第50回 マイクロソフトを退けた男
脇英世
2009/4/22
本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、IT業界を切り開いた117人の先駆者たちの姿を紹介します。普段は触れる機会の少ないIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部) |
本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。 |
スコット・クック(Scott Cook)――
インテュイット取締役会 会長
インテュイットは、マイクロソフトを唯一退けた会社として有名である。スコット・クックはこのインテュイットを率いている。1984年3月から1994年3月まで社長兼CEO、1994年5月から取締役会 会長である。スコット・クックはUSC(南カリフォルニア大学)で経済学科と数学科を卒業した。さらに東海岸に行ってハーバード大学の経営学修士号を取得している。その後の経歴には不明なところが多いが、P&Gでクリスコという食料油製品のプロダクトマネージャをしていた。この経験がスコット・クックにとっては貴重なものとなった。
1983年、スコット・クックはP&Gを辞めて独立し、パーソナルファイナンスソフト市場への参入を目指した。個人向け経理ソフトの市場である。むろんスコット・クック自身はプログラム開発ができないので、スタンフォード大学にプログラマ募集の広告を出した。この広告に最初に応じてきたのがスタンフォード大学の学生、トム・プロウルであった。
トム・プロウルが開発したのが1984年12月発売のクイッケン(Quicken)である。クイッケンは1984年3月、スコット・クックとトム・プロウルが設立したインテュイットの最初の製品になった。クイッケンは直感的にいえば小切手帳であり、直感的(Intuitive)という言葉から、インテュイット(Intuit)という社名が生まれた。
スコット・クックの最初の計画は、クイッケンを小売りのチャンネルに流すのでなく、銀行のロビーを通じて売らせようという独創的なものだった。このマーケティング戦術はあまりうまくいかず、つらい時期が続いた。MS-DOS用に続くアップルII用のクイッケンが、間一髪インテュイットの破産状況を救った。
1986年ボーランドの安売り戦術にヒントを得て、インテュイットもクイッケンの価格を従来の半額の50ドルに設定した。こうした低価格化戦術はかなり成功した。しかし最も成功した戦術は1987年のクイッケンバージョン2に続き、1989年のバージョン3で築いた、毎年のバージョン改訂の手法であった。1989年以後、インテュイットは毎年クイッケンのバージョン改訂を行うことになった。これによってアップグレード料金が毎年確実に入ってくるようになり、インテュイットの収入が安定した。
スコット・クックはP&Gのマーケティング技術のノウハウを徹底的に利用した。雑誌媒体での広告の打ち方1つをとっても工夫があった。クイッケンの広告を最も読んでいるのが、年金生活者向けの雑誌の読者だということが分かり、そこへ焦点を絞った広告の打ち方を工夫した。テレビコマーシャルにしても同様だ。
販売店政策は徹底的に研究され、インテュイットのマーケティング担当には異業種の流通業経験者が採用された。彼らは販売店で、クイッケンの棚の配置や置き方まで細かくアドバイスすることになった。
またインテュイットは、スーパーマーケットなどの大規模販売店へのアプローチも果敢に試みた。インテュイットは販売店優遇の方針を大事にした。クイッケンのアップグレードに関しても販売店優遇の方針は貫かれた。
インテュイットは、幸いなことに1980年代にはマイクロソフトと衝突することがなかった。インテュイットは個人のパーソナルファイナンスソフト分野に限定してマーケットシェアを守り抜いていたので、マイクロソフトとの競合はなかったのである。しかし、インテュイットのパーソナルファイナンスソフト分野での市場占有率が高まり、マイクロソフトがこの分野への指向を強めてくると両者の接近と衝突は必然になってきた。
本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。 |
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