最終回 興した会社を存続させる人材戦略
語り手 鈴井広己(仮名)
聞き手 渡辺知樹(ランディングポイント ジャパン)
2009/6/25
<渡辺の解説> |
本稿のまとめとして、「起業」して経営者になるといっても2段階あることを説明しておきたい。出資者がいて多少の資金が確保できている場合でも、リスクを最小限にするために、最初は技量と気心の知れた仲間と少人数で会社をスタートし、成長に合わせて人や設備を増やしていくのが堅実なやり方であるのは理解できるだろう。そうなると初期段階では、自分や仲間たちの技能が会社の商品であり収入源である。これは開業医や弁護士、税理士などと同じ自営業者と呼べる形態だ。そこからいろいろな人間を集めて会社の規模や機能を増やしていくことで、自分1人でできること以上の仕事が実行できるようになり、初めてビジネスを成長させることができる。 また、出資を受けた以上、ビジネスを成長させて売り上げや利益を伸ばしていくことが要求される。その場合どのように収益を拡大していくかを理解しておく必要がある。自営業的な会社では、収入を増やしたければ自分の時間単価を上げるか、付加価値に対して余分に買っていただく仕組みを作るしかない。例えばいま一般的なエンジニアの単価は仕事の規模や難易度、自社の規模やブランド力などにもよるが、1カ月当たり80〜120万円といったところだろうが、仮に自分1人で毎月100万円の売り上げがあったとしても、年商はその12倍の1200万円で頭打ちになる。このとき、ハードウェアやソフトウェアの代理店業務や購買代行を並行して行えばもう少し売り上げを上乗せできるが(このようにさまざまな付加価値を付けて販売することを「アップセル」という)、さすがに相場より著しく割高な価格設定はできないので、大幅な増収は難しい。あとはソフトウェアなどで独自の製品を開発したり輸入して販売するというアイデアがあるが、開発にかなりの費用が掛かるし、製品をリリースするまでは収入が得られない。そもそも、そうして世に出した製品が必ずヒットする保証はない。 これが例えば同じ専門家であっても、経営コンサルタントや会計士であれば月に200〜400万円、あるいはそれ以上というケースがあるので、倍以上の売り上げが見込める。あるいは、従業員を増やして会社の規模を拡大すれば、ビジネスを成長させることができる。自分1人では年間1200万円の売り上げも2人いれば2400万円になる。そんな人員を10人抱えれば年商1億円を突破することが可能だ。 ただし、人が増えれば知識やスキル、性格や価値観が異なる幅が大きくなってくるのでコミュニケーション上のギャップやロスが発生する。人を増やすほど業務の品質を保つことが難しくなる。そもそも会社の業務に必要なスキルを本当に持っているのか採用時に判断するのは難しい。ときには思わぬミスやトラブルを起こして会社にダメージを与えることが起きるだろう。今回聴取した鈴井氏の採用技法は筆者自身も納得できるものであるが、それでも必ず成功するものではない。人材という言葉を「人財」とする会社もあるように、結局会社の成功は複数の「いい人」に仲間になってもらい、そういう人たちの有機的な組み合わせによって高い生産性を実現できるかどうかに掛かっているといえよう。 多くの人間を取りまとめてうまく連携して働いてもらうには「管理」の仕組みが必要になる。経営者である自分自身の管理能力も磨かなければならないし、管理のための仕組みをデザインしたり、その管理業務のために直接売り上げを産むわけではない人員を雇う必要が出てきたりして、簡単には解けない問題が出てくる。社員1人が5人になれば売り上げは5倍になるが、20人になっても20倍にはならない。人が増えれば間接経費やリスクが増えることは十分に理解しておいていただきたい。 仕組みや体制、そして何よりブランド力のある大企業で働くサラリーマンは恵まれた存在といえるだろう。だがすでに終身雇用は廃れつつあり、成果主義が導入されたり大手企業でも人員削減が行われたりとリスクは高まってきている。 窮屈だけど便利で住みやすい街を出て、自由だけど自分で食い物を確保しなければならないジャングルで1人で暮らしていけるのか。リスクを取っても世に問いたいこと、表現したい何かがあるのか。起業するかサラリーマンとして生きるのかを問わず、いろいろな方向性や可能性を考えながら自分自身を見詰め研鑽(けんさん)していくことは、エンジニアとしてのキャリア形成において、何より自分の人生を悔いなく生き切るためにきっと役立つものだと確信している。なぜなら、ITエンジニアは自分自身の技能(技術力、表現力、コミュニケーション力、リーダーシップなどさまざまな要素が想定される)を商品として自社に売り、それを会社が顧客に再度売ってビジネスを展開している、まさに1人1人が小さな会社のような業務形態だからである。 |
起業家への十カ条 その九、十 |
九、いまここで何をするべきか、自分が求められている役割や義務を把握し、優先度の高いものから確実に実行する習慣を付けるべし 十、人的なネットワークを築きそこで信用を得て、自分の立ち位置を確立し、自分自身をブランドにできるよう手間と時間と金を掛けるべし |
注意:登場する人物は実在します。よって、了承を得られた人物以外、団体名・個人名は伏せています。
聞き手・解説者プロフィール |
渡辺知樹●外資系企業でのISMS導入、SOX内部テストプロジェクトなどをリードし、現在も情報リスク管理や内部統制システムの整備を主な業務としている。現在、合同会社ランディングポイントジャパン代表として、後進の指導にも当たる。 公認情報システム監査人(CISA)。公認情報セキュリティプロフェッショナル(CISSP)。 |
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