自分戦略研究所 | 自分戦略研究室 | キャリア実現研究室 | スキル創造研究室 | コミュニティ活動支援室 | エンジニアライフ | ITトレメ | 転職サーチ | 派遣Plus |

IT業界の開拓者たち

第44回 風車に突撃するドン・キホーテ

脇英世
2009/4/10

前のページ1 2

 マイケル・ハートは取材に訪れたハミルトン氏と一緒にピザを食べに行ったのだが、その際コーヒーに使う砂糖の袋をなんと24袋も開いて、ピザの上にまんべんなく振り掛けた。当然そのくらい振り掛ければピザの上は白い砂糖の結晶で真っ白になる。マイケル・ハートは、これが2000カロリーに相当して、自分がしばらく活動するためのエネルギーになるんだと説明している。「ああ、やっぱり」と度肝を抜かれた。

 公式のグーテンベルクのサイトでは若い日のキリッとひきしまったハンサムな写真が載っているが、現実の彼はすでに50歳を越えており、そんなものではないらしい。マイケル・ハートの普段の格好は、でっぷり出たお腹を強調する黒のサイクリング用ショーツと赤いTシャツ、野球帽をかぶり、ガレージセールで1ドルで買った2サイズ大きいナイキのエアージョーダンの靴を履いているという。

 マイケル・ハートはガレージセール狂なのだという。ガレージセールとは日曜日なんかに不用品を安い値段でガレージなどで売るものだ。私も米国留学から引き上げるときにガレージセールをやったことがあるが、不用品を売るのだからせいぜい数ドルから数十ドルの範囲である。マイケル・ハートは週末、自転車に乗ってガレージセールを回り、100個くらいの買い物をするらしい。マイケル・ハートは自動車を持っていない。この点クリフォード・ストールに似たところがある。

 ガレージセール以上に彼が興味を持っているのが、イリノイ大学の学生がごみを捨てるごみ捨て場であり、これはイリノイ大学のコンピュータ実験室の裏にある。そこから彼はいろいろな品物を拾ってくる。グーテンベルク計画に必要な機器はほとんどメーカーからの喜捨やごみ捨て場に頼っているらしい。これが100億円以上の資金を持っていたと主張する人の行為だろうか。

 子どものころのマイケル・ハートのあこがれは、ピーター・パンとアインシュタインであった。この人は文字どおりのピーター・パン症候群で、大人になれない人なのだそうだ。夢想家的なところがあり、グーテンベルク計画の進捗(しんちょく)が遅かったのは、100億円以上の資金どころでなく、アルバイトでステレオを売った後に、1人手作業で入力を続けていたからであるという。グーテンベルク計画が1980年代前半に持っていたストレージ空間はわずか10Kバイトであったという。この空間で全世界の本を収納するのは絶対に無理だ。1冊だって怪しいものだ。品質も怪しい。初期はテレタイプ入力だったから、すべて大文字で入力された時期もあるのだそうだ。

 夏、マイケル・ハートはゴチャゴチャとがらくたの詰まった部屋で、短パン1つでクラシック音楽やロックをガンガン鳴らして仕事をしている。ビタミンDが不足するといけないので太陽光線と同じスペクトラムのランプを浴びている。そのそばには疲れると横たわるためのシワくちゃのマットレスが敷いてあるという案配だ。

 何をしようと個人の問題ではある。しかし、こういう調子だから、マイケル・ハートはイリノイ大学から追放されてしまったらしい。グーテンベルク計画の関連文書は、グーテンベルク計画がイリノイ大学とは関係がないことを強調している。マイケル・ハートを救ったのは同じイリノイ州にあるベネディクト大学である。グーテンベルク計画のデータはベネディクト大学に「避難」した。それだけでなく、ハートは同大学の助教授のポストとわずかながら俸給を貰った時期もあった。しかし現在ベネディクト大学のホームページを検索してもグーテンベルグ計画は出てこない。つまり、ベネディクト大学からも見捨てられたのである。続いてカーネギー・メロン大学が救いの手を差し伸べたが、客員研究員のポストと予算も今年限りで打ち切られるという。

 グーテンベルク計画の全世界での支持者は800名ほどいて全員ボランティアだ。1991年の12冊から毎年本の数は倍増の勢いで伸びている。このままいけば2002年には1万冊になるとマイケル・ハートはいっている。でもそれは難しいだろう。これほどずさんな計画でよくここまでもったという方が適切だ。ASCII文字だけでは読むのもつらい。ほかにもっと魅力的なサービスがいくつも登場し、グーテンベルク計画を追いかけてきている。著作権法の問題もある。

 しかしグーテンベルク計画最大の問題はその質だ。グーテンベルク計画ではテキストの批判や選択がほとんどなされていない。むやみに入力してもテキストが優れたものでないと意味がない。それをやるだけの繊細さがマイケル・ハートとグーテンベルク計画には欠けているように思う。

 何が悪いということではない。誰もが無料で人類の知的財産に接することができるようにというマイケル・ハートの理想は理想としては立派である。ただ彼はしょせん、風車に突撃するドン・キホーテなのだ。

補足

 マイケル・ハートの正式な名前はマイケル・スターン・ハートである。彼のホームページはよく移動するが、現在のホームページ(当時)には、中年男となったマイケル・ハートの写真が載っている。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

前のページ1 2

» @IT自分戦略研究所 トップページへ

自分戦略研究所、フォーラム化のお知らせ

@IT自分戦略研究所は2014年2月、@ITのフォーラムになりました。

現在ご覧いただいている記事は、既掲載記事をアーカイブ化したものです。新着記事は、 新しくなったトップページよりご覧ください。

これからも、@IT自分戦略研究所をよろしくお願いいたします。