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IT業界の開拓者たち

第50回 マイクロソフトを退けた男

脇英世
2009/4/22

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 マイクロソフトとインテュイットの最初の接近は、1991年のウィンドウズ3.1とマイクロソフトマネー出現のころからである。マイクロソフトはクイッケンの買収をほのめかしたらしいがインテュイットに断られ、マイクロソフトマネーを開発して世に出した。初回の対決はマイクロソフトの完全な敗北だった。

 1993年、マイクロソフトのマイクロソフトマネーグループはエレクトロニックバンキング機能に焦点を絞り、インテュイットのクイッケン打倒を画策し始めた。複雑な合従連衡策が練られた。

 1994年5月から9月の間、マイクロソフトは本格的にインテュイット買収を狙って行動を起こした。同時にマイクロソフトはノベルとの間で、インテュイット買収が成功した場合、マイクロソフトマネーをノベルに売却する交渉を開始した。

 1995年3月、ノベルは、マイクロソフトとインテュイットの合併阻止に向けて司法省に働き掛けを始めたといわれる。マイクロソフトによるインテュイットの買収は、1995年4月にはほぼまとまりそうな形勢になった。

 1995年4月27日、米国司法省はマイクロソフトによるインテュイットの買収は独占禁止法違反であるとカリフォルニア州北部地方裁判所に訴えた。

 訴状は比較的客観的なもので、当時の状況を次のように説明している。

 まずパーソナルファイナンスソフト市場において、インテュイットのクイッケンのシェアは69%でユーザーは700万人である。一方、マイクロソフトのシェアは22%でユーザーは100万人である。マイクロソフトがインテュイットを買収すれば一挙に91%のシェアを獲得することになる。これは明確に独占禁止法違反である。そこでマイクロソフトはノベルにマイクロソフトマネーを売り渡すという「フィックス」を用意しているが、こうしたフィックスは反競争的効果を減殺するものではないとしている。

 米国司法省は、マイクロソフトとインテュイットの動静をすべて掌握している。例えば、訴状には1994年9月付のスコット・クックのメモの内容が取り上げられている。

 「われわれの将来のビジョンはゴジラ(インテュイットによるマイクロソフトを指す暗号名)の力を受けやすく、またゴジラの力から益するものである……。われわれが合併すれば1つの明白な選択だけとなり、血みどろのシェア争いを避けることができ、クイッケンの採用を加速化できる」

 さらにスコット・クックのメモは次のようにも述べている。

 「われわれが過剰なまでに影響を受けなければ、われわれは成功するだろう。競争の排除は成功を拡大する。それも非常に顕著にだ」

 これは一般的にマイクロソフトの被害者と考えられているインテュイットにもしたたかな計算があったことを物語っている。

 また、米国司法省の訴状には、マイクロソフトのビジネス開発・投資部門のマネージャの1994年4月の発言が載っている。

 「スレイド(マイクロソフトによるインテュイットを指す暗号名)はパーソナルファイナンスソフトで明白かつ支配的なリーダーであり、現在のインストールベースのユーザーは電子商取引をするときでもクイッケンにとどまりたがるだろう。マイクロソフトはウィンドウズとマーベル(当時秘密だったMSNの暗号名)を持っており、将来何百万ものユーザーがパーソナルファイナンスサービスにオプションとしてアクセスするのにずっと有利な立場にある。しかし、どちらの会社もこれらの両方の力を持っていないので、銀行やクレジットカード会社やほかの会社は両者の一方と競った場合、優勢な立場にある。しかし、われわれが合併すれば、われわれは支配者になるだろう」

 これはマイクロソフトのインテュイット買収の目的が市場の独占的支配にあることを意味している。

 さらにマイクロソフトは市場価値でいえば8億ドルの価値しかないインテュイットを、20億ドル分のマイクロソフト株式で買おうとしている。これはなりふり構わぬ独占達成のための方策にほかならない。

 従って米国司法省は、マイクロソフトによるインテュイットの買収はクレイトン法に抵触し、独占禁止法違反であるとして訴追した。カリフォルニア州北部地方裁判所は、マイクロソフトによるインテュイットの買収は独占禁止法違反であり、認めないとの判断を下した。

 いまから考えてみると、1995年当時のマイクロソフトの戦略は、すべてを征服しようとする帝国主義的なものであったが、マイクロソフトが自己の力量を過大評価している一面もあった。特に当時のマイクロソフトは通信技術に対する取り組みが弱く、マイクロソフトのパソコン通信であるMSNは技術的に後ろ向きであり、完全にハリコの虎であった。しかしMSNは非常に強力なものと考えられており、クイッケンと結び付けば全米最大のオンライン銀行ができてしまうという危惧を持たれたが、実際にはそういうことはなかった。

 むしろ危険なのは、ハリコの虎のMSNがインターネット対応となり、再編を終了したいまであろう。マイクロソフトは1995年当時よりもずっと潤沢な資金を持っている。この資金力をもってすれば、巨大な電子商取引市場の開拓とオンライン銀行を創出することができる。しかし、1度やけどした痛みは案外覚えているものである。マイクロソフトがインテュイットのクイッケンの市場に再度進出してくるのは、しばらく後ではないかと思っている。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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