第2部 第5章 人ひとりのコンピュータは大型の亜流にあらず |
1980 もう1人の電子少年の復活 |
独自技術を盛り込もうとするソニーの挑戦
富田倫生
2010/7/1
本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部) |
本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など |
Z80を採用した8ビット機に、ソニーは新しいハードウェアの工夫を盛り込んで使いやすさを高め、この点を家庭に食い込んでいくにあたってのセールスポイントとしようと考えた。
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売り物の第1は、小型で取り扱いの簡単なフロッピーディスクだった。
パーソナルコンピュータではこれまで、8インチの標準フロッピーディスクと5インチのミニフロッピーディスクが広く使われてきた。この2つはともに、いささか厚手ではあるものの、正方形の紙のケースに収められていた。折り曲げてしまわないように、取り扱いには注意が必要だった。
これに対しソニーは、サイズを3.5インチといっそう小型化したうえで、プラスチックのケースに収めたマイクロフロッピーディスクを開発し、これを新しい標準に押し上げようと狙っていた。欧米市場向けにソニーが売り出したワードプロセッサーからまず採用されたこの規格は、「ポケットに入るフロッピー」を謳い文句にして好評を博していた。新しい8ビット機には、この3.5インチのフロッピーディスクドライブを2台組み込んだユニットが、オプションとして用意された。
扱いやすさのための第2のポイントは、増設ボードとスロットの形状の見直しだった。S-100バスにしろアップルII のものにしろ、これまでの増設ボードはいずれも回路部品がむき出しとなった裸の基板の形態をとっていた。スロットとの接続部分には、基板の一部を延ばしただけのカードエッジコネクターという、素人を拒否するような仕掛けが使われていた。本体のカバーをあけて、むき出しの基板を注意して差し込むような構造をとっていることは、家庭への普及の妨げになると松本たちは考えた。そこでケースに収めた増設ボードを、がっちりとしたコネクターで簡単につなぐ独自の方式を開発することにした。
新しいマシンのベーシックにも、ソニーは独自の工夫を盛り込んだ。標準となったマイクロソフトのものはあえて採用せず、計算の精度を10桁まで高めたほか、グラフィックスやデバッグ関連の機能を大幅に強化した独自のベーシックを搭載する道を選んだ。
マイクロソフトのベーシックが標準の地位をつかみ、数多くのメーカーが新しい機種を開発するにあたってS-100バスを採用してきたという事実を踏まえながら、ソニーがあえてさまざまな独自の技術を盛り込もうとした背景には、CP/Mに対する大きな信頼があった。
機種の壁を越えてアプリケーションを共通に利用する基盤となっていたのは、CP/Mだった。今後商品としてのソフトウェアがますますOSを前提としたものに移行していくことを考えれば、ユーザー自身のプログラミングのためにベーシックは残すにしても、マイクロソフト製にこだわる必要はないとソニーは考えた。
さらに業界標準のOSに沿ってさえおけば、ハードウェア自体は古い技術にこだわったり、なにかに合わせたりする必要はないという判断もあった。CP/Mという基本さえ守れば、使いやすさなり、速さなり、小ささなり、あるいは安さなり、独自の特長を盛り込んだマシンをかなり自由に追求して勝ち目はあると、ソニーは時代の流れを読んでいた。
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