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IT業界の開拓者たち

第7回 独占禁止法の守護神

脇英世
2009/2/10

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 オリン・ハッチは上院司法委員会の議長として、強力な対犯罪諸法、法廷を解放する市民の正義の改革、個人の財産権を保護する規制のために戦っている。公民権、移民、独占禁止法、消費者保護、憲法などの問題に対して直接的な影響力を持っている。

 オリン・ハッチはもともとレーガノミックス的な規制緩和と自由企業を唱えた。それが最近、上院司法委員会の委員長に就任してからは、あたかも独占禁止法の守護神のようになってきた。実際オリン・ハッチはマイクロソフトと戦う司法省の最も力強い味方になってきている。オリン・ハッチは次のように断言している。

 「マイクロソフトは明らかに独占企業体である。マイクロソフトは独占を規制する規則の下で生きることを学ぶべきである」

 こうしたオリン・ハッチのやり方は変節であり、矛盾しているとマイクロソフトとその影響下にある勢力は彼を激しく攻撃している。

 しかし、もともとゲイツ家は共和党支持でビル・ゲイツ自身も共和党支持でありながら民主党のクリントン大統領やゴア副大統領にすり寄っているのがおかしい。また民主党は本来図式的にいえば貧しい者の味方、共和党は独占資本家の味方なのである。従って民主党のクリントン政権は反独占の立場を貫くべきなのだが、クリントン政権は共和党顔負けのマイクロソフトの独占擁護に走っている。クリントン政権はマイクロソフトの独占禁止法訴訟に圧力をかけ司法省に同意審決をのませたとか、同意審決成立の日の午後にはビル・ゲイツとクリントン大統領がゴルフをやっていたという有名な話がある。

 すべてがねじ曲がって入れ替わってしまっているのである。だから独占企業の擁護者であるべき共和党のオリン・ハッチが独占禁止法の守護神となるというようなおかしな現象が起きている。

 オリン・ハッチが清廉潔白であるというようなことはいわない。米国の上院議員選挙は10億円から20億円のお金がかかる。そういうお金を捻出(ねんしゅつ)するにはまったく手を汚さないということは不可能だろう。実際1993年のBCCI(Bank of Credit and Commerce International)事件では、調査に手心を加えたのではないかともいわれている。

 最近のマイクロソフトの独占禁止法訴訟の経過を見ていると、マイクロソフトには錯覚があるのではないかと思う。錯覚しても多少無理のない点はあるが、マイクロソフトは自分が世界の帝王であると勘違いしている。たしかにマイクロソフトはソフトウェア世界の帝王である。しかし政治や経済の世界の帝王ではない。ワシントンの政界から見ればマイクロソフトはシアトルの一民間企業にすぎない。このことを忘れて暴走すると大きな間違いにつながるだろう。

 また最近のマイクロソフトは倣岸不遜なまでに対決的である。昔、IBMを負かしたときのマイクロソフトは面従腹背であった。ビル・ゲイツの奥さんのミランダ・ゲイツが今回のオリン・ハッチの上院司法委員会での査問に際して、ビル・ゲイツに与えた最大の忠告は、倣慢さや不遜さといった印象を与えないようにとのことであった。外面的にはその点は守られたようだが、内面ではどうなのか、多少気になるところである。

 1998年6月23日、連邦控訴裁判所は連邦地方裁判所の訴訟指揮に誤りがあったと認定し、連邦地方裁判所の仮処分命令を取り消した。つまり分かりやすくいえば、マイクロソフトは無罪であると認定したのである。

 ただ裁判の公正という見地からみると、この日の判断開示はあまり適切でなかった。6月25日がウィンドウズ98の出荷日であり、2日前に判断を開示すれば一方に偏向しているという批判を免れることはできない。またクリントン政権がマイクロソフトが有利になるように陰で圧力をかけているという根強いうわさを否定できず、むしろ火に油を注ぐことになった。裁判所が出した40ページほどの文書を読んでみても論理の深さは感じられない。むしろ証言の扱いなどにおいて浅薄な印象さえ受ける。

 この連邦控訴裁判所の決定は5月18日の司法省による独占禁止法違反訴訟の行方にも暗い影を投げ掛けた。マイクロソフトはこれで独占禁止法違反訴訟に勝利したと歓声を上げたくらいである。

 ところがオリン・ハッチは黙っていなかった。1998年7月23日の上院司法委員会で「ディジタル時代における競争と革新――ブラウザ戦争を越えて」という公聴会を開いた。この公聴会にはオラクルのラリー・エリソン、サイベースのミッチェル・カーツマン、ロータスのジェフ・パポーズ、エレクトロニックTVホストのマイケル・ジェフレス、リアルネットワークスのロブ・グレーザーが証人として出席した。オリン・ハッチの主張はマイクロソフトはまごうことなく独占禁止法違反であるというものである。実際、マイクロソフトが独占禁止法に違反していることは間違いないが、米国の国益と産業界の利益からみて独占禁止法違反を見逃すべきではないかというのがマイクロソフト擁護論の主なものである。また、独占禁止法は古い法律でハイテク産業には適用されないとか、独占禁止法そのものが間違った法律だからマイクロソフトは無罪だとかいう擁護勢力の意見もある。その擁護勢力の中心がクリントン政権である。

■補足

 マイクロソフトは度重なる独占禁止法訴訟を引き伸ばし戦術で切り抜けてきた。この戦術は確かに有効で1997年から1998年の危機を救い、2001年11月には司法省と全米20州の連合軍の猛攻撃を控訴審で予想どおり打ち破った。マイクロソフトが圧倒的に優位のように見える。だがAT&TやIBMに対する独占禁止法訴訟の歴史を見れば分かるように、マイクロソフトに対する独占禁止法訴訟も今後数十年にわたって、何度も繰り返されるだろう。

 オリン・ハッチがどこまで基本の姿勢を守り抜けるかどうかは疑問であるが、2001年11月と12月のオリン・ハッチの声明を要約しておこう。語られた言葉は、非常に硬く難しいので、分かりやすくいい直すことにしたい。

 「1997年から1998年にかけて、われわれは本上院司法委員会において一連の公聴会を開きました。それはインターネットの出現によって爆発的に発展し始めたハイテク業界での競争政策の意味について調査するものでした。これらの公聴会は競争一般について焦点を当てたものでしたが、特にマイクロソフトが反競争的な振る舞いに終始し、競争や革新を脅かして、消費者に損害を与えているという不平に焦点を当てました。われわれの目標は、過去も現在もハイテク業界において、どのようにして競争を保持し革新を育成するかということでした」

 「本委員会も委員長としての私も非難されましたが、しかしわたしは当時もいまも、新技術を持つ強固な経済社会では、いま、効果的に独占を規制しておけば、将来、政府がビジネスに大仕掛けな規制をしないですむと信じています」

 共和党の議員が反独占を主張する理由が述べられている。また、こんなこともいっている。

 「わたしが以前に強調しましたように、独占そのものはわれわれの法体系の下では違法ではありません。実際、成功した資本主義社会では成功への努力は奨励されなければなりません。しかし、反競争的な行為は独占を保持するだけでなく、より拡大しようとします。それは競争を阻害しますし、われわれの法体系に違反します」

 前に比べて少しトーンダウンしたかなという感じである。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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