第2回 忘れ去られた悲運の英雄
脇英世
2009/2/3
1980年、アレンは大ヒットとなるアイデアを出す。アップルII用のZ-80ソフトカードのアイデアである。これは当時、目ぼしい会社にBASICを売り尽くしてしまっていたマイクロソフトにとっては、救世主となった。
アレンはハードウェアとインターフェイスに強いという特徴を持っていた。ゲイツがソフトウェアにしか関心を持たないのと対照的だった。お互いうまく補完し合っていたといえるだろう。
1980年からのIBMとのMS-DOSの共同開発で、マイクロソフトは急激に拡大膨張していく。IBMとの共同開発に成功するという幸運の中で、不幸は突然襲ってきた。1982年9月、ヨーロッパで仕事をしている最中のアレンの首にしこりができ、不治の病とされるホジソン病と診断された。余命は最長でも数年である。彼は療養に専念するため、1983年3月にマイクロソフトを去った。ポール・アレンがマイクロソフトを去った理由は、長い間伏せられていて分からなかった。
ホジソン病というのが誤診で、どうも単にリンパ腺が腫れただけらしい、ということが判明するのは1990年になってからである。この7年間の空白は大きかった。業界が急速に拡大成長を遂げていく中で、人脈がすべて閉ざされた。ポール・アレンは、ほぼ忘れ去られた人になってしまう。運命のいたずらである。
1990年、ウィンドウズ3.0の発表とともに、アレンのマイクロソフト復帰とアシンメトリックス社の設立が発表された。アシンメトリックスができたばかりのころにシアトルの本社に行ったことがある。ゲイツの支援もあり、当時ずいぶん注目されたものだが、大した会社ではなかった。設備の問題ではない。何をやろうとしているのかはっきりしていなかったのだ。若い会社は設備が不十分でも、人が少なくとも、はつらつとした精気を感じさせるものだが、そういうところがなかった。これは駄目かなと思った。
ポール・アレンはビル・ゲイツに次ぐマイクロソフトの大株主である。ビル・ゲイツには及ばないが、巨万の富を持っている。母校のレイクサイドスクールとワシントン大学にも多額の寄付をしている。大邸宅も高級車も持っているし、道楽としてポートランド・トレイル・ブレザーズというNBAのプロバスケットボール・チームも持っている。音楽業界へも投資しているようである。ただ気の毒だと感じるのは、単にお金を持っているだけで業界をけん引する立場にはないことである。半ばやけくそ的なお金の使い方を見ても心の屈折は見て取れる。
ポール・アレンはいろいろな方面に投資を続けている。最近では映画監督のスティーブン・スピルバーグらが設立したマルチメディア・エンターテインメント会社に出資したり、情報スーパーハイウェイ関連では、アメリカ・オンラインやチケットロンにも。それでも彼の影響力を復活させるのは難しいだろう。
ポール・アレンは完全に投資家に変身している。投資グループ自体も3つあって、バルカン・ベンチャーズ、バルカン・ノースウェスト、ポールアレン・グループである。この3つが投資したり買収したりした会社の数は日々増えている。バルカン・ベンチャーズはほかの2社の親会社で、1994年、CNETに投資したことなどで有名だ。
■補足
ポール・アレンのWebサイトの質問と答えの所に面白いことが書いてある。2つほど紹介しよう。あとは自分で読んでほしい。
質問 ビジネス上でもそのほかのことでもいいですが、最も良いアドバイスは何でしたか? 誰からのものでしたか?
アレン 私がもらったベストのアドバイスはずっと前に父からもらったものです。父は私にいいました。「自分の仕事が何であれ、それを好きになりなさい。自分が本当に楽しめる何かを見つけなさい」。私は自分がかかわった仕事が挑戦的で、大部分は面白かったですし、ずっと幸せだったと思います。
質問 あなたは自分がどんな人として、人々に記憶されたいですか?
アレン もし人々が私のことを、人々とともに新しい技術を開発するために働くことに喜びを覚えコミュニティのためにポジティブに物事をしたと記憶してくださるなら、私は満足です。
これは墓石の碑文のようであり、ポール・アレンはスティーブ・ウォズニアックと同じように、出来上がってしまった人なのかなと思わせる。それも孤独なものかもしれない。
本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。 |
» @IT自分戦略研究所 トップページへ |
@IT自分戦略研究所は2014年2月、@ITのフォーラムになりました。
現在ご覧いただいている記事は、既掲載記事をアーカイブ化したものです。新着記事は、 新しくなったトップページよりご覧ください。
これからも、@IT自分戦略研究所をよろしくお願いいたします。