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IT業界の開拓者たち

第46回 ヒッピー文化を体現したジャーナリスト

脇英世
2009/4/15

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 スティーブン・レビーは『ハッカーズ』を書くためにアップルIIを使っていたが、天啓を受けるというほどのことではなかった。しかし1983年11月、マッキントッシュと出合ったことにより、狂信的なまでのMac信者に変身する。スティーブン・レビーは、これこそ世界を変えるコンピュータだとの天啓を受けた。彼が書いた文章からだけでも、マッキントッシュ、マッキントッシュIIcx、パワーブック180を持っていたらしいことが分かる。

 マッキントッシュとの出合いを経験してから、音楽中心だったスティーブン・レビーの仕事に変化が表れた。1983年から1985年にかけて、スティーブン・レビーは『ポピュラー・コンピューティング』に毎月コラムを書いていた。ボブ・ディランからパソコンに転身したのである。1986年からは『マックワールド』誌に移り、10年ほどコラムを書いていた。食うためでもあったろうが、おそらく自分の希望でもあったのだろう。1995年5月、『ニューズウィーク』のコラムニストになったため、『マックワールド』を去った。スティーブン・レビーはまた『WIRED』にも時々原稿を書いている。現在は技術系のライターとしての活動が多い。

 スティーブン・レビーの書いた本の数は多くない。寡作である。32歳にして処女作『ハッカーズ』を書いた。またマッキントッシュについては『インセインリー・グレート』を書いた。ほかに『人工生命』『ユニコーンの秘密』などがある。

 1984年に米国に留学していたころ、スティーブン・レビーの『ハッカーズ』を買った。副題は「コンピュータ革命の英雄たち」である。Dellという出版社から出ていたペーパーバックだった。細かい字がぎっしりと詰まった厚い本である。ともかく買っておこうという感じで買ったが、「積読」であった。何度か読もうとしたが、活字が細かく、集中して読むと頭が痛くなってくるので、そのたびにくじけてしまった。ちゃんと読んだのは工学社から翻訳が出てからである。翻訳は活字も大きく、写真も入っていて、原書よりずっと読みやすい。

 『ハッカーズ』の目次は次のようになっている。

第1部 真のハッカーたち
第2部 ハードウェア・ハッカーたち
第3部 ゲーム・ハッカーたち
エピローグ 真のハッカーの終焉

 副題はより具体的で、次のようになっている。

第1部 ケンブリッジ……1950年代と1960年代
第2部 北カリフォルニア……1970年代
第3部 シエラ……1980年代
エピローグ ケンブリッジ1983年

 つまり、第1部は1950年代から1960年代のMIT、第2部は1970年代のシリコンバレーのホーム・ブルー・コンピュータ・クラブという草の根運動、第3部は1980年代のシエラ・オンラインというゲームソフト開発会社についてである。

 1984年という年にこの本を読んでいたとしたら、この構成ではあまり面白いとは感じなかったと思う。1984年はマッキントッシュが出現した年であり、IBMがIBM PC/ATを出し、マイクロソフトがMS-DOS 3.Xを出し、ウィンドウズの開発意向を表明した。そういった華々しい話題に比べれば、ふた昔前の人工知能研究の話や、あっという間にビル・ゲイツに蹂躙(じゅうりん)されたホーム・ブルー・コンピュータ・クラブの話、シエラの田舎の山奥のゲームソフト会社の話は影が薄い。

 ところがいま読むと実に面白い。華々しい出来事の陰にそういうこともあったのかと驚かされる。

 スティーブン・レビーの書いた本で2番目に人気のあるのが『インセインリー・グレート』である。副題は「マッキントッシュの時代全てを変革したコンピュータ」である。

 常識的に考えればこの本の執筆時期は奇妙だ。『インセインリー・グレート』はマッキントッシュ生誕10年を記念して1994年に書かれた。この年、アップルではスカリー時代が終わり、スティーブ・ジョブズのNeXTがコンピュータハードウェアの生産を放棄した年である。目端の利くライターなら、「スカリーの時代の終焉」とか「NeXTの挫折―スティーブ・ジョブズはいかにして敗れたか」などという本を書くはずだ。

 ところが『インセインリー・グレート』で扱う範囲は、後日談はあるにしても大部分が10年前、1984年前後のマッキントッシュ登場のころなのである。肩透かしをくったような気がするかもしれない。しかし、この本の内容はとても「強い」し、面白い。

 「インセインリー・グレート」とはスティーブ・ジョブズがマッキントッシュを形容していった言葉で「狂おしいほどに偉大な」ということであるが、本のタイトルに『インセインリー・グレート』を選んだことだけでマッキントッシュの好きな人はこの本を買うだろう。

 スティーブン・レビーの『インセインリー・グレート』には技術的な間違いがいくつもあって、とても狂おしいほど偉大な本ではなく、そこそこの本でしかないという批評がある。確かに間違いはあるべきではないが、この本は文献に残しにくい時代の文化や雰囲気とかいった不定形のものをとらえている。またマッキントッシュにかかわった人間の息吹がある。

 スティーブ・ジョブズが読者の傍らにいて、ジェフ・ラスキンが文句をいい、ビル・アトキンソンやアンディ・ハーツフェルドがそこにいる。そういう臨場感を与えてくれるところが偉大なのではないかと思う。

 スティーブン・レビーの情報は彼自身のホームページに載っている。しかし、データが古いようだ。いまは暗号の本を書いているらしい。1992年2月の『WIRED』、1994年6月の『ニューヨークタイムズ』、1994年11月の『WIRED』、1994年12月の『WIRED』、1995年10月の『ニューズウィーク』、1996年3月の『WIRED』に掲載された原稿をまとめているらしい。ずいぶんゆったりとしたペースで本を作るものだと思う。期待している。

補足

 スティーブン・レビーが『クリプト(暗号)』という本を2001年に出したので、わたしも1冊、米国のアマゾンから航空便で取り寄せて読んだ。古典暗号について有名な本はたくさんあるし、現代暗号についても良書はたくさんある。だが、現代暗号がどのようにしてできたかの背景について書いてある本は少ない。スティーブン・レビーの本にはそれが書いてあるのである。示唆に富む本で大変参考になった。わたしにとって面白かった点を簡単にまとめてみよう。

  • RSA暗号のような現代暗号は、従来と違ってNSA(国家安全保障局)や軍とまったく無関係に誕生した

  • RSA暗号が最初に使われたのは、金融機関や政府機関向けの大型コンピュータ用としてではなく、パソコン用であって、それも何とロータスノーツであった

  • ウィットフィールド・ディフィーなどの現代暗号の開祖たちはデイビット・カーンの『ザ・コードブレーカーズ』をどこへ行くにも肌身離さず持ち歩いていた

 いまは翻訳も出て読みやすくなった。ぜひご一読をお勧めしたい。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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