第48回 地球上で最大の書店をつくった男
脇英世
2009/7/29
本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、IT業界を切り開いた117人の先駆者たちの姿を紹介します。普段は触れる機会の少ないIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部) |
本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。 |
アマゾンの戦略の1つは広告戦略で、在来型の派手な広告をやってお金をかけている。また、インターネットのホームページにコミュニティの雰囲気を持たせることにも努めた。批評家や専門家の批評だけでなく、顧客の批評も取り上げてホームページに載せた。さらにヤフー、アメリカ・オンライン、@Homeネットワークなどと提携し、シンジケート販売を展開している。
1998年4月、アマゾンはブックページ、テレブック、IMDB(インターネット・ムービー・データベース)を買収した。ブックページは英国のオンライン販売、テレブックは独のオンライン販売会社である。IMDBはインターネット上の映画情報提供会社で、アマゾンのビデオのレンタルと販売業務進出への布石といわれている。
1998年6月、アマゾンはインターネット経由で音楽CDを売り始めた。本の場合と違って後発である。ジェフ・ベゾスは拙速を望まずといっている。
1998年8月、アマゾンはジャングル・コープを買収した。ジャングル・コープはオンライン・ショッピングを可能にするソフトウェア・エージェントを開発している。アマゾンのオンライン・ショッピング進出への意向を見て取れる。
このほかにもウォルマートからジミー・ライトを引き抜いた。販売店のネットワークを作ろうとしているのではないかといわれている。
コンピュータと通信に対する資本投下が少なすぎるように思うが、アマゾンは面白い会社で目が離せない。
アマゾンは1クリック・システム特許でも話題を呼んだ。この特許はアマゾンによって、1997年9月12日に出願され2年後の1999年9月28日に、米国特許5960411として認められた。短縮形で411特許ということがある。発明者はアマゾンのペリー・ハルトマン、ジェフ・ベゾス、シェル・カフアン、ジョエル・スピーゲルの4人である。
411特許よりも1クリック・システムの方が通りがよい。しかし、実は1クリック・システムはもともとの特許を読んでも、どこに書いてあるのか分かりにくい。分からないという方が適切である。しかし、1999年10月12日、アマゾンは米国特許5960411が、1クリック・システムを含むことをわざわざ発表している。
アマゾンはこの特許をライバルに対する攻撃に使用した。実際、1999年10月21日、アマゾンは、ワシントン州シアトルの合衆国地方裁判所に、競争相手の本屋バーンズ&ノーブルを米国特許5960411侵害で訴えた。
1999年12月2日、合衆国地方裁判所は2カ月の審理の後、アマゾンに有利な予審命令の判決を下した。この判決はアマゾンの宣伝文書ではないかと思うほど、偏向が激しい。例えば判決にはこんな文章がある。
「顧客の満足度を最大化し、より高速でより便利な購買方法を提供するために、アマゾンの発明家たちは、1(ワン)クリック・システムを思い付き発明した」「1クリックの発明は、オンライン・ショッピングにおける主要な革新であって、これはオンラインでの注文処理に従前使われていた方法を変更し改善するものである」
「顧客の満足度を最大化し」や「主要な革新」とは妙な表現だと思う。裁判所の判決文で、こんなにアマゾンを持ち上げていいのかと首をかしげる。
シアトルの裁判所が地場企業であるアマゾンをひいきし、東海岸のバーンズ&ノーブルに不利な裁定を下しているように思う。
これに対して、リチャード・ストールマン、ティム・オライリーらがアマゾンを厳しく批判した。この厳しい批判には、アマゾンも動揺し、ジェフ・ベゾス自らが防衛に立った。「特許の件に関するジェフ・ベゾスの公開状」というものである。この公開状には、くだくだしい前置きに続いて、アマゾンは特許を放棄するつもりのないこと、この特許をライバルへの戦略的な武器として使うことを放棄するつもりのないことが、やんわりと述べられている。ジェフ・ベゾスは特許は攻撃的な武器ではなく、防衛的な武器であると別のところで述べている。特許は自己防衛のためのものだというのがジェフ・ベゾスの主張である。
これに続いてジェフ・ベゾスは、突然、特許法の変更に関する提案を行う。
1. ビジネス・メソッドとソフトウェアの特許は、従来のほかの種類の特許とは根本的に違うということを理解すべきである。
2. ビジネス・メソッドとソフトウェアの特許は、現在のおよそ17年という寿命よりはるかに短い寿命であるべきである。わたしは3年から5年を提案する。
3. 特許法が変更になったら、新しい特許の寿命は過去にさかのぼって効力を発揮する。従って現在の特許がパブリック・ドメインに入るには17年も待つ必要はない。
4. ビジネス・メソッドとソフトウェアの特許のために、特許番号が発行される前に、短いパブリック・コメントの期間があるべきである。
これは、係争の問題を棚上げして、特許法一般の問題にすり替えている。アマゾンは、米国特許5960411を放棄するつもりもなく、ライバルに対してこれを行使して攻撃する権利も留保したままである。
2000年2月11日、リチャード・ストールマンは、ティム・オライリーに寄せたメールの中で、ビジネス・メソッドとソフトウェアの特許の効力は3年から5年に短縮しようというジェフ・ベゾスの提案は歓迎するが、特許法のそうした改正は当面すぐには実現されそうもないといっている。
法廷闘争に慣れているアップルコンピュータ(現アップル)は2000年9月18日、アマゾンから1クリック・システム特許をライセンスした。まだ1クリック・システム特許は生きているので不気味である。
アマゾンの特許は、ビジネス・メソッドとソフトウェアの特許の在り方、eコマースにおける特許の在り方などに一石を投じたといえる。
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