイアコムはCATV事業をTCIに売却した。

 デビッド・クラインがジョン・マローンにインタビューした、「インフォバーン・ウォリアー」という有名な記事がある。非常に面白いインタビューで、ジョン・マローンの個性をうまく引き出している。英文ではあるが、インターネットで簡単に読めるので興味のある方はぜひ一読されるとよいと思う。

 ここに登場するジョン・マローンは、極めてシニカルで辛らつそのものである。ビル・ゲイツとの関係についても、確かにビル・ゲイツと協力はしたが、マイクロソフトとの関係は金銭的に考えたとき、とても満足できるものではなかったといっている。

 またビル・ゲイツとの取引は、結局ビル・ゲイツに主導権を取られることになるのではという質問に対して「ビル・ゲイツはわたしよりも偉大な独占資本家なのかね?」と答えている。

 こういった話を聞くだけでも面白い人であることが分かる。ただし、これまでもみんなそういう自信はあってもビル・ゲイツに敗れてきた。

 TCIは、1995年にFCCが次世代電話サービスを競売にかけたとき、51の主要なサービスのうち29を手中に収めている。将来、TCIは巨大電話サービス会社になり得るわけだが、どう巨大になっていくのか分からない。

 ただジョン・マローンの会社は、日常業務は苦手といわれている。今後はそこが、健全な発展をするうえでの問題点となっていくだろう。

 ジョン・マローンはCATV業界で最もビル・ゲイツを意識している。マイクロソフトの市場価値は2000億ドルを超え、CATV界の巨人TCIですら340億ドルと小人になってしまった。ビル・ゲイツ率いる巨人マイクロソフトはウェブTVを4億2500万ドルで買収した後、次の進出目標をCATV業界に定めている。1998年4月マイクロソフトはコムキャストの株式を10億ドル分取得した。日本円換算で約1500億円である。ずいぶん気前がいい。

 ジョン・マローンはデジタルTVへのビル・ゲイツの進出を恐れ、マイクロソフトがデジタルTVでの標準を打ち立てる前に、これを阻止すべくオープンケーブルという標準を作り出し、これを実現するためケーブルラボを設立した。マイクロソフトの脅威という考え方はCATV業界に浸透している。

 例えばジョン・マローンのTCIはGIにセットトップボックスを作らせているが、1991年TCIはこのセットトップボックス用のOSとしてサン・マイクロシステムズのパーソナルJavaを採用し、1週間後にマイクロソフトのウィンドウズCEを採用した。マイクロソフトにだけCATV業界を握られまいとする方針に基づくものである。

 またコムキャストはサイエンティフィック・アトランタにセットトップボックスを作らせた。サイエンティフィック・アトランタはパワーTVというセットトップボックス用OSを持っている。マイクロソフトはセットトップボックス用OSにウィンドウズCEを使わせたがっているが、コムキャストはマイクロソフトから10億ドルの出資を受けているにもかかわらず、マイクロソフトの利益に反する決定をしている。

 1998年7月、AT&TはBT(ブリティッシュ・テレコム)と100億ドル規模での提携を発表し、世間をあっといわせた。AT&Tのすごさはそれにとどまらず、1998年8月TCIを540億ドルで買収すると発表した。このうちTCIの負債の肩代わりは110億ドルであった。日本の銀行のあきれはてた負債に比べたら1けた規模は小さいが、やはりTCIの経営は相当ずさんであったらしい。買収が承認されればTCIはAT&Tコンシューマ・サービスに社名変更する。ジョン・マローンはAT&Tコンシューマ・サービスの役員からは外されるが、AT&T本体の役員に就任することになる。

 AT&Tが自分の長距離基幹回線とTCIのCATVネットワークとを接続したい気持ちは分からないではないが、理性的な買収であったのかどうか多少気になるところである。

補足

 AT&Tの役員になったマローンは見識的にはAT&Tの傘下に収まったリバティ・メディアの運営に専念することになった。マローンは1991年TCIからコンテンツ部門のリバティ・メディアを分離しておいたのである。さて540億ドルという巨費はさすがのAT&Tでも一度には払えなくて、AT&TはマローンのTCIに借金をした。このためマローンはAT&Tによる買収後もTCIの議決権の42%、リバティ・メディアの議決権の48%を保持していた。つまり買収された方がキャスティング・ボートを握っているという変則的な事態が生じたのである。

 1999年5月に面白いことが起きた。AT&Tはコムキャストの株式を540億ドル分買い取った。同月マイクロソフトはウィンドウズCEをAT&Tに使わせるという条件で、AT&Tの株式を50億ドル分買い取った。AT&Tは資金不足をマイクロソフトに補わせた形になった。

 2000年6月AT&Tはさらにメディアワン・グループを440億ドルで買収した。これによってAT&Tは全米最大のケーブル事業者になったが、負債は2000年9月には620億ドルに膨れ上がった。1998年のAT&Tの負債は70億ドルであったから、ものすごい増え方である。単純に計算してもAT&Tの会長アームストロングはケーブル事業に15兆円以上の巨費を投入している。米国の経営者は自分の個性を株主に強くアピールしなければならないという。アームストロングはケーブル事業にすべてをかけるとしたかったのだろう。

 2000年10月AT&Tはエキサイト@Homeの株式を76%保有していたが、コックス・コミュニケーションズとコムキャストから残りの全株式を買い上げようとした。これには20億ドルかかった。さすがに浪費の行き過ぎと批判が出た。このためAT&Tは肥大しすぎた自社の組織を4つに分解すると発表した。

 一方FCC(連邦通信委員会)は、AT&Tがケーブル事業のハードとソフトの両者を支配することは競争政策上好ましくないとして、AT&Tからマローンのリバティ・メディアの切り離しを求めた。

 2000年12月リバティ・メディアがAT&Tから切り離されたが、ジョン・マローンはAT&Tを辞めなかった。ジョン・マローンがAT&Tを去るのは2001年7月になってからである。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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