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IT業界の冒険者たち

第44回 ダース・ベイダーと呼ばれた男

脇英世
2009/7/22

第43回1 2次のページ

本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、IT業界を切り開いた117人の先駆者たちの姿を紹介します。普段は触れる機会の少ないIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

ジョン・マローン(John Malone)――
元TCI社長兼CEO

 最近は日本でも認知されつつあるケーブルテレビ(CATV)だが、その本家となるのはやはり米国。中でも全米第1のCATV会社がTCIである。そのTCIを率いているのが、ジョン・マローンだ。

 多少旧聞に属することなので、覚えていない人もいるかもしれないが、ベル・アトランティックとTCIの合併話が流産した後、マイクロソフトは直ちにTCIと組んでVOD(ビデオ・オン・デマンド)の実験を開始した。ここでマイクロソフトが持ち出したのが、ビデオサーバ「タイガー」であった。

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 TCIは、マイクロソフトのパソコン通信MSNにも出資している。このように、パソコン側から見ればTCIはマイクロソフトとの関係で知られているが、実はTCIという会社は全米第1のCATV会社なのである。

 米国の副大統領アルバート・ゴアは、かつてTCIを率いるジョン・マローンのことを「ダース・ベイダー」と呼んだことがある。ダース・ベイダーとは映画『スター・ウォーズ』に出てくる、あの黒い日本のかぶとのようなヘルメットをかぶった登場人物で、一般的には悪の化身のように思われている。

 どうしてジョン・マローンがダース・ベイダーと呼ばれるようになったのだろうか。それには彼の経歴を見てみる必要がある。

 ジョン・マローンは、コネティカット州ミルフォードに生まれ育った。父親はGEの技術者で、母親は教師である。学生時代は成績優秀であっただけでなく、運動も得意でサッカー、陸上、フェンシングなどで活躍したらしい。ジョン・マローンはエール大学で電気工学と経済学を専攻した後、1963年にAT&Tベル研究所に就職した。

 AT&Tで働く傍ら、ジョン・マローンは、ジョンス・ホプキンス大学で産業経営学の修士号を取り、その後、ニューヨーク大学から電気工学の修士号、ジョンス・ホプキンス大学からオペレーションズ・リサーチで博士号を取った。

 表面的には誠に立派な経歴である。しかし、AT&Tベル研究所で本当に優秀な研究員だったのかどうかは多少疑問の部分もある。優秀な研究員ともなれば、退社時間になったからといって、すぐに帰れるものではないことは洋の東西を問わず同じである。

 1968年、ジョン・マローンはコンサルティング会社マッキンゼーに移る。1970年、CATV会社向けの設備会社GI(ジェネラル・インスツルメンツ)の副社長になる(*1)。GIの仕事を通じてジョン・マローンはボブ・マグネスと出会い、1973年にTCIの社長に引き抜かれた。

*1)TCI向けのセットトップボックスをGIが作っているのは、この辺のコネクションがものをいっているのだろう。

 TCIは、1956年テキサス州メンフィスに牧場主ボブ・マグネスによって設立されたCATV会社だが、ボブ・マグネスは会社の設立資金を獲得するため数頭の家畜を売ったという話があるくらい、極めて小さな田舎の会社である(*2)。当初は700世帯にサービスしていたが、翌1957年には、隣のプレインビューにサービスを拡大して3000世帯になった。

*2)1996年、ボブ・マグネスが死んだとき、彼はTCIの株式を4200万株保有していたが、何の相続対策もしておらず、700億円を超える相続税がかかることになった。ジョン・マローンは、巧みにこの危機を乗り切った。

 1965年、TCIはロッキー山脈沿いの小さな町々にCATVサービスを提供するためにコロラド州デンバーに移った。TCIの正式な設立は1968年である。

 1970年、TCIは株式を公開した。ジョン・マローンがTCIに社長として迎えられたのは1973年であるが、初めは大変だったらしい。ある日の午後などは、CATVの画面に映せるものは市の役人の名前と電話番号しかなかったという。

 1977年、ジョン・マローンはTCIの負債を整理し、大都市でのフランチャイズ経営に乗り出した。後年ジョン・マローンは、このフランチャイズ会社を安く買いたたいてTCIのものにした。そして、1982年には、TCIは全米第1のCATV会社になっていた。

 1984年、CATVに関する規制緩和がなされると、ジョン・マローンは積極的展開に乗り出し、1980年代だけで150のCATV会社を買収した。1986年、TCIは全米最大の映画配給会社ユナイテッド・アーティスト・コミュニケーションを買収した。さらにTCIは大型投資を続け、このつけで1989年には赤字を計上する。

 TCIは経営危機に陥ったターナー・ブロードキャスティングを助け、さらにコンテンツ系のブラック・エンターテインメントTV、ディスカバリー・チャンネル、アメリカン・ムービー・クラシックスなどに投資を続けた。株式の20%を確保するという考え方が有名である。そして1991年からはQVCネットワーク、リバティ・メディアなどに投資の矛先が向く。

 フランチャイズの場合はそれほど資金を必要とはしなかっただろうが、ジョン・マローンが1980年以降現在までに手掛けた会社は650に上っている。これには相当大量の資金が必要になったに違いない。何の背景もなく、何の保証もなく、財務体質は最悪で、経営は散漫というような会社に資金を提供するような銀行はない。当然うさんくさい資金の調達が必要だったわけである。

 この資金の調達に応じてくれたのがドレクセル・バーナム・ランバート社のマイケル・ミルケンであり、調達方法はジャンク・ボンドと呼ばれるものだった。ジャンク・ボンドそのものは違法ではないが、アイバン・ボイスキーの同業者がインサイダー取引で逮捕されると、マイケル・ミルケンもSECから告発され、服役した。この辺の話は少し暗いイメージとなって残っている。

 またジョン・マローン率いるTCIは、1993年まで決して大幅な利益を計上しなかった。ジョージ・ギルダーが伝えるこんなジョークがある。ある人がジョン・マローンに聞いた。

 「もし大幅利益を計上するはめになったらどうしましょう?」

 「会計担当者を首にしろ」

 このあたりでのもやもやした話で、ジョン・マローンは当時上院議員だったアルバート・ゴアにダース・ベイダーと呼ばれたのである。ただし最近は復権して、ドクター・マローンと呼ばれているらしい。アルバート・ゴアも少しずつ軟化してきている。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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