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IT業界の冒険者たち

第46回 @Homeを立ち上げた新聞王の孫

脇英世
2009/7/24

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 さて540億ドルという巨費はさすがのAT&Tでも一度には払えなくて、AT&TはマローンのTCIに借金をした。このためマローンはAT&Tによる買収後もTCIの議決権の42%、リバティ・メディアの議決権の48%を保持していた。つまり買収された方がキャスティング・ボートを握っているという変則的な事態が生じたのである。

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 1999年5月に面白いことが起きた。AT&Tはコムキャストの株式を540億ドル分買い取った。同月マイクロソフトはウィンドウズCEをAT&Tに使わせるという条件で、AT&Tの株式を50億ドル分買い取った。AT&Tは資金不足をマイクロソフトに補わせた形になった。

 2000年6月AT&Tはさらにメディアワン・グループを440億ドルで買収した。これによってAT&Tは全米最大のケーブル事業者になったが、負債は2000年9月には620億ドルに膨れ上がった。1998年AT&Tの負債は70億ドルであったから、ものすごい増え方である。単純に計算してもアームストロングはケーブル事業に15兆円以上の巨費を投入している。米国の経営者は自分の個性を株主に強くアピールしなければならないという。アームストロングはケーブル事業にすべてを賭けるとしたかったのだろう。

 AT&Tはケーブル事業のためにコンテンツを持つ@Homeをどうしても支配下に置きたかった。1999年10月にはAT&Tはエキサイト@Homeの58%の株式を取得していた。それでも支配権は握れなかった。

 さてここでややこしい関係が登場する。個条書きの方がいいだろう。

  • 1999年5月AT&Tはコムキャストの株式を540億ドル分買収した

  • 1997年6月マイクロソフトはコムキャストに10億ドルを投資した

  • 1999年5月マイクロソフトはAT&Tに50億ドルを投資した

 そこでマイクロソフト、コムキャスト、AT&T、エキサイト@Homeの連合が形成されていたが、1999年12月にはさらに提携が強化された。

 2000年に入ってAT&Tはコムキャストと連合して、エキサイト@Homeの完全な支配権を握ろうとしたが、2000年6月、阻止を図る第8位のケーブルビジョン・システムズに訴えられた。それでもAT&Tはエキサイト@Homeの株式を買い進め、2000年8月には74%の株式を取得した。さらに2000年10月、AT&Tは、第4位のコックス・コミュニケーションズと第5位のコムキャストからエキサイト@Homeの全株式を買い上げようとした。これにはさらに20億ドル、つまり2000億円かかることになった。さすがにここまでいくと、道楽の行き過ぎとアナリストから批判が出た。

 一方、FCC(連邦通信委員会)は、AT&Tがケーブル事業のハードとソフトの両者を支配することは競争政策上好ましくないとして、AT&Tからマローンのリバティ・メディアの切り離しを求めた。

 その結果、2000年10月25日、AT&Tは肥大し過ぎた自社の組織を4つに分割すると発表した。かつて地上最大の企業といわれたAT&Tが自壊してしまった。巨大になると、とんでもないことをして迷走するものである。

 AT&Tを抜き差しならぬところまで追い込んだエキサイト@Homeとケーブル事業はどうなっただろうか。まずエキサイト@Homeの株価は1999年10月の50ドル強から、2000年12月には6ドルまで落ちた。それではとどまらず2001年9月1ドルを切っている。普通なら上場廃止か、買収が近い。AT&Tにしてはたまったものではない。

 AT&Tのケーブル事業については2001年7月コムキャストが買収を申し出た。AT&Tは一応拒否をしたが、AT&Tのケーブル事業がAT&Tのお荷物になっていることは事実である。

 この複雑な話の中で、ウィリアム・R・ハーストIII世が登場する場面が少なくて申し訳なく思っている。ウィリアム・R・ハーストIII世はしたたかな男たちが闊歩する実力の世界にはまったく通用せず、すぐに交代させられてしまった。

 ただウィリアム・R・ハーストIII世がいなければ、わたしもこれほど執拗にエキサイト@Homeに注目しなかったであろう。そして、これほど入り組んだ話を根気よく解きほぐそうともしなかったと思う。

 もしエキサイト@Homeが上場廃止か買収によって消滅すると、こうした歴史もすべて闇の中に消されてしまう。米国では企業が消えるとホームページもデータもすべて消されてしまうのである。ドラスティックである。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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