第17回 アジアの電脳王
脇英世
2009/2/26
1982年、マイクロプロフェッサーIIを発売したが、アップルIIに似ていると英国や南アフリカで告訴される。当時、台湾のメーカーは、どこもアップルIIの互換機を作っていた。この訴訟の余波を受けて、マルチテクはアップルIIeと互換性のあるマイクロプロフェッサーIIIの販売を中止する。
この年、米国のコムデックスに出品されたコンパックのポータブルIを見て、スタン・シーはエイサーの行く道はこれだと直感する。アップルIIの場合と違って、IBM互換機は知的所有権違反に問われなかったからである。台湾に帰ったスタン・シーは、IBM PC/XT互換機をITRI(電子研究所)に委託して開発した。途中、台湾工業局の介入で、5社の共同開発になる。
1984年、エイサーは米国にIBM互換パソコンを輸出するが、BIOSがIBMの著作権を侵害していると訴えられる。1989年にもエイサーは、IBMにBIOSの著作権侵害で訴えられている。
1986年、「龍夢成真、指日可待」(龍の夢が本物になるまで指折り数えて待つべし)というスローガンの龍騰国際計画の下で、世界進出が始まる。またこの年、半導体設計のエイサーラボラトリ(揚智科技)を設立した。
1987年、それまでブランド名はマルチテックであったが、エイサーに変更する。エイサーには積極的、活力のあるという意味とエース(Ace)の意味を含む。中国名は宏碁にした。宏碁とは、広く永遠に、偉大な囲碁の勝負という意味である。この時点から、エイサーはOEM販売と自社ブランド販売を並立させるようになる。
またこの年、エイサーはカウンター・ポイント社を買収するが、さんたんたる失敗に終わる。
しかし業績は順調で、1988年、株式を公開した。国際的な資金調達も可能になっていく。
1989年、エイサーは米国支社、台中、高雄の支社を100%子会社化する。エイサーの基本的な考え方は51%以上を地元資本に引き受けさせ、その後、可能であれば100%子会社化するもののようである。このやり方は、すべてを自己資金でまかなう必要がなく、賢明である。1世紀前にAT&Tが使ったやり方でもある。
資金的にも余裕ができたエイサーは、1989年にはテキサス・インスツルメンツ(TI)とDRAMを生産する合弁会社TI・エイサーに1億8500万ドルを投資した。
またこの年、人員整理を伴うリストラを実施している。
さらに1990年、エイサーは本格的な北米上陸作戦の橋頭堡とすべく、アルトス・コンピュータ・システムを買収した。しかし、またしても失敗し、これはエイサー最大の失敗となった。
1991年、エイサーは再び人員整理を伴うリストラを実施する。
同じ年の末、IBM互換機不況に遭遇し、エイサーは創業以来最大の赤字に転落する。1992年4月、エイサー社長、劉英武は引責辞任する。常々業績不振ならいつでも会長を辞めると言明していたスタン・シーは会長を退くことを表明するが、慰留され会長にとどまる。
1992年、エイサーはビジネスモデルとして「ファーストフードモデル」を採用する。
これは、台湾でパソコンを全部組み立ててしまうのではなく、キーコンポーネントだけを台湾で生産し、最終組み立ては現地にまかせるというものである。また、部品調達も現地調達とすることによって、現地との摩擦を減らし、部品在庫の減少が可能になった。新技術は要求しないが新鮮な技術を要求した。「グローバルブランド、ローカルタッチ」戦略ともいえる。「世界ブランドと地域密着」と訳すこともある。
またエイサーは「クライアント/サーバ」組織構造をとっている。サーバはエイサーグループで、クライアントはエイサーグループの子会社である。エイサーグループは、多数の子会社からできている。スタン・シーは、子会社の株主は過半数を現地株主にしてよいという思い切った発言をしている。
こうした新しいビジネスモデルの下、エイサーは躍進を続け、世界の巨人に成長しつつある。
スタン・シーを知るには『エイサー電脳の挑戦』(スタン・シー著、経済界刊)をお薦めする。なかなか手強い本で中途半端には読めない。またインターネットには英文で多数のインタビューが公開されていて、彼の思想を伝えてくれる。スタン・シーは孔子の儒教道徳に裏打ちされた実践的思想家である。ただエイサーの成功は、パソコンの技術的進歩の停滞が可能にしたのだと思う。クロック速度を上げた新製品は出るが革新性は何もない。エイサーの歴史を詳しく分析すれば分かるが、エイサーは技術にはそれほど強くないし、そもそも価値を認めていない。スタン・シー率いるエイサーは商売の哲学と組織論でパソコン商売をやっているのである。
本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。 |
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